2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2020年8月 5日 (水)

ショートショート

                      病む男

 

 何をそんなに考えていらっしゃるんでしょう。

 人間は決して考えてはなりません。考えると年をとるばかりです。

 ……人間は一つのことに執着してはなりません。

 そんなことをすると、気ちがいになります。

 われわれは色々なことを雑然と頭の中に持っていなければなりません。

          (ゲーテ「イタリア紀行」から)

 

                       *

 
白髪が不揃いに覗いている坊主頭、やつれた顔に目だけが異様に険しい。粗末な灰色の衣服に足は裸足だ。

並みの体格の男が一人、背中に絶望を背負って階段を上って行く。

朽ち腐れた階段の一番上まで上り詰めると、突き当たりに部屋があり、まるで男を誘い入れるかのようにドアが半開きになっている。

男は、悪魔にでも憑かれたように部屋の中へ入っていく。そしてドアの向こうには、男を圧倒するようなものが待ち構えていた。

4畳半程の小さな部屋。

採光用の北側の小さな窓には、内側から鉄格子がはめられていた。そこからは、ほんのお情けに冬の午後の弱々しい光が、格子を透かして微かに差し込んでいるだけ……最初は白かったであろう壁も、今はすすけて灰色。

片隅に置かれたみすぼらしいベッドは、人一人の力では動かぬようにと、床にねじで打ち付けてある。

フローリングもすっかり汚れ、黒くざらついている。

男はベッドに横になり、鉄格子の隙間から差し込む鈍い光の一点をじっと睨みながら、隣室の音に聞き耳を立てた。

……喚き声が聞こえてくる。

床を這いずり回り、泣き叫び、見境がなくなっている様子だ。

隣人は気が狂っているのだろうか……しかし、そんな雑音も次第に小さくなっていく。

まだ、宵には早い時刻だろうに、男の視角には、先刻からの格子を透かした光はなくなっていく。

少しでも音が聞こえるうちは良かったのだが、やがて、すっかり音が消えうせてしまうと同時に、周囲は真っ暗で何も見えなくなってきた。

暗闇の中で、4畳半の小さかった部屋が無限の空間に感じられる。

男は、自分が囚人のような気になりだした……そう思うと、いても立ってもおられず、ありったけの力を出してベッドから飛び出そうとした。

だが、不安に呪縛された男の体は、ぶるぶると震え、歯はがちがちと鳴り出し、まるで熱病にでも罹ったようだ。

両手で髪を掻きむしり、ついには拳で頭を打ち振り出した。

どれほど時間が経ったであろうか……体がベッドの奥深くに沈んでしまうのではないかと、男は思った。

実際、何者かに圧力を加えられているようで、手も足も動かす事ができなくなってしまった。

このままだと自分の体は消えて亡くなってしまうのではないか……という怯えで、男の顔は極端なまでの不安と嫌悪に引きつった。

恐らく気も狂わんばかりであったことと思う。

男が気がついた時、ナースキャップを着けた女性二人によって手足を押さえられていた。

もう一人、白衣を着けたドクターらしき男が注射器を向けている。

男はどこかに異常があって入院をしているらしい。

お気づきだろう。ここは精神病棟の一室である。

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梅雨が明けたかと思ったら、連日の猛暑で思考停止状態にある。
おまけに、連夜エアコン付けっ放し状態にしたままで寝入り、 冷えた体が眼をつぶったまま覚醒する。
こんな二、三日を続けていたら、すっかり喉をやられた。

このショートショート「病む男」は、20年ほど昔に書いた作品である。

Eikimitene

 

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