2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2020年8月12日 (水)

ジグソー・パズル

暗闇の中で金縛りにあったのは、月曜日の深夜だった。
どうあがいても意志どおりに肉体が動かない恐怖を感じた。

この何日あとだったか、幻想的な空間の中で素晴らしい作品ができた。
私は、いっぱしの小説家。

一週間たった今日、陽の光のあたるデスクの上であの時を思い出して、書く作業にとりかかった。
所詮。見れば見っぱなしの夢・・・断片だけしか蘇ってこない。
惜しい思いをしながら、断片だけでも書きだしてみた。

書きだされた細切れの文字列、その一つ一つは意味のないバラバラの文字の塊・・・その不規則な塊から一つの文章を作成していく作業は、ちょうどジグソー・パズルの細かく切りばめられた小さな破片を、元の形に復元させていく過程に似たものがある。

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コメント

俳句や短歌は、限られた字数の中に思いを表現しないといけないので難しい。
その点小説は形式のようなものがないので、独自のスタイルで思うように書けばいいから制約されることがない。

朝日カルチャーセンターで物書きの勉強をしていた時、講師の先生が、
「日記とエッセイが事実に基づくことを書くにしても、日記は読み手を意識せずに毎日の出来事や感想などを記録する。エッセイは人に公開することを前提として書く。
小説は自由な形式で人間や社会を描けばよい。」
といわれた。
私は型にはまるのが嫌いな性格で、既存の枠にはまらない自由な発想で文章を書きたいが、長文はしんどいから「ショートショート」といったところです。

小学校で1000字、常用漢字2000字、書けて読めるじが果たして何字あるかと言われますと...加えて小説には外来語も加わってそれらを操る作業ですから私ごときには不向きです。俳句にも言えることですがそれ等の「語」を自在に斡旋して一句成立させるのですから万年初心者と言われてもめげずに続ける他に手立てはありません。安価で有能な俳句製造機が私の欲しい物の筆頭にあります。

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