2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2020年8月

2020年8月29日 (土)

情報から

昨日、安倍首相が辞意を表明した。

プロンプターなしの辞任表明で、震える声を打ち消すためか、やたらに手のしぐさが目立った。

辞任理由は持病である潰瘍性大腸炎の再発ということだ。 

中国の思想家・孟子の言行を記録した『孟子』のなかに「七年の病に三年の艾(もぐさ)」という記載があり、7年の長患いというのに、急に3年も乾かした艾を求めようとしても、間にあうものではないという意味だ。

安倍首相においては、病気が重いのに気づいて慌てて良薬を探したというわけでもなかろう。

つねに最高の治療で細心の配慮をされていたはずだが、第1次政権に続き、再び任期途中で政権の座を降りるわけだ。

健康悪化が理由ならやむを得ない。

そうはいうものの、「適格性に欠け『大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物』を総理総裁に担ぎ続けてきた自民党の『選任責任』は厳しく問われるべき」と、野党のある議員がツイッター上でツィートしていたが、全く同感だ。

ここに至っては、自民党は速やかに後継総裁を選び、コロナの対応をはじめとする課題への対応に万全を期してほしい。 

◆そこでだが、一昨日の小説家たる三条件に続いて、今日は宰相たる条件を考えてみる。

①人類への愛

②同じ国民や民族への愛と愛国心

③知見と人材活用能力

④強い意志と実行力

・・・挙げればきりがないが、後継の総裁に特に臨むのは、経済界やメディア幹部との会食やゴルフやめることだ。

585960代内閣総理大臣だった池田勇人元首相は、内閣発足と同時に、側近の進言を入れてゴルフと接待会食をやめたという。

宰相として、大衆の立場でものを見ることを己にいいきかせるためだったという。

◆自民党の後継総裁候補として、次の様な人物の名が挙げられている。

 ・石破茂

・菅義偉

・岸田文雄

・麻生太郎

・河野太郎

・小泉進次郎

・野田聖子 

石破さん以外は、安倍政治の継承の感が否めない。

いつの時も小泉さんの名前が挙がるが、「言語明瞭、意味不明」で、全く中身が見えてこない。

一体、みんなは彼のどこを見ているのだろう?

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2020年8月27日 (木)

所詮は矛盾の多い性格の持主

昔、小説家になりたいと思い、数年、朝日カルチャセンターに通ったことがある。
そうは言っても進んで師の指導を仰いだり、物書き仲間と交って切磋琢磨し合うこともしなかった。5531_20200827233601

小説家たる三条件があるらしい。

①思い出上手

②おしゃべり好き

③うそつき

この3つとも私には当てはまらない。
だから私は小説が書けない・・・ということにしておく。

①について言えば、同窓会とかクラス会とかいうのが、苦手であまり行かない。
昔、出来が悪かったので行かないというわけでもないし、今の生活レベルが低いから行き辛いというのでもない。
ああいう会の中心にある「思い出」が苦手であるし、一向に懐かしいとは思えないのだ。
ところが、ああいう会での思い出上手な人は結構多い。
お酌をしながら、しきりに人の思い出までも語ってくれから感心してしまう。

②に関して言えば、子どもと話すのは1時間でも2時間でも子どものレベルに応じた話ができるのだが、基本、お世辞が言えない性格で、普段、大人と話すのが下手で1週間や10日、誰とも話さなくっても平気でおられる。(NETでのおしゃべりは別)

③のうそつきだが、事をオーバーに表現したり、はっきりそれと分かるような法螺は時々吹くが、うそはつけない性質だと思う。
どちらかと言うと、うそつきの人にうそをつかれても、それをうそと見破るだけの才量も持ち合わせていないから、後で手痛い目に会う事もある。

こんな次第だから小説が書けないし、無論、小説家にはなれない。

ああ!悲しいかな……

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2020年8月26日 (水)

情報から

時事ドットコムニュースによれば、安倍首相は8/28(金)に記者会見を開く方向で調整に入ったということだ。

コロナ対策は勿論のこと、最近ささやかれている健康状態についても説明があることと思う。
それにしても第2次安倍政権発足からが8年近くも総理の座にとどまり続けているのは、与党内にスキャンダルがあっても選挙でリセットされ、選挙に強い安倍さんということだったのも要因の一つとしてあげられるであろうが・・・。

◆一昨日の8月24日、安倍首相の連続在職日数が2799日となり、佐藤栄作元首相を抜いて歴代最長となった。
この先もそう簡単に超えられることのない記録だが、国民からは勿論、政権与党内からの盛り上がりはない。
それもそのはず、8年近く政権の座にありながら誰もが認めるような功績がないばかりか、モリカケ問題にみるように、総理自身の数々のスキャンダルの存在がある。
コロナ禍では、後手後手の対策を繰り返し、不評のアベノマスク強制配布や、感染が収束していないにもかかわらず民意を無視した「GOTOキャンペーン」の前倒しは、利益誘導のなにものでもない。
結果、地方に感染拡大させた。

◆ここにきての安倍首相の健康不安説。
2週連続の病院入りで、メディアが一斉に健康不安を言い出しているが、少々体調不良であっても、特に問題の無い程度なのか、健康不安説を使って国民の同情を集めようとしているのだろうか・・・?
病気が重いのなら、治療に専念するために潔く総理の座を辞任すべきだ。

◆さて、最近の菅義官房長官のハシゴテレビ出演は何を意味するのか?
安倍首相は、昨日のぶら下がり取材で続投の姿勢を示したものの、退陣説は否定したが、おおかたのメディアの関心は、すでにポスト安倍は「菅義偉官房長官で決まり」と考えているようだ。
一時、“令和おじさん”としてもてはやされたが、問題が出るたびに「問題ない」としか言えず不評を買っていた菅官房長官だが、8/20夜、菅さんと二階幹事長が会食したことで思惑含みの動きが出てきた。
いつの時代もこういう場面では「飲み食い」が行われるようで、国民に背を向けた「密室の談合」が繰り返されるが、公職選挙法は適用されずこうした供応は野放し状態だ。

政治はドラマだというが、まだまだ、起伏があるだろう。
安倍首相の在任期間が最長不倒距離を達成した途端の「健康不安説」「退陣説」予報だ。
「だれがなっても同じ」としらける前に、民主主義の基本として、私たちは監視の目で見守る必要がある。

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2020年8月25日 (火)

食後に猛烈な睡魔がやってくる

◆飲んでいる薬のせいか、はたまた年齢のせいか、食後に猛烈な睡魔に襲われる。
昔から午後の昼寝は習慣になっていたが、ここのところの食後の眠気は朝食後の投薬後にやってくる。
まあ、自制力を持ち合わせていないし、訓練のない弱い性格だから、眠気が来ればそのままベッドに入ってしまう。
その間、1時間程度のことだが・・・。

◆一日の時間というものは24時間と一定しているのであって、勝手に30時間とか40時間に増やすことの出来るものではないはずだ。
考えてみれば、時間ほど人間に平等に与えられたものはない。
金持ちであろうが貧乏であろうが、男であろうが女であろうが、若かろうが年寄りであろうが関係なく公平に与えられている。
その一日24時間をいかに使うか・・・それによって、20時間にしかならなかったり、逆に30時間とまでは行かなくとも、25時間なり26時間にでもなるものだと思う。
要は各人次第だ。

◆若いころは、やることがいっぱいで眠るのが夜中の3時4時になることもあった。
さらにそのような生活が習慣化していくと、その時間じゃないと眠れなくなる。
それが続くと、今度は日中どうしても眠くなる。
学生なら自己責任ということで許されるが、社会人になればそれは通用しない。
これが夫婦二人の気ままな暮らしぶりでは、自己責任も何も・・・かまう事は無い。
胸の奥でこっそり自己弁解しておけばよい。

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2020年8月24日 (月)

夏の終盤はまだまだ続く

処暑の昨日の朝は路傍の水引草や萩の紫の花の房に、えも言われえぬ秋の風情を感じた。
残暑もピークを超え、一気に秋が来たと思ったのも束の間、今日の暑さはなかなかなもので夏の終盤はまだまだ続く。

各地でゲリラ豪雨の被害に見舞われているようだが、私の住むところは短時間の雨さえない。
そういえば、梅雨が明けてから雨が降ったかどうか・・・?
少なくとも、8月に入って雨らしい雨に会ったことがない。

雨がないので庭の木々や草花達も元気がないし、芝生に至っては冬場に見られるような茶色の芝生に変色してしまった。
散水しても散水しても、元の緑に戻りそうもない。
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久しぶりに「かりまる」くんに乗って、ハイウェイオアシスの産直市場「おあしすファーム」へ買い物に出掛けた。

ファームで野菜や果物、魚介類を見てまわり必要なものを購入した。
この夏の異常気象の影響で、スーパーで販売される野菜の価格がかなり高くなっている。
案の定、オアシスファームでも野菜は高騰だが新鮮さがよい。

近くのバス停から片道35分のバス旅で、生鮮食品の買い物にしては時間がかかる。
それでも、市の公共施設連絡バスで乗車代金は無料ときているし、こういう暑い日は難しいことを考えずに、食べるのを楽しみに新鮮で美味しい食材を求めての少々の遠出も楽しい。

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2020年8月23日 (日)

夏の風と秋の風が交代

草いろいろおのおの花の手柄かな     芭 蕉(笈日記)

読み方:(くさいろいろ おのおのはなの てがらかな)

貞亨5年8月。『更科紀行』への出発に際して美濃の門人たちに発した留別吟。

訳:草には多種多様な種類があり、様々に工夫を凝らした花が咲く。私には多くの弟子がいて、それぞれみんなはなある作品をものしている。
別れに当って門人への謝辞を込めた別れの歌 。
(芭蕉俳句全集より) 

朝起きたとき、「 ほー朝だ!」と思わず声をあげたくなった。
昨夜を境に極暑が衰え、高い空のどこかで、森のどこかで、熱帯夜の都会のどこかで、夏の風と秋の風が、行きあいがしらに交代のあいさつをしたのだろうか・・・今朝は澄んだ空気で涼しい。

今日は二十四節季(太陽年を太陽の黄経に従って二四等分して季節を示す)でいうところの処暑だそうで、読んで字の通り「夏が過ぎるころ」という意味を表している。
今年は例年になく猛暑続きの日々だったが、この様子では暑さがピークを超えた気がする。
今朝の路傍は、水引草の花のつぼみがぬれた粒になって光っていた。
猿渡川の支流である「下り松川」の土手には、萩の紫の花の房が首を垂れていた。
そのうちに土手いっぱいに真っ赤な彼岸花が咲くだろう。

これからは、野といわず路傍といわす、いろいろな草花が花をつける。
そのほとんどは、春や夏の花とはちがって、さびしく可憐な花である。

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2020年8月22日 (土)

音楽の父

ヨーロッパ貴族の髪型というのであろうか、ワックスをコチコチに塗りたくってカールした髪型。

そういう髪型をした楽聖たちの写真が、陽射しの悪い、暗い壁に貼ってある。

そんな昔の音楽室の風景を、ふと思い出した。

子供心に見る楽聖たちは、顔がみな同じで、ヘンデルも、モーツァルトも、ベートーヴェンも、シューベルトも区別がつかなかった記憶がある。

それでもバッハ(ヨハン・セバスティアン)だけは、「音楽の父」として、格別に扱われていたのか、彼の顔だけが鮮明に蘇ってくる。

バッハはあらゆる楽曲を手がけているが、なかでもオルガン曲は殊のほか多い。これは彼が、教会堂のオルガン奏者として赴任していた関係もあろう。

バッハのCDはたくさん持っているが、私の好きなバッハは管弦楽「組曲」第二番 ロ短調。

弦楽器とチェンバロの伴奏で、主体のフルートが美しいソロを奏でる。

全曲は序曲に始まり、ポロネーズ、メヌエット、バディネリ、ロンド、ブーレ、サラバンドに分かれている。

余談だが、バッハは大変な子沢山で、最初の妻マリア・バーバラとの間に7人の子供があるが、彼女は36歳で急死してしまう。再婚した2番目の妻アンナ・マグダレーナとの間に13人の子供を設けている。

「・・・いつも、彼のなんとなく巨大な力が、わたくしの心の前に迫ってきて、妙なおそろしさのようなものが私をおののかすのでした。それは何ともいいようのないわけのわからぬものでしたが、こればかりは血をわけた息子や娘たちでさえ、子供らしい畏敬の気持ちを抱いていながらも、決して気づかなかったものなのです。とはいえ、このような感情は私の魂の奥ふかくに、いつとはなく積み重なって、ひそかな恐怖のようなものとなり、・・・
彼はいつでも私の抱擁しきれないほど偉大な存在でした。」

2番目の妻が書いた『バッハの思い出』より(M・アンナ・バッハ 著, 山下 肇 翻訳)

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2020年8月21日 (金)

ショートショート

別棟の彼

百七十坪のさして広くもない屋敷に入り口を本宅に向け、いかにも安普請の別棟が建っている。
屋敷の南側隅っこ。

すっかり葉を落とした銀杏の木と、蕾も見せない痩せ細った寒椿の間にこの別棟はある。

別棟といえども、軒先に子供にでも手が届くほどの丈の低いトタン屋根をした小さな家――おそらくここでは、隙間風が吹き込むであろう。

暖房ひとつない、底冷えのする別棟の一室で、彼は体を丸めて横たわっていた。

一日二十四時間の大半を退屈という名のもとに殆ど毎日、そのようにして眠っているのが彼の常だった。

雨が降ろうが、雪が吹き込もうが一向にお構いなし・・・それもそのはず、彼の血は極寒の地シベリアに流れる。

大きくて粗野な顔の輪郭、鋼のように頑丈な体は、一見 威圧的で険しい。

だがよくよく見ると、その顔にはエキゾチックな匂いが漂っている。

大きな顔に似合わないほっそりとした口元、まっすぐ筋の通った小ぶりの鼻、そして何よりも彼をエキゾチックに見せているのは、あの神秘的なブルーの目・・・その目をさらに強調するかのように、目の周りを歌舞伎役者よろしく隈取っている。

退屈という眠りから覚めた彼は、伸びをし、入り口から体を乗りだす。

その身ごなしのなんと優美なことか!

本宅でほんのちょっと音がするとか、門扉に来訪者の気配を感じるだけで、彼が顔を上げ聞き耳を立てるには十分・・・

あれは、自分のためにやっているのではないか?

自分を訪ねてきたのではないか?

このときの彼の表情は、期待と不安の入り交じったものになる。

夕食後の軽い散歩は、彼が開放される唯一の時間だ。

もう5年も馴染みの道を歩いている。

途中、知人に会えば愛想の良い笑顔も振り撒くし、お世辞のひとつも言われれば良い気分にもなる。

実際のところ躾の良い彼の身ごなしは、だれにでも好感を与えた。

やがて周囲は闇に沈み、徐々に夜の帳に包まれる。

本宅の人々は、すでに熟睡していたが、微かな物音に、彼はじっと目を凝らして始めは抑えた声で、しだいに激しく

「ワン、ワン・・・」と吠え続けた。

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画像は、高品質なフリー画像素材「Pixabay」さんからお借りしています。

2020年8月19日 (水)

早口が口先人間にだけはならないように

最近、元大阪市長の橋下さんや吉村大阪知事の露出度が異常であると思っていたが、メディア、とくにテレビが加担して維新人気を煽っているような気がする。

先の月曜日、BSの「報道1930」『コロナと戦う”大方針とは”』に橋下 徹さんが ゲスト出演していた。
「報道1930」と橋下さんとは 思想信条を異にするはず、 案の定、橋下さんの独壇場となり、PCRの数を増やせばなぜ感染者が減るのか、何の目的でPCRをするのかと、早口で持論をまくし立てていた。

その中で、東京大学先端科学技術センターの児玉名誉教授のアドバイスを受けながら、ニューヨークを参考に「誰でも、どこでも、何度でも」PCR検査を受けられる「世田谷モデル」を、こてんぱんに批判していた。
これに対して、司会の松原さんは引きずられっぱなしで、橋下さんに反論できない。
司会という立場から仕方がないのかもしれないが、レギュラーコメンテーターの堤伸輔さんは「橋本さんは安倍さんにやさしい」と、冒頭から反旗を翻していたものの、あとは黙ってしまった。
おかしいと思ったら、司会者であれ、コメンテーターであれ、反論の声を上げないとだめだ。

アメリカでは「会話遮り術」というのが研究されているようで、「早口でまくしたてる相手をいかに遮り、こちらの言い分を逆にまくしたてるか、つまり早口で相手を言い負かす方法」で、これを身につけたコンサルタントがふえて、会社重役、タレント、テレビ司会者らにさかんに実技指導しているという。
日本でも、政治家やテレビに出る人には、こうした術を身に着けてほしいものだ。

コロナをリベートの勝ち負けで論ずるわけではないが、正論を言っても橋下さんに負けることくらはわかっていただろうに、「報道1930」の主義主張には合わないゲストを呼ぶのは、維新人気に加担しているからだろうか。

当たり前のことだが、PCR検査を受けないと新型コロナの治療は受けられない。
大阪の現状は運良くPCR検査を受けられても、検査までに1週間近くもかかってしまうという。
この間に重症化するかもしれないし、新型コロナは発症の前日に最も感染しやすいから他人にうつしてしまうかもしれない。
これでは感染者は増加する一方だ。
日本はPCR検査が世界中で圧倒的に少ない深刻な状況であるなかで、料金もあまりかからない「誰でも、どこでも、何度でも」の世田谷モデルは可能な限り目指すべきではないか。

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2020年8月18日 (火)

秋の気配

日中は40度近い猛暑が続いているが、今朝、犬の散歩していたら、昨日までと違う風を肌に感じた。

秋風の気配だ。

昨日のこと、庭に打ち水をしていて気が付いたのだが、月下美人が蕾をつけていた。

昨夜は花開くのを、いまかいまかと深夜にわたり待ち続けたが、開くことはなかった。

花開く時期を調べてみたら、蕾は下を向いてつくが、開花日が近づくにつれて上にもちあがってくるらしい。

今朝も下を向いたままの状態だった。

10年に一度しか咲かない一夜限りの花で、決して実を結ぶことがない」と噂には聞いたことがあるが、本当かどうか・・・我が家では、昨年も咲いた形跡がある。(咲いたのを知らないでいて、萎れた花の残骸で気付いた)

今年こそは開花の瞬間を目を凝らして観察しょう、と思うのだが・・・。

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2020年8月15日 (土)

敗戦の日

七十五回目の終戦記念日の今日、高市早苗総務相、小泉進次郎環境相、萩生田光一文部科学相、衛藤晟一沖縄・北方担当相が靖国神社に 参拝した。
安倍首相自身は玉串料を奉納。

いつのときも首相や閣僚の靖国神社参拝が賛否両論話題になる。
終戦記念日、というか正確には敗戦記念日というべきだと思うが、犠牲となった人たちのために純粋な意味で冥福を祈るのには誰とて異議はない。

何故、靖国神社参拝が問題になるのか。

靖国神社は戦前に天皇の命令でつくられた軍が管轄する宗教的な軍事施設だった。
そこに天皇のための名誉な戦死を遂げた人たちの英霊が祀られているのである。

日本の軍国主義が台湾と朝鮮を植民地にし、中国を侵略、さらに東南アジアと南太平洋全域に広げる太平洋戦争まで突き進んだ。
結果、アジア全体で2千万人にものぼる犠牲者が出た。

この結果をどう捉えるかは個人の歴史的見方にもよるが、その反省の上に立った時、国家意思や国民を代表する立場にある為政者の歴史認識が靖国神社参拝で象徴されれば、朝鮮や中国、当時被害にあったアジアの国々やその国民が強く反発してくるのも理解できるし、やむを得ないかったとする日本の立場も理解できる・・・と、私の見解も曖昧なものだが、私の周りにも父親が戦死したという同級生が数人いるのは事実であり、過去の過ちを二度とくり返してはならない。

1945年(昭和20年)のこの日、日本は連合軍に無条件降伏し、太平洋戦争は終わった。
日清日露の両戦争では勝利し、第一次世界大戦で不滅の日本だったはずが、完璧な敗北をきたしたわけだ。
このときを境に日本は政治的にも、経済的にも大きく変わった。
この戦争では、多くの若者が学徒動員という形で戦争にかり出され、たくさんの命が失われた。

戦後75年、今はコロナ禍という新たな苦難に直面しているが、それでも当時に比べれば、今は物に溢れ欲しい物を手に入れられる。
大学に行ったり、留学したりするのも親掛かりの人が多い。
それを当たり前と思わず、ちょっと感謝の気持を思い起こしたいものだ。

下記に掲げる文章は「東京大学戦没学生の手記」(『人生語録』/多久弘一著/鶴書房より)からである。

(原文のまま)
父母上様、親不孝者ノ自分デシタガドウカ御許シ下サイ。之カラ自分ハ親ニ孝養ヲ尽サウト思ッテイマシタガ遂ニ斃レマシタ。自分ハ貧シイ中ヨリ第八高等学校、東京帝大ヘ進マセテ頂キ常ニ感謝シテ参リマシタ。自分ハ学生時代カラ色々父母上様ニ御心配ヲカケマシテ之カラ孝行スル時代ニ入ラントスル時斃レルノガ残念デス。(中略)父母上様、去ル六日ノ原子爆弾ハ非常ニ威力ノアルモノデシタ。自分ハ其ノ為ニ顔面、背中、左腕ヲ火傷致シマシタ。然シ軍医殿ヲ始メ看護婦サン、友人達ノ心ヨリナル手厚イ看護ノ中ニ最後ヲ遂ゲル自分ハ此ノ上モナイ幸福デアリマス。

昭和二十年八月二十五日二十一時

父母上様      鈴木実

学徒動員でかり出され戦没したこの学生の手記から、孝行できないまま先に行く無念さが痛いほど伝わってくる。
戦争に対する批判や疑問を書かずに、負傷した体を手厚く看護してもらっている、と両親に一縷の安堵を書き添えるその心が痛い。

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2020年8月14日 (金)

富士川のほとり

猿を聞く人捨子に秋の風いかに  芭蕉(『野ざらし紀行』)

『野ざらし紀行』の途中、富士川のほとりを行ったとき、3つくらいの捨て子が泣いているのを聞いた芭蕉が、詠んだ句。
猿を聞く人とは、揚子江上流の巴峡両岸に鳴く猿の声で、それに旅愁の涙を流してきた杜甫ら中国人の私人を指す。
     (芭蕉ハンドブック/三省堂 参考)

巴峡を富士に置きかえ、猿の声と比べて、捨子の哀れな泣き声の周りを吹く秋風と、どちらが一体悲しいのかと問う。
このとき芭蕉は、袂から食べ物を取り出して与え、そのまま通り過ぎてしまうが、これが非難の的ともなったらしい。

『野ざらし紀行』は、芭蕉の紀行文の第1作目で、貞享元年(1684)8月に江戸を立ち、伊勢、伊賀、吉野、大垣、尾張、奈良京都などを回り、翌年四月甲斐を経て江戸へ戻るまでの旅を発句を中心に綴った紀行文で「甲子(かっし)吟行」とも呼ばれる。

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2020年8月12日 (水)

ジグソー・パズル

暗闇の中で金縛りにあったのは、月曜日の深夜だった。
どうあがいても意志どおりに肉体が動かない恐怖を感じた。

この何日あとだったか、幻想的な空間の中で素晴らしい作品ができた。
私は、いっぱしの小説家。

一週間たった今日、陽の光のあたるデスクの上であの時を思い出して、書く作業にとりかかった。
所詮。見れば見っぱなしの夢・・・断片だけしか蘇ってこない。
惜しい思いをしながら、断片だけでも書きだしてみた。

書きだされた細切れの文字列、その一つ一つは意味のないバラバラの文字の塊・・・その不規則な塊から一つの文章を作成していく作業は、ちょうどジグソー・パズルの細かく切りばめられた小さな破片を、元の形に復元させていく過程に似たものがある。

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2020年8月11日 (火)

ショートショート

夢第二夜

こんな夢を見た。

酒の勢いで、海に向かう坂道を駆け上っていた。

最初は風の優しさを頬に受けながら、なんともリズミカルに駆けていた。

まだ、酒は全身に回っていないのだろう。

風の優しさが、くすぐったくなるような心地良さだった。

風に自分の心模様を試されているようで、照れ隠しに駆ける速度を速めてみた。

次第に心臓は小刻みに鳴り、拍動と呼吸のリズムが乱れていった。

じりじりと酔いが体全体に回り始め、血圧が上がって行くのがわかる。

汗が出てきた。

ここらで一息と足を止めたとき、「元気かい」と言う声と共に肩を叩かれた。

振り返ってみると、そこには誰もいない。

とっくに陽は沈んでいる。

弱い月の雫の下で金縛りにあった。

手探りで、とにかくその場を逃げようとするのだが、足の一歩が前に出ない。

助けを求めて叫ぶ度に「元気かい」と、闇夜の中から鈍い声がする。

恐怖の反動で、体が垂直に上へ跳ね上がった。

こうなったら、行くとこまで行け!とばかりに、そのまま夜空に駆け出した。

2回宙返り1回ひねりのムーンサルト。

「元気かい」またもや肩を叩かれた。

そうか、また奴だ。

なんだか懐かしさに涙が出てきた。

真夜中の海に写ったのは、紛れもない影を泳ぐ自分。

Nami
 

2020年8月10日 (月)

ショートショート

夢第一夜

僕は廊下の窓際に面した喫煙所で喫煙をしていた。

無意識に窓の外に目がいってしまうのが習慣である。

いつもと変わらない風景が広がっている。

何の変哲もない小さな公園。

ただ、今日は木陰のベンチで弁当を食べている一人の男が目に入った。

彼の脇に、いつも見かける薄汚い一匹のノラ猫が近寄ってきた。

物欲しそうなその目つき・・・

飢えているのだろうか。

男の脇にやって来て、すばやく弁当に飛び掛った。

前足の爪でサバの塩焼きを引っ掛けると、素早く口に加え逃げ出した。

それは一瞬のことだった。

男は自分の手にしている弁当を地面に叩きつけ激怒した。

いや、それだけでは気がすまないらしい。

下卑たうめき声を上げながら、足元に散った残骸を踏みつけた。

ああ、僕はその光景に憤りを感じた。

落ちぶれているわけでもない、みすぼらしい服装をしているわけでもない、平凡で月並みな男の癪に障ったときの行為とは、たかがあの程度のものなのだ。

ああ、僕だったら・・・

僕だったら、最初からあのノラ猫に弁当を分け与えたさ。

ただ僕に理解できるのは、ノラ猫に弁当を与えれば良い、というきれい事だけでは済まされない何かが男の中にあることだ。

つまりだね、僕の憤りと言うのは、あの男のノラ猫に対する行為じゃないんだ。

わかってくれるかい・・・

「オーイ、ノラ」

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2020年8月 9日 (日)

エスキス

『ファンタジーの文法』(ジャンニ・ロダーリ著/窪田富男訳/筑摩書房)の中に

「ある日、ノヴァーリス(1772―1802)の『断章』の中に、次のことばを見つけた。《倫理学があるように、ファンタジー学があるならば、創作の方法が見出せるだろうに》すばらしいことばだった。」とある。

創作は「小説」や「創作法」の本をたくさん読んだからといって書けるものではない。

社会通念とか常識に抑圧されているイマジネーションを、いかに開放するかだと思う。

上記の本の中に「ひっくり返しのおとぎ話」という項があるが、

「赤ずきんはいじわるで、狼はしんせつでした・・・」

「シンデレラはあまりよい子ではありませんでした。しんぼう強いまま母をがっかりさせ、やさしいおねえさんたちから、フィアンセを取りあげてしまいました・・・」

「白雪姫は、うっそうと生いしげった暗い森の中で、7人の小人ではなく、7人の大男に出会いました。そして、かれらのわるだくみにおちいって、マスコットになってしまいました・・・」

既存の物語をひっくり返したことによって、語りが自由に発展していく。

これも創作のひとつの方法なのかもしれない。

イマジネーションを膨らましていく方法として、自由な気持ちで絵筆を動かし、そこから言葉を喚起させ独自の創作に戻っていこうと思う。

とりあえずは、つぶやいてみる。

(飛ぶ)

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空を飛んだ
人間の格好のままで
鳥のように空を飛んだ

2020年8月 8日 (土)

高価なペット

長雨や日照不足の影響で常備野のニンジンが高い、ジャガイモが高い、タマネギが高い。
主婦は1円でも安いお店へ走る。

ところが、ことペットになると人々は惜しげもなく高価なペットを購入し、その後も長期にわたってペットのために出費する。

犬に関して言えば、いまや犬は番犬としての犬ではなく、家族の一員としての犬なのだ。
そこには、子供であり、兄弟姉妹であるという認識へ注ぐ愛情を感じる。

知り合いのお宅では、もともとトイプードルを飼っているうえに、一人っ子の娘さんに懇願されて、最近になってティーカッププードルを購入された。
体重が2キロもなくって、人間の手のひらに乗るサイズでびっくりするほど小さい。

価格も軽自動車が買えるほどだというから、にわかには信じがたいが、わが家の犬がトリミングしてもらうペットショップでも、一桁違うのではないかという価格がついているのでびっくりする。

ティーカッププードルは、小型の割には平均寿命が12~15年と長寿のようだが、長く一緒に生活してきたペットを失うことによって引き起こされるペットロス症候群に陥りやすい。

かって、アメリカの大富豪が自分の愛犬のクローンを作るために日本円にして約3億3千万という大金を出して、研究機関と契約を結んだニュースがあった。
生きとし生けるものには必ず死が来る。
熱烈に愛するものの死に備えて、クーロンを作るという発想は一般的でないにしろ、情としてはわかる気もする。

自然の摂理に反したこうしたことが良いことなのだろうか・・・。

1997年に誕生したクローン羊「ドリー」は、進行性の肺疾患のために2003年に安楽死させられた。
このように複製過程の生物学的な不安定さが予期せぬ疾患を招く元となる。

ドリーは6歳7カ月の寿命でしかなかった。
通常の羊の11~12年という寿命に比べ、半分の寿命でしかない。

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2020年8月 7日 (金)

セミの鳴き声

夏の日の昼下がり、午後4時。

新聞配達のバイクが、ポストに夕刊を乱暴に投げ入れていく。
待ちかまえたように、私は新聞を取りだしに出る。

庭の銀杏の木では、アブラゼミが今が最盛期と言わんばかりに「ジー、ジリジリジリ」と大合唱をしている。
私がポストから新聞を取り出すと、決まって鳴きやんでしまうから、不思議この上もない。

庭の銀杏の木は、樹齢100年位。
数年前までは、ギンナンがそれはそれは見事に生ったものだ。

落ちたギンナンを処理するのが大変なうえに、熟したギンナンが歩道に落ちると、歩道を通る自転車に踏みつぶされ異臭を放ち、そのあと片付けが大変である。

落ち葉にも手を焼いていたので、短く切ってもらった。
その後はギンナンも生らないし、落ち葉も少ない。

今年セミの鳴き声を最初に聞いたのは、梅雨に入る前だった。
朝から蒸した日のコーヒータイムに「チィチィ」 と、かすかにニイニイゼミの産声を 聞いた。

それから数日して、梅雨が明けた次の日の早朝4時半には、ニイニイゼミの合唱が始まったのを聞いた記憶がある。

「チーチーチーチ……」と、さしずめこれは、真夏の日の序曲だったのだろうか……5分くらいで終わった。

次の日からは、線の細い艶のある合唱が次第に長くなり「チーチーチーチ……」のあとに「ジージー」という低音までもだすようになった。

「チーチーチーチ……」「ジージー」が交互に繰り返され、見事な演奏会を続けていた。

8月に入ってからは、ニイニイゼミの合唱も、アブラゼミのちょっと震え気味の大声に圧倒されてしまった。とりわけ、午後3時過ぎからの銀杏の木は、アブラゼミだけのオンステージ。

彼らの賑やかな合唱が終わり、日が西の空に沈み涼しくなると、今度はヒグラシが、胸にじんとくるようなセデナーデを奏でる。

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2020年8月 5日 (水)

ショートショート

                      病む男

 

 何をそんなに考えていらっしゃるんでしょう。

 人間は決して考えてはなりません。考えると年をとるばかりです。

 ……人間は一つのことに執着してはなりません。

 そんなことをすると、気ちがいになります。

 われわれは色々なことを雑然と頭の中に持っていなければなりません。

          (ゲーテ「イタリア紀行」から)

 

                       *

 
白髪が不揃いに覗いている坊主頭、やつれた顔に目だけが異様に険しい。粗末な灰色の衣服に足は裸足だ。

並みの体格の男が一人、背中に絶望を背負って階段を上って行く。

朽ち腐れた階段の一番上まで上り詰めると、突き当たりに部屋があり、まるで男を誘い入れるかのようにドアが半開きになっている。

男は、悪魔にでも憑かれたように部屋の中へ入っていく。そしてドアの向こうには、男を圧倒するようなものが待ち構えていた。

4畳半程の小さな部屋。

採光用の北側の小さな窓には、内側から鉄格子がはめられていた。そこからは、ほんのお情けに冬の午後の弱々しい光が、格子を透かして微かに差し込んでいるだけ……最初は白かったであろう壁も、今はすすけて灰色。

片隅に置かれたみすぼらしいベッドは、人一人の力では動かぬようにと、床にねじで打ち付けてある。

フローリングもすっかり汚れ、黒くざらついている。

男はベッドに横になり、鉄格子の隙間から差し込む鈍い光の一点をじっと睨みながら、隣室の音に聞き耳を立てた。

……喚き声が聞こえてくる。

床を這いずり回り、泣き叫び、見境がなくなっている様子だ。

隣人は気が狂っているのだろうか……しかし、そんな雑音も次第に小さくなっていく。

まだ、宵には早い時刻だろうに、男の視角には、先刻からの格子を透かした光はなくなっていく。

少しでも音が聞こえるうちは良かったのだが、やがて、すっかり音が消えうせてしまうと同時に、周囲は真っ暗で何も見えなくなってきた。

暗闇の中で、4畳半の小さかった部屋が無限の空間に感じられる。

男は、自分が囚人のような気になりだした……そう思うと、いても立ってもおられず、ありったけの力を出してベッドから飛び出そうとした。

だが、不安に呪縛された男の体は、ぶるぶると震え、歯はがちがちと鳴り出し、まるで熱病にでも罹ったようだ。

両手で髪を掻きむしり、ついには拳で頭を打ち振り出した。

どれほど時間が経ったであろうか……体がベッドの奥深くに沈んでしまうのではないかと、男は思った。

実際、何者かに圧力を加えられているようで、手も足も動かす事ができなくなってしまった。

このままだと自分の体は消えて亡くなってしまうのではないか……という怯えで、男の顔は極端なまでの不安と嫌悪に引きつった。

恐らく気も狂わんばかりであったことと思う。

男が気がついた時、ナースキャップを着けた女性二人によって手足を押さえられていた。

もう一人、白衣を着けたドクターらしき男が注射器を向けている。

男はどこかに異常があって入院をしているらしい。

お気づきだろう。ここは精神病棟の一室である。

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梅雨が明けたかと思ったら、連日の猛暑で思考停止状態にある。
おまけに、連夜エアコン付けっ放し状態にしたままで寝入り、 冷えた体が眼をつぶったまま覚醒する。
こんな二、三日を続けていたら、すっかり喉をやられた。

このショートショート「病む男」は、20年ほど昔に書いた作品である。

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2020年8月 1日 (土)

毎日の感染者数から目が離せない

毎日の感染者数から目が離せない状況だ。
今日(8/1)、東京都はコロナ感染者が472人、昨日(7/31)の463人を超えて過去最多とのいう。

愛知でも1日の集計で181人、そのうち名古屋市が109人とのこと。
私の住む刈谷市は今日だけで12人(計32人)の感染が確認されている。

7/16日の参院予算委員会(閉会中審査)で、東大先端科学技術研究センターの児玉教授が
東京のエピセンター化している」「総力で対策を打たないと、来週は大変になる。来月は目を覆うようなことになる」と声を震わせながら、訴えられていたが、それが現実となってきた。

そんななか、昨日、ぶら下がり会見に応じた安倍首相は、「高い緊張感を持って注視していきたい」「まずは徹底検査です。陽性者の早期発見、そして早期治療を進めていきます。また重症化予防は極めて重要であります」
と今頃になって言っているが、半年間、いったい何やってたの?

5月25日の新型コロナ緊急事態宣言解除に際して、首相は「日本モデルの力によって克服できた」と発言していたが、あれは何だったのか。

今に至って検査を後回しにされる人が続出のようだし、100万人あたりの日本の検査件数は、世界で159位の低さという。

「GoToトラベル」にみるように、感染拡大を促進するような政策は見直すべきだ。

野党が臨時国会召集の要求書を衆院議長に提出しているが、とにかく、臨時国会を早く開いて、「GoToキャンペーン」の修正と、コロナ対策に向けての徹底した議論をしてほしい。

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