2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2020年6月 2日 (火)

五月雨

「五月雨」と書いて「さみだれ」と読み、梅雨時期の季語。

五月雨だから5月に降る雨だと思いがちだが、実はこれ旧暦の5月に降り続く雨のことで、今で言えば6月、つまり「五月雨」の降る雨の時候を「梅雨」というわけだ。

五月雨といえば、芭蕉が「奥の細道」で、岩手平泉と山形を訪れた時の、あまりにも有名な句がある。

①「五月雨の降り残してや光堂」
②「五月雨を集めて早し最上川」

上記二句を現代訳してみると

①あたりは雨で朽ちているが、この金色堂だけは光輝いて、あたかも五月雨がここだけには降らなかったかのように。

解説:すでに、鞘堂ができていたのでもとより五月雨の中に輝く光堂は視界には無いから嘱目吟ではない。観想としてのこぬか雨の中に屹立する光堂が芭蕉の心の中にあったのであろう。これも最高秀句の一つ。なお、現在の鞘堂は昭和30年代末の文部省学術調査後のものである。
芭蕉発句全集参照

②五月雨を集めてきたように流れが早いなぁ、最上川

解説:奥の細道全体を通して山形での作品に秀句が多いのはなぜだろう。これも最も人口に膾炙した句の一つである。山形では句会が多く催されたらしい。この作品は、5月29日夜大石田の船宿経営高野平左衛門 (一栄)方にて行われた句会の冒頭の発句「五月雨を集て涼し最上川」である。これはまた随分とやさしい句だが、「涼し」一語を「早し」と変えただけで、怒涛渦巻く最上川に変るから言葉の持つ威力はものすごい。
芭蕉発句全集参照

二句とも、梅雨の水量の多さが元にあるが、①では、降り続く長い雨で湿気によって物を腐食させる自然の力と対象に、雨の中に屹立する光堂が芭蕉の心の中にあったのであろ

② では水嵩の増した景観を流れの速さで豪快にとらえている。

時として梅雨はうっとおしい・・・これは、だれしも持っている季節感というものだ。

そうした梅雨の持っている性質を、芭蕉の場合は賞美しているように見える。

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コメント

梅雨に入る前、5月の青葉若葉をそよがせた風の匂い、頬を打つ風までが匂やかに感じられます。
こうした風情は、今も昔も変わりないようです。
テイカカズラの甘い香りは、私も好きな匂いです。

時代は変わっても俳句の色香は失せず、二句共に今の季節を堂々と謳歌していますね。あやかりたいものです。梅雨に入る前のこの季節が最も好きです。テイカカズラがよく匂います。

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