2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2020年5月31日 (日)

なるがままに

トランプ米大統領は昨日(30日)、G7サミットを9月以降に延期すると明らかにした。

今年のG7は、ビデオ会議形式での開催が検討されていたが、トランプ大統領の希望で、6月下旬にワシントンで対面での開催(通常開催)で行われる予定であった。

ところが、ドイツのメルケル首相の参加辞退表明等もあり、6月末の開催は困難と判断し延期することになった模様だ。

となると、参加表明をしていた安倍首相は、G7に出席して“雲隠れ作戦”を画策していたのに当てが外れてしまった。

6月17日の会期末でさっさと国会を閉じ、G7で訪米後は隔離生活(米国からの入国者は原則2週間の隔離生活を送ることが義務付けされている)を口実に自然にフェードアウトして、数々の疑惑追及から逃れようという画策も意味を成さないのは明白になった。

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◆let it be

5月に別れを告げる最後の日だ。

今朝のこと、犬の散歩途中に胃のあたりに不快感を感じ、結局そのまま家へひきかえして来た。

ステイホーム生活が長引き、運動不足解消のために自転車や徒歩の遠出を多くしていたが、さすがに無理がたたったのか、健胃のはずの私でも消化機能に不調を来したわけだ。

振り返ってみると、いつも起こるべくして起こり、なるようになってきたわけで何の不思議もない。

何事も後悔しないようにと、ことさら心がけているわけでもないけれど、ただあきれるほど物忘れが酷いためか、あるいは自省心がないのか、後悔という魔羅にとらわれた事がない。

そこが神の有難さなのかもしれないし、人間の悲しさかもしれないが、とにかく何事も理にかなっている

◆「則天去私」という言葉がある。

意味は「小さな私にとらわれず、身を天地自然にゆだねて生きて行くこと。」(三省堂 新明解四字熟語辞典参照)

これは漱石の晩年の言葉だ。

広辞苑には、「小さな私を去って自然にゆだねて生きること、宗教的な悟りを意味する」と書いてあるが、エゴを捨て去った「あるがまま、なすがまま」の境地ということだろう。

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