2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2020年4月10日 (金)

国難の時でも自然は営みを繰り返す

「名古屋飛ばし」の新型コロナ緊急事態宣言だったが、愛知県の大村知事は、今日の午後にも県独自の緊急事態宣言を出すという。

今までは、私を含め周りの者は結構ゆるゆるの規制の中で行動していたが、今後の楽観は戒めたい。


昨日は杜甫の「春望」を取り上げた。
杜甫は、その時々の社会情勢や政治の矛盾などを詩の題材に盛り込んでいた。

その杜甫の影響を強く受けていたのが松尾芭蕉である。

『奥の細道』の中の「平泉」章では、平泉を訪れた時のことが書かれている。

平泉というのは岩手県の南部にある地名で、平安時代に藤原一族が治めていた。

特に藤原清衡、基衡、秀衡の親子3代のときに最盛期を迎えていたが、それも長く続かなかった。
秀衡が、源頼朝から逃げてきた源義経をかくまったことを発端に、源頼朝によって滅ぼされてしまったのだ。

藤原氏ゆかりの土地を訪れた芭蕉は、そうした史実を回想しながら次のように物語を展開している。

三代の栄耀一睡の中にして、 大門の跡は一里こなたにあり。
秀衡が跡は田野になりて、金鶏山のみ形を残す。
まず高館にのぼれば、北上川南部より流るる大河なり。
衣川は、和泉が城を巡りて、高館の下にて大河に落ち入る。
泰衡らが旧跡は、衣が関を隔てて南部口をさし固め、夷を防ぐと見えたり。
さても、義臣すぐつてこの城にこもり、功名一時の叢となる。
「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」と、笠うち敷きて、時の移るまで涙を落としはべりぬ。

(現代訳)
藤原三代の栄華も一睡の夢と過ぎ、今は廃墟と化した大門の跡は、一里ほどこちらにある。
秀衡居館の跡は田や野原になっていて、彼が築かせたという金鶏山だけが、昔の形を残している。
何よりもまず高館に登ると、眼下には北上川が見える。
北上川は南部から流れてくる大河である。
衣川は、和泉の城を取り囲んで流れ、高館の下で大河に合流している。
泰衡たちの旧跡は、衣が関を間において、南部地方からの入り口を厳重に警備し、夷の侵入を防いだと思われる。
それにしても、(義経は)忠義の家臣を選りすぐって、この城に立てこもり戦ったが、数々の功名も一時の夢と消えて、あとは茫々たる草むらとなってしまっている。
「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」と、杜甫の詩を口ずさみつつ、笠を敷いてこしを下ろし、時の移るまで懐旧の涙にくれたことだ。

(尾形 仂【編】芭蕉ハンドバック【芭蕉全発句一覧】より)

Campanula

芭蕉がこの地を訪れた時の平泉は、草が生い茂る静かな場所だった。

国が滅びてしまっても、山や川は変わらず営みを続けているわけで、人の行いや思いは時と共に消えてしまうが、自然はそれに関係なく営みを繰り返し残り続けているわけだ。

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