2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

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2020年3月18日 (水)

自然を見る目

  犬の散歩をしていると、真っ白なモクレンの花が目を楽しませてくれる。

鰐口の青さびたる木蓮の花の白き」 牛頓
(鰐口は、神社や仏堂の正面軒先に吊り下げられた仏具の一種)

牛頓とは、寺田寅彦の若いころのペンネームで「ニュートン」と読むそうで、いかにも物理学者らしい命名だ。

  Moku20

その寺田寅彦がエッセイ『木蓮』の中で、次のように書いている。

「白木蓮は花が咲いてしまつてから葉が出る。その若葉の出はじめには実に鮮かに明るい浅緑色をしてゐて、それが合掌したやうな形で中天に向つて延びて行く。丁度緑の焔をあげて燃ゆる小蝋燭を点しつらねたやうにも見える。
紫木蓮は若葉の賑かなイルミネーションの中から派手な花を咲かせる。濃い暗い稍やや冷たい紫の莟つぼみが破れ開いて、中からほんのり暖かい薄紫の陽炎かげろうが燃え出る。さうして花の散り終るまでにはもう大きな葉が一杯に密集してしまふ。
桜でも染井吉野のやうに花が咲いてしまつてから葉の出るやうな種類が開花の魁さきがけをして、牡丹桜のやうな葉と一緒に花をもつやうなのが、少しおくれて咲くところを見ると、これには何か共通な植物生理的な理由があるらしい。
人間でもなんだか、これに似た二種類があるやうな気がするが、何が「花」で何が「葉」だかが自分にはまだはつきり分らない。」

せわしい日常では、自然に目を向けても「ああ~木蓮が咲いている」程度で通り過ぎしまうところを、興味深く観察しているのは、さすが物理学者であり随筆の名手と言われ所以である。

木蓮をわかりやすい表現で書いているが、自然への洞察力に魅了される。
ふと感じた疑問、日常の些細な事柄を、簡潔に読みやすく、ストレート書かれた文章は心地よい。

Moku10

寺田寅彦の文章は大変参考になる。

 

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