2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

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2020年2月 3日 (月)

「羅馬に似寄つた風俗があった」そうな

「福は内、鬼は外」
今日は節分、豆まきの日だ。

最近では、豆まきと並んで、恵方巻きをその年の恵方に向いて丸かぶりすると縁起が良いと言われて、スーパーやデパートでは「恵方巻き」商戦が繰り広げられている。

今年の恵方は「西南西」ということだが、「西南西」がどっちかわからない人のために便利なアプリ「恵方マピオン」がある。

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節分とは「季節を分ける」という意味で、江戸時代以降は 立春を年の始まりと考え、その前の日を一年の締めくくりとしていたそうだ。

昔は、季節の分かれ目、特に年の分かれ目には邪気が入りやすいと考えられて、豆まきも邪気祓い行事とされていた。
そこに商戦たくましく「恵方巻き」が登場した。

「恵方巻」という名称は、1989年にセブン-イレブン舟入店(広島市中区)の野田靜眞が「大阪には節分に太巻き寿司を食べる風習がある」と聴いて仕掛けたことにより、1998年から全国へ広がり、2000年代以降に急速に広まった。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用

森鴎外の作品に「追儺(ついな)」というのがある。
そこに描かれているのは、築地の高級料理店に招待された主人公が、そこで、小さい萎びた女将の『福は内、鬼は外』という豆まきを見るだけの話だが、作品のタイトル「追儺」は、今でいう節分のこと。

中国の風習が文武天皇の時代に日本に伝わったもので、今では各地の社寺や民間には節分の行事として伝わり、豆まきをする。

「追儺」は節分の元祖ともいえる行事の名称で、追儺が存在していなければ、そもそも節分自体も存在しなかったことになる。

鬼を追い払って、新しい春を迎えよう!
「福は内、鬼は外」

Sagi

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