2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

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2020年2月12日 (水)

月見草がよく似合ふ

野村克也監督の突然の訃報が入った。
京丹後市出身の八十四歳。
死因は虚血性心不全ということだ。

報道によると11日未明、「家政婦が浴槽のなかでぐったりしている野村さんを発見し、119番通報。病院に搬送されるも、その後死亡が確認された。」(ANNニュースより)

その悲しみの波紋は、野球界に留まることがない。
昨日、今日のテレビ報道で関係者の追悼のコメントを聞けば聞くほどに、その偉大さを改めて知る。

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私は野球のことは詳しく知らないが、サッチーの愛称で親しまれ、2017年12月に亡くなった沙知代夫人の尻に敷かれている印象の野村監督が好きだった。
あえて言うなら、飾り気のないところ、嘘のないところが好きだった。

元巨人の長嶋茂雄さんや王貞治さんと比較して「王や長嶋がヒマワリなら、オレはひっそりと日本海に咲く月見草」と発言したというが、長嶋さんや王さんの陰に隠れた自らの存在を素直に表現した名言だ。

王さんや長嶋さんが国民栄誉賞を受賞しているのに、野村監督にはそれがない。
野球を越えて、人格者・代表的日本人になっている王さんなどは、或る意味世渡り上手なのだろう。

お世辞も言えず、忖度もできず、人に合わせることもせず、名声や地位を求めない野村監督は、所詮「月見草」なのだ。

「野球はアタマでするものだ」「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」「無形の力」「野村引く野球イコールゼロ」。
監督の名言は数々あるが、自分の現状をそのまま表現しただけの言葉に、嘘のない一途な生き方が顕れている。

評価の良し悪しは人さまざまであろうが、彼の類まれなる統率力、庶民性、愛嬌、そして今ひとつ彼の中に備わっている生まれながらのペーソス・・・これはまさに日本人の底辺の感情であるがゆえに、揺るぐことのない安定度があり、長きにわたり多くの人に慕われてきた所以だ。

今、私は「天に軌道があるごとく、人それぞれ運命てえものがあります」と言った寅さんを思い出す。

そして、渥美清さんの死が妙にオーバーラップする。

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