2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2020年2月

2020年2月29日 (土)

毎日毎日コロナコロナ

テレビ、ネット、新聞は、新型コロナウイルスで埋め尽くされている。

2/27の安倍首相による唐突な一斉休校の要請は、社会生活の混乱を加速させている。

そして、今日(2/29)安倍首相は、新型コロナウイルスによる肺炎の拡大を踏まえ、官邸で記者会見を行った。
官僚の書いた原稿をスピーチ プロンプターを使っての会見で、心がこもっていない。

「ここ1~2週間が急速な拡大に進むか、終息するかの瀬戸際です。」と言っているものの、なぜ全国一斉休校なのか、科学的な根拠がなく曖昧だ。

これまで、PCR検査が行き届いていなかったことに関しても、地方自治体や保健所の責任にして逃げている。

中身のない長い台本を芝居がかった口調で朗読した後は、記者からの質問だ。
あらかじめ指定された記者から提出された事前通告の質問のみで、これまたカンペを見ながらの応答で、いつものパターンだ。
この期に及んでも、緊張感の無さと問題意識の低さには驚く。

※スピーチプロンプター:原稿テキストを投影する演説用機材。
演説者は聴衆に目を向けながら、顔をしっかりとあげて、原稿を読むことができる。
もちろん、観客側からは、ミラーに映った原稿は見えない。

Asayake

あちら向きたる椿

葉にそむく椿の花やよそ心 (放鳥集) 芭蕉

貞亨元年(41歳頃)頃から死の元禄7年(51歳)までの間。 

 椿の花が咲いているが、その葉っぱは花とは一昨日の方角に向かって開いている。ひょっとするとあの葉っぱは花弁に反旗をひるがえしているのかな?
 コ斎の句「うらめしやあちら向きたる花つばき」という句があって、芭蕉はこの句を放棄したというのだが・・・

(「芭蕉発句全集」 参照)

(注)コ斎とは壺斎のこと。

Tsubaki

国会中継を見ていていつも気になるのが、大臣の‭迷走・珍走答弁だ。
あれは、理に背むくことにより、何ともよそよそしくなり、冷静な感情が保てなくって起こるのではないだろうか。

椿はどうだろうか。
葉に対して勝手によそを向いて咲いている。
花弁は葉っぱに反旗をひるがえしているのかも知れない。
それでも堂々としているではないか。

苦しい立場に立ってしまった時でも、客観的な目で見れば冷静な感情が保たれるはずだ。

2020年2月28日 (金)

休校要請を出すほど脅威なのか

新型コロナウイルスの感染者が世界各地で広がっている。
感染拡大阻止の対応が曖昧で違和感を感じる。

◆昨日(2/27)の夕方、安倍首相が3月2日から春休みに入るまで、全国の小中学校、高校や特別支援学校を臨時休校にするよう「要請」した。
地域によって事情も違うし、確とした根拠の説明もなく、混乱とリスクが増すケースを想定していない。
学校側も唐突な要請で混乱状態だと思う。
要請はただのお願いだから強制はしていない、ということなのだろうが・・・
社会生活に大きな影響のある対応を、法律に基づかない「要請」で行うというのは、法治国家としてはあり得ない。

英断という意見が多いが、私には「桜問題」隠し、「検察官の定年延長問題」隠しに見えてしまう。

◆スポーツクラブの一部プログラム中止。
私の通っているアクトスでは、明日《2020年2月29日(土)~2020年3月13日(金)》からスタジオレッスンとアクアレッスンが中止になるとのこと。
木曜日の定休日以外は、ほとんど毎日通っていたから、ちょっと一息つかせてくれる。

◆株価の大幅な値下がり
感染の広がりを懸念して、今日の日経株価は一次値下がり幅が1000円を超え、心理的な節目の 22,000 円を割る。
株式市場も新型肺炎に翻弄されている。

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2020年2月27日 (木)

連携プレー

昨日の衆院予算委員会国会審議中継を、一部テレビで、テレビ中継のない部分はインターネットでみていた。

枝野、玉木両氏をはじめとする野党の渾身の国会質疑は、見事だった。

それに対する、加藤厚生労働大臣、森法務大臣の答弁はお粗末だ。
特に森法務大臣の話にならない程の屁理屈答弁は、「法治」を否定し、時の権力者による「人治」を肯定し実行してしまう破廉恥ぶりだ。

◆新型コロナウイルスをめぐる政府の対応や危機管理の追及

枝野議員:厚生労働省に押し付けで、政府でやっている感覚が足りない。
政府全体の危機意識の欠如だ」
省庁間の人員面の連携や自治体への応援などが不十分だと激しく批判した

玉木議員:トップとして直接、国民と世界に語るべきではないか。
国家的危機を収束しようとする意思が見えない。
東京都でも400億円の補正予算案を組んでいるのに、政府の緊急対策が153億円でどうするのか・・・と。
検査体制の充実など、追加対策の必要性を訴えていた。

感染拡大を防ぐため、症状が軽い場合は自宅で療養を求めるなど、国民がとるべき行動などを盛り込んだ対策の「基本方針」が発表されたが、何もしないに等しい基本方針だ。
これでは、現状把握など到底できない。

◆黒川氏の定年延長問題

枝野議員:「定年を延長させ、検事総長に充てようとしているのは『桜を見る会』に対する捜査を防ごうとするものと疑われている」と批判した。

玉木議員:「後付けの解釈変更を疑われるような形でやることはあってはならない」

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野党が真剣に問題点を炙り出しても、与党側はまともに答えずに論点をすり替えて、はぐらかしてしまう。
TOPの安倍首相からしてそうだから、見ている方はあきれ返るばかりだ。
国会で、安倍首相や閣僚のやっていることと言ったら、官僚の書いた原稿を読み、野党の質疑が確信を突くと、その場しのぎの嘘を吐く。
結果、官僚たちが辻褄を合わせなければならない羽目になる。
こんなことが「 モリカケ」から続いているのだ。

テレビのワイドショーなどでは、安倍内閣擁護のコメンテーターが「追及しきれない野党がだらしない」とか言っているが、そういう人に限って国会を見ていないのだろう。

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2020年2月26日 (水)

犬の環境

私の子供の頃は、家の回りに近所の犬がうろうろしていた。
昔は、犬は放し飼いが殆どだった。
ノーリードで気の向くままに散歩して、夜になればちゃんと帰ってきたものだ。

「忠犬ハチ公」だって放し飼いだったからこそ、毎日渋谷駅前で主人を待ち続けることができたんだし、美談として私たちの心に感動をもたらしてくれたのだ。

季節が来れば、自由に相手を選んで交尾をしたりしていた。
それでも犬が増えて困った、という話は聞いたことがなかったような気がする。

犬同士にもルールがあって、仲間、序列が決まっていたのか、そんなに犬喧嘩を見たことはない。

年を取り、または病気になって死ぬ時も、飼い主の目の届かないところに死に場所を選ぶのか、知らぬ間に居なくなり、ひっそり姿を隠し、フェードアウトしていた。

死ぬところを飼い主に見られたくない、というような高尚な気持ちでなく、動けない姿を他の肉食獣に見つかると危険なので、本能的に動けなくなる前に姿を隠したのだろう。

それぞれの犬がそれぞれ意思を持って、自由に生きていたように思う。
それだけ野生の部分が残っていたわけだ。

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今はどうだろうか・・・。
放し飼いなんかにしたら、すぐに車に跳ねられてしまう。
すぐに悪徳飼い主として吊るし上げられる。

犬がペットとして飼われるようになり、その存在が人間の生活に近くなって来たことにより、犬の環境は変わってしまった。

確かに犬の寿命は近年飛躍的に延びたが、人間の都合で薬によって生かされているとしたら、本来は死ぬべき時なのに死ねないとしたら、ある意味可愛そうな気もする。

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2020年2月25日 (火)

徐々に反乱がおきている

検察官の定年延長問題で、凄いニュースが2点。

◆全国の法務・検察幹部が集まる「検察長官会同」で、静岡地検の神村昌通検事正が、定年延長問題を公然と批判する発言をした。
AERAdotより

「検察は不偏不党、公平でなければならない」と、堂々と定年延長を批判した神村昌通検事正に、森雅子法相はどう思ったか・・・。

 完全に安倍政権に飼いならされてきた検察にも、至極真っ当な検察官がいることが分かって、ホッとした。

◆森法務大臣答弁を根底から突き崩す決定打文書を、小西洋之参院議員が国立公文書館で発見。
毎日新聞より

内閣法制局がまとめた想定問答集で、総理府人事局が「勤務延長、検察官は除外」と明記した1980年の文書だ。
これにより、法解釈の変更手続きなしの安倍内閣による1月31日の閣議決定は完全にアウト。

何もかもが滅茶苦茶な安倍政権の独断を絶対に許してはならない。

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2020年2月24日 (月)

散歩コースを変えてみた

今朝は散歩コースを変えてみた。
犬は同じ散歩コースが好きらしく、いつもの方向へ行こうとリードを引っ張るが、私の方がいつも同じ景色では飽きが来るのだ。

私は犬の顔を眺めながら、強引にリードを引っ張って違うコースへと進む。
諦めた犬は、地面に鼻を近づけて、においをクンクンとかぎ回わる。

折角、散歩コースを変えたのだからスマホを取り出し、写真撮影。
「犬が西向きゃ尾は東」当たり前と言えば当たり前のことだが、犬が西を向けば、私は東を向いて犬を撮影。

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2020年2月23日 (日)

大幅にデフォルメして

幻に言い給うかな「いつまでも美しくあれ」そは誰のこと・・・。
年ふれば燻されていくのが自然の摂理だが、せめて心持だけでもロマンを求めていたいものだ。

群ようこの「無印もの」や水木洋子の「ふられもの」を枕元に置いて再読し、失恋の腹立ちをユーモアで売る口調に、自分もついついその気になってしまう。

俗情にかなう分をデフォルメして、笑いを釣りながら文章を書くのも好いだろう。

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1年前には、現実を大幅にデフォルメしてこんな文章を書いていた。
我ながら浅ましい思いがする。

ロマンがリアルに負けるとこうなる。
白髪が増える。
抜いても抜いても生えてくるから染めてみるが、生え際の白くなるのが早いこと。

目がかすんで、目の前に出された料理にも眼鏡が要る。

階段の上り下りは膝がガクガクで、エスカレーターやエレベーターを使う。

電車に乗れば、目指すはシルバーシート。

若者の歩幅に合わせて歩けば心臓が踊りだす。

老いの一つもない若者の言葉に負けじと粋がってみるのだが、小さな白いマシュマロが空中を飛んでいくような感じで、どうも頼りない。

メモ帳に記す言葉に、人生のたそがれどきのものが多くなる。
『さみしく候。くだらなく候。金がほしく候』(林芙美子「放浪記」)
『なほなほ涙に候。やがてやがて待ち申し候。ことさらに天気よく候。かなしく候。かなしく
候。かしく。』(千利休「遺言」)

もう下降一直線の人生なら、どう締めくくろうか・・・。

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2020年2月22日 (土)

なにもかも無茶苦茶

道徳的に悪いものは、すべて政治的には正しくない。 オーコンネル
(「格言の花束」 堀 英彦編 社会思想社発行)より

インタネット審議中継を見ていた。
中でも2月19日 (水)と2月20日 (木)予算委員会での立憲・小川淳也議員の鋭い質疑があまりに素晴らしいので是非見て欲しい。
衆議院インターネット審議中継→カレンダーで日付をクリック→予算委員会をクリック→質疑者(小川淳也)をクリックすればビデオライブラリが立ち上がる。

理不尽な要求に経営者は抵抗してほしい(評論家・佐高信)怯むなANAホテル!ウソと詭弁を終わらせろ!

ANAインターコンチネンタルホテルには、安倍首相に屈することなく毅然とした態度を貫いて欲しい。

◆黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題。
定年延長を可能とした法解釈変更に関する人事院との協議文書について、正式な決裁手続きを取らず、「口頭決裁」だったことが明らかになった。

それにしても、なにもかも無茶苦茶な安倍政権を未だ支持している人がいることが不思議でならない。

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2020年2月21日 (金)

最優先で取り組むべき課題

・政治屋は次の選挙のことを考え、政治家は次の世代のことをかんがえる。
     ジェイムス・フリィマン・クラーク

・投票は弾丸よりも強い。 リンカーン

(「格言の花束」 堀 英彦編 社会思想社発行)より


政治屋、いわゆる政党政治家は自分の利益ばかりを考えて行動するが、本当に国や国民のことを思う政治家は、先を見据えて政治を行う。
政府の新型コロナウイルス感染症対策本部の会合を三閣僚が公務以外の理由で欠席した。

◆森雅子法相は福島県での書道展に

◆萩生田光一文部科学相は東京都内での消防団関係者の叙勲祝賀会に

◆小泉進次郎環境相は神奈川県横須賀市での後援会の新年会に

代理で出席させたため、危機管理上は問題ないとの判断らしいが、国民の命や健康を守る意識が欠けている。
新型コロナウイルス対策よりも、自分の選挙区での政治活動を優先させたことは、感染拡大を深刻に受け止めていないと指摘されても仕方がない。

何を優先すべきか、政治家個々の判断能力に、政治家としての資質の一端が垣間見られる。

Suzume

2020年2月20日 (木)

あまりにも理不尽だ

鶯の笠落したる椿かな(真蹟色紙) 芭蕉

元禄3年2月6日。伊賀上野の西島百歳亭にて。

 鶯は古来梅の花を縫って笠に仕立てることになっている。百歳の家を訪れると鶯の声が聞こえ、庭には椿の花が咲き競っている。木の下には無数の椿の花が落ちていたにちがいない。この椿の花は、鶯が落とした笠なのであろう。梅を椿に置き換えたところが俳諧なのである
(「芭蕉発句全集」 参照)

鶯が嬉々として、椿の花から花へ飛び移って行く様子が伺える。
和歌などでは、梅の花が鶯の縫う笠だと詠まれてきたが、梅を椿に置き換えたところに制約にこだわらない俳諧的な滑稽さがある。

Tubaki

朝日新聞デジタル
学校法人森友学園(大阪市)の補助金不正事件で、国の補助金など計約1億7千万円をだまし取ったとする詐欺罪などに問われた学園前理事長の籠池泰典被告(67)と妻諄子(じゅんこ)被告(63)の判決公判が19日午前、大阪地裁で始まった。野口卓志裁判長は泰典被告に懲役5年、諄子被告に懲役3年執行猶予5年(いずれも求刑懲役7年)を言い渡した。諄子被告が大阪府と同市の補助金約1億2千万円を詐取したとされる起訴内容は無罪とした。

籠池さん自身、自分の非を認めてるが、はっきり言って森友問題の本質は籠池夫妻の詐欺事件ではない。
国と大阪府の事件だ。
国が国有地を不当な安値で売却し、大阪府が小学校の設置認可を出した。
その小学校の名誉校長が安倍昭恵首相夫人だったことに根源がある。
国有地の不当な売却、それを隠すため嘘の答弁を繰り返し、公文書まで改竄した事についての真相解明はされていない。

この件で改竄した当時の理財局長だった佐川宣寿は国税庁長官に出世した。
一方で不正行為を押しつけられた、近畿財務局職員が決裁文書改竄を強要されたというメモを残し自殺している。

総理のために改竄、隠ぺい工作をすれば出世、大栄転する。
楯突く人間は世間から抹殺される。

籠池夫妻を裁くなら安倍首相夫妻と、安倍夫妻を過忖度した官僚こそ裁かなければならない。
安倍夫妻の疑惑が晴れないまま、籠池夫妻のみ裁かれるのは、あまりにも理不尽だ。

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今朝の月齢は25。
夜明け(有明)の空に昇って来る月で、別名で「暁月ぎょうげつ」とも呼ばれている。
見た目の形は、半月よりもやや欠けた状態だ。
またもともと「有明月」とは、満月を過ぎた十六夜以降の月の総称。

2020年2月19日 (水)

どこまで落ちぶれるのか

「政治の浄化は七色の夢である。」 インガソル

「全ての政党は最後にはじぶんじしんの吐いた嘘を呑み下すために死んでしまう。」 ジョン・アーバスナット

(「格言の花束」 堀 英彦編 社会思想社発行)より

政治の浄化など、ただの夢物語だろうか。

毎日新聞の取材で、ANAホテル側は『「営業の秘密」と申し上げた事実はない』と回答、17日の予算委員会で総理が述べた発言を否定した。

「明細書は必ず発行」「宛名空欄はありえず」と言明しても、それは一般論で、個別の案件は営業の秘密であると逃げ切っていた総理だが、これで虚偽答弁がはっきりした。
ANAホテルもよくぞ否定したと思うが、その見識を自民党も正直に受け取るべきだ。

政治家は嘘つきであってはならない。
いや政治家である前に、人は嘘をついてはならない。

『首相側近は「なんで(ANAホテルは)回答を出したんだろう」と困惑し、自民党幹部の一人は「もうANAホテルを使うのはやめよう」。』と言っているようだ。(朝日新聞より)

この期に及んでも、ひたすら総理に媚びへつらうようでは、政治の浄化など有り得ない。
とにかく政権交代しかない。

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2020年2月18日 (火)

完全に破綻している

「本当のことを言うのは常に最善の政策だ。ただし諸君がうそつきの名人でないならば」
ジェローム
(「格言の花束」 堀 英彦編 社会思想社発行)より

政治に嘘やごまかし、隠し事は禁物だ。
何があったのか、何をするのか。
政府には常に説明責任がある。
真実を知らないと、国民は是非を判断できない。

昨日(17日)の衆議院予算委員会の中継を一部見ていた。
「桜を見る会」前夜祭問題で、安倍首相がついた決定的な嘘を示すホテル側の文書回答を辻元 清美議員に突きつけられたものの、またまた無用の反論を繰り返すばかりで、まるで壊れたレコードのようだ。

安倍首相自身に持ち上がっているのは、政治資金規正法や公職選挙法などの違法疑惑だ。
身の潔白を主張するのであれば、ホテル側に明細書を再発行してもらい、それらを国会に提出すれば良いだけの話だ。

いつまで意地を張るつもりか・・・桜を見る会問題に納得しない国民が多いのだから、国民を納得させる方向で努力すべきだ。
この期に及んでも、しらばっくれるのが日本の総理だと思うと情けない。

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2020年2月17日 (月)

私の中に詰まっているものは

ブログは、自分にとって知識脳&感性脳を養うための訓練のつもりで殆ど毎日更新してる。
それらを読みながら記憶の再確認をしているが、自然や周囲のものに対しての関心や深まりが、書き続けたことによって培われてきたと思う。

今の私の中に詰まっているものは、内臓や骨や筋肉や血液ばかりではない。
見たもの、聞いたこと、知ったこと、感動したことなどが詰まっている。

そうした自分の中に詰まっているものが深い記憶の連動として蘇ってくるのだ。
同時に今ある私の背後に、過去の自分の断片が紛れ込んでいることを発見する。

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2020年2月16日 (日)

罪と同様に失策を憎む

余は罪と同様に失策を憎む。分けても政治的失策は特に憎む。それは幾百万の人民を不幸のどん底に吟呻(ぎんしん)せしめるからである。  ゲーテ 
(「格言の花束」 堀 英彦編 社会思想社発行)より

新型コロナウイルス感染者が日本各地で確認され始めた。
それも、中国・湖北省への渡航歴のない人達だ。

政府は「中国人、中国渡航者を止める水際作戦」に力を注いできたが、国内感染を見据えての危機管理が緩々だったので、コロナウィルスがまき散らされ、今後 日本の感染者数が急増することが避けられないだろう。

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安倍政権がこの7年間やってきたのは、憲法と平和、暮らしと経済、民主主義と人権などあらゆる分野で、史上最悪の暴政の数々だ。

公文書を勝手に改竄したり、隠蔽、破棄する。
だから、野党がいくら追及しても「意味のない質問」だと、倫理観の欠片もない安倍総理の一言。

またかと、あきれるばかりだが、「桜を見る会」では、ジャパンライフに続いて、また別のマルチ商法の48ホールディングス社長も招待されていたことが発覚している。
その時の写真がマルチの勧誘で活躍していたというから、開いた口が塞がらない。

和泉洋人首相補佐官と厚労省の大坪寛子官房審議官の「税金ラブラブ旅行」問題も、公私混同甚だしい。

異例の定年延長問題でも、検察人事まで政治が介入し、法律の解釈変更するなど言語道断。

北村地方創生相の迷走答弁にもあきれるが、「普通の大臣として仕事ができるよう努める」には呆然とした。

ゲーテは、罪と同様に失策を憎むと言っている。
政治的失策は、国民への犯罪に相当するということだ。

国家的な失策を招きながら、政治家は罪をかぶることをしない。
これだけの悪事を犯しておきながら、その責任を国民に転嫁して、自分らは平然としてまだ議員の席に執着しているということを恥ずかしく思わないのか。

Sono1

 

2020年2月15日 (土)

深く考えるのは時間の無駄!

昨日はチョコレートの日ということで、「チョコレート数学」を再びです。
どうぞお試しあれ!なんとも不思議な結果が出ます。

①一週間で食べたいチョコレートの数を書いてください。(ただし、1個以上、10個以下にしてください。)
②①に2をかけてください。
③(日曜日用に)5を足してください。
④50をかけてください(計算機をつかってね)
⑤今年の誕生日が来ていたら1770を足してください。
  もし来てなかったら1769を足してください。
⑥そして、あなたの生まれた年(西暦)をひいてください。

さあ、その数字は3桁になっているはずです。
その3桁の最初の数字は、あなたが1週間に食べたいチョコレートの数ですね。
そして、つぎの下2桁は、あなたの年齢です!

ということで、取り敢えず私の場合でやってみる。

①食べたいチョコレートの数をAとする。(私の場合6個)
②それを2倍する 2A(2×6=12)
③それに5を加える 2A+5(12+5)
④更に50倍する  17×50 (17×50=850)
 あるいは食べたい元の数を100倍して250をプラスしても良い(私の場合は6×100にプラス250)
⑤④に1770、あるいは1769を加える。
  私の場合は誕生日が過ぎているから(850+1770=2620)
⑥⑤から、生まれた西暦年号を引く(2620-1943=677)

食べたい数は6個で、年齢は77。

なぜ、1770か?
これは誕生を越えた時点の西暦年数から250を引いたもの。
2020-250=1770になりる。

トリックの解明についてなど、深く考えるのは時間の無駄!単準に楽しめば良い。

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2020年2月14日 (金)

わずかな一言ではあるものの、確かな言葉

書棚から、「人生語録」多久弘一著『新・人生語録』(鶴書房)を取り出してペラペラとめくっていた。
私のお気に入りのジョン・パウル(ドイツ浪漫派の先駆をなす詩人・作家)の名言の項を繰り返して読む。

・人生は一冊の書物によく似ている。愚かな者はそれをパラパラとめくっているが、賢い者はそれを念入りに読む。なぜなら彼は、ただ一度しかそれを読めないことを、知っているからだ。

(私感)私自身、好みの本は念入りに繰り返して読むものの、これまでの人生はと言えば「パラパラとめくる人生」の代表のようなもので、自分勝手に、思うがままに生きてきた気がする。

・大文字ばかりで印刷された書物は読みにくい。日曜日ばかりの人生もそれと同じだ。

(私感)サンデー毎日と言っても良い日々で、有り余る時間のせいで内容の無い毎日にならないよう心掛けている。
林修先生の「いつやるか?今でしょ!」の決めフレーズを思い出しては、この一瞬でしかない人生を肝に銘じている。

・人生は、息をひきとる前の、ながいながい、ひとつの吐息である。
       
(私感)
死は長い且つ短い人生の終点だから、穏やかにフェードアウトしていこう。 

人生の黄昏時にかかった私に、ジョン・パウルのこれらの名言は、わずかな一言ではあるものの、血の通った確かな言葉である。

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2020年2月13日 (木)

新型コロナよりも怖い?

私の好きな言葉に「羽毛のように軽いのではなく、鳥のように軽くなければいけない」というのがある。

フランスの詩人ポール・ヴァレリィの言葉だ。

羽毛のように、わずかな風で吹けば飛ぶような軽さではなく、自らの翼を懸命の力をふりしぼって動かすことによって、空中に軽く浮かぶ、そういう軽さがいいのである。

空中に浮く鳥達の姿が、軽く私の心にタッチして、軽く自然と私を結び付けてくれる。

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そんな鳥たちも、時として「ワル」のレッテルを貼られるようだ。

中国からの新型コロナウイルス感染症が蔓延しているが、世界も日本も警戒すべきはコロナウイルスだけではない。
今度は感染者の致死率が非常に高い鳥インフルエンザ(H5N8、H6N6、H5N1が確認されている)が複数国で発生し、大流行しているようだ。

以下は「Investment Watch」より要約

・サウジアラビアでは人から人への感染率が非常に高い鳥インフルエンザ(H5N8)が大流行で、OIE(国際獣疫事務局)が警告している。
サウジアラビア農業省の発表では、すでに22,000羽以上の鳥が死に、385,000羽以上の鳥も予防措置のために屠殺。(2020年2月4日現在)
World News

・ベトナムでも、鳥インフルエンザの発生に関する同様の報告があるが、そこでは別の高病原性ウイルス株H5N6で、北部の村で2,200羽の鳥が死んでいる。

・武漢市を発生源とする新型コロナウイルスにすでに感染している中国では、湖南省中央部で致命的なH5N1鳥インフルエンザウイルスの発生が検出された。

H5N1は致命的なウイルスであり、人が感染すると60%近くが死亡。
一方、チャイナ・コロナウイルスの致死率は2%と言われている。

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2020年2月12日 (水)

月見草がよく似合ふ

野村克也監督の突然の訃報が入った。
京丹後市出身の八十四歳。
死因は虚血性心不全ということだ。

報道によると11日未明、「家政婦が浴槽のなかでぐったりしている野村さんを発見し、119番通報。病院に搬送されるも、その後死亡が確認された。」(ANNニュースより)

その悲しみの波紋は、野球界に留まることがない。
昨日、今日のテレビ報道で関係者の追悼のコメントを聞けば聞くほどに、その偉大さを改めて知る。

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私は野球のことは詳しく知らないが、サッチーの愛称で親しまれ、2017年12月に亡くなった沙知代夫人の尻に敷かれている印象の野村監督が好きだった。
あえて言うなら、飾り気のないところ、嘘のないところが好きだった。

元巨人の長嶋茂雄さんや王貞治さんと比較して「王や長嶋がヒマワリなら、オレはひっそりと日本海に咲く月見草」と発言したというが、長嶋さんや王さんの陰に隠れた自らの存在を素直に表現した名言だ。

王さんや長嶋さんが国民栄誉賞を受賞しているのに、野村監督にはそれがない。
野球を越えて、人格者・代表的日本人になっている王さんなどは、或る意味世渡り上手なのだろう。

お世辞も言えず、忖度もできず、人に合わせることもせず、名声や地位を求めない野村監督は、所詮「月見草」なのだ。

「野球はアタマでするものだ」「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」「無形の力」「野村引く野球イコールゼロ」。
監督の名言は数々あるが、自分の現状をそのまま表現しただけの言葉に、嘘のない一途な生き方が顕れている。

評価の良し悪しは人さまざまであろうが、彼の類まれなる統率力、庶民性、愛嬌、そして今ひとつ彼の中に備わっている生まれながらのペーソス・・・これはまさに日本人の底辺の感情であるがゆえに、揺るぐことのない安定度があり、長きにわたり多くの人に慕われてきた所以だ。

今、私は「天に軌道があるごとく、人それぞれ運命てえものがあります」と言った寅さんを思い出す。

そして、渥美清さんの死が妙にオーバーラップする。

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新型の陰で

中国の新型コロナウイルスは大きな広がりとなり、国境封鎖に乗り出した国も出ている。
CNNによる最新の情報は次のようである。

湖北省での死者は10日時点で計974人に達した。中国本土で少なくとも1011人、香港とフィリピンの各1人を合わせると世界で計1013人が死亡したことになる。

湖北省では同日、新たに2097人の感染が確認され、これまでの患者数は計1万1728人となった。入院した患者は2万5000人以上。2000人余りがすでに回復して退院したが、1298人が重体とされる。

その一方で、アメリカでは新型肺炎よりも問題となっているウイルスがある。
全米で1500万人が感染し、今シーズンだけで8200人以上の死者を出したインフルエンザのウイルスだ。

インフルエンザは今も猛威を振るっており、感染者数はさらに増える見通しのようだ。
新型コロナウイルス の陰で、あまり報道されていないインフルエンザの大流行は見逃せない。

インフルエンザは季節が来れば毎年のように流行するものだし、それなりの薬もあるからと軽視されがちだ。
しかし、実際にはインフルエンザウイルスも常に変異を重ねており、危険なウイルスなのだ。

外務省「海外安全ホームページ

「海外安全ホームページ/スポット情報詳細」『米国におけるインフルエンザの流行』では注意喚起を促している。

Nara2

2020年2月11日 (火)

格の差

昨日はNHKの国会審議テレビ中継が無かったので、衆議院インターネット審議中継を見ていた。
またまた、北村地方創生大臣の不安定な答弁で、野党議員が反発して途中散会する事態を招いた。
7日の審議に続いての迷答弁連発で、大臣としての資質にさらなる疑問を残した。

やはり、閣僚にはふさわしくない。

一方で、黒川検事長定年延長問題で質問に立った立憲民主党の山尾志桜里衆院議員は良かった。

山尾議員は、定年延長は国家公務員法の特例規定に関する過去の国会答弁と矛盾するとして、違法だと指摘した。
これに対して森雅子法務大臣は、適法だと反論した。

昭和56年国家公務員定年制導入論議で、政府委員は「検察官は今回の定年制は適用されない」とする議事録を森法務大臣は知らなかったようだ。

この「法曹女子」の対決は、格の差を見せつけられたが、間違いなく山尾議員に軍配が上がった。

Kbe

2020年2月10日 (月)

今朝の散歩は十五夜の残月の下

今日は月齢16.2(正午)で立待月 。
日没後、立って待っているうちに月が昇るから雲がなければ、月と付き合いたいものだ。

今朝の散歩では、有明の月(十五夜の残月)がかかっていた。
有明の月は、満月(十五夜)のあと、二十六夜から二十七夜の月に対して使っているが、本来は十五夜以降の月の総称だから、今朝の残月も広い意味で有明の月と称して良いだろう。

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散歩コースにあるトンネル、上にはJRが通っている。
我が家の飼い犬は、以前はこのトンネルを嫌っていた。
足音が両壁に反射して、その音に気味悪がっていたのだろう。

慣れというものは恐ろしいもので、最初は違和感のあったものでも、毎日同じことを繰り返しているうちに自然に受けられるようになってしまう。
最近では、ここがお気に入りになってしまった。

車やバイクが通らないし、小学生の通学道路になっている。
交通事情を考えると、ここが一番安全なコースなのだ。

両壁面に小学生の描いた絵があるが、これを眺めているのか・・・絵の前をあっちこっち歩き
回って、時には立ち止まり、一介の美術愛好家といった風情だ。

Mural

Coco1

 

2020年2月 9日 (日)

桜珍答弁

さまざまのこと思ひ出す桜かな 芭蕉 (笈の小文)

貞享五(元禄元)年(16889作。今を盛りに咲いている桜。
この花をみると過ぎ去ったことが次々と脳裏に浮かんでくる、の意。
(尾形 仂【編】芭蕉ハンドバック【芭蕉全発句一覧】参照)

Odzuyasujir

北村地方創生相の珍答弁が続いている。
7日の衆議院予算委員会でも、「桜を見る会」の公文書管理をめぐって北村大臣が答弁できずに立往生。
委員会は散会、週明けに持ち越された。

北村大臣は73歳ということだが、若いときのような瞬発的な判断力もなくなっているのは当然だろう。
そのうえの勉強不足で、不安ばかりが募ってしまい、頭が真っ白状態だったに違いない。

人によって差はあると思うが、年と共に頭に入りづらくなり、覚えた事はすぐに忘れる。
これは、大臣より4つ上の私が実感していることだ。

事前のレクチャーはあったはずだが、質問の意味も分からなくなってしまったようだ。
それにしても、事務方やスタッフが付いていなかったのが不思議だ。
野党が拒否していたのか・・・見ていて「集団いじめ」のような気がして居たたまれなかった。

この「桜を見る会」の公文書問題も、元はと言えば安倍総理の権力の私物化と嘘から始まっている。

野党がどう攻めようが、嘘やはぐらかしで言い逃れる総理より、北村大臣の方が私には好感が持てる。(大臣としての資質は別として)

新型コロナウイルスの感染拡大で「桜を見る会」問題も影が薄くなって、政府与党はこのまま幕引きの構えだが、思惑通りにはいかせない。

「さまざまのこと思ひ出す桜かな」 芭蕉

Sky

2020年2月 8日 (土)

眠れぬ夜の五題

以前に書いた眠れぬ夜のものばかりをまとめてみた。

Shizuku

(眠れぬ夜の子守唄)

ぼんやりとした意志が働いて
この半覚醒状態の時に夢を見た。

夢の中で、私は誰かと電話で話している。
相手が誰か……およそ見当もつかないのだが、声だけ生々しく聞こえてくる。

ねんねん ころりよ おころりよ……眠れ!眠れ!眠れ!
ねんねん ころりよ おころりよ……盲目のごとく眠れ!

自分としては、まだ眠っていないという意識があるので、早く眠りにつこうと意識を集中させるのだが……
ねんねん ころりよ おころりよと電話の主の言う声が、頭についてはなれない。

(奇妙な気分)

奇妙な気分
眠りが浅いのか・・・
眠らなくちゃという意識があって
一方で夢を見ている。
眠っていないのに
意識の中にモノクロの画像が展開していく。
なんとも奇妙な気分だ。

(マリオネット)

昼間の空は退屈
あまりにも自然すぎるから
飽きがくる
夜の天井が良い
木目の間から
マリオネットが踊りだす
糸と糸がもつれ合って
収拾がつかない・・・
私は、それを丁寧にほぐしていく

(不寝番)

思索に沈潜して、頭をたれるように
夜の中に沈潜して目を醒ましている。
―どうして眠らないのか?
―不寝番なんだよ。

(携帯電話のアンテナが抜け落ちた)

過敏になった神経が、シーツのシワさえ気にする。
起きあがり、かけ蒲団を剥がしシーツを敷きなおす。
再び、布団にもぐりこんで眠ろうとしたけれども、やはり眠りに落ちない。
ベッドサイドのテーブルに手を伸ばし、積み上げた本を暫らく開いていた。

異常な神経と感情が、手にした本の疑問箇所を通過して前に進むことを許さない。
「ああ~、これについての詳しい事は、あの本に載っているはずだ・・・」
思いついた途端、起き上がって本棚を探し回る。

探し当てた本を持ち込み、再びベッドに入るもののページを括るのが面倒になってきた。

少し頭を休めてよく寝る工夫でもしなくっちゃいけないと、明かりを消し、目を閉じてしばしの休息。
このまま寝付かれるものならと、柵を飛び越えるヒツジの数を数えてみる。

「ヒツジが一匹、ヒツジが二匹、ヒツジが三匹・・・」

幾つまで数えたのか記憶にない。
気が付いたのは、「もしもし・・・」という自分の発する声。

・・・夢の中で携帯電話のアンテナが抜け落ちた。

Oasisu_20200208000201

2020年2月 7日 (金)

ボンヤリ小休止

スポーツクラブに行っていても、大抵はスタジオとプールのレッスンだけだったが、今年になってランニングマシーンでのウォーキングをしている。
クラブの定休日(木)以外は、ほとんど毎日欠かさずやっていた。
その日によってだが、時間にしては10分~30分程度のこでしかないのに、ここに来て疲れが出てきた。

起きたての身体がぐったり。
疲労感に悩まされ、何もする気が湧いてこない思考停止状態だ。
時々、足の痺れを感じ、挙句の果て痙攣を起こして親指と人差し指の間が異様に離れた状態になる。

体が休息を要求しているのだろう。
こういう日は、一日ボンヤリするが良い。

片手にコーヒーカップを持ちながら新聞を広げる。

Resutoran

三千人以上が乗船する豪華クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の検査で新たに十人の陽性を確認したという。
乗客は今後、少なくとも19日までの14日間、客室内で「監禁地獄」を余儀なくされるわけだ。

別のクルーズ船「ウエステルダム」内でも新型コロナウイルスによる肺炎発症が確認されたため、乗船外国人の入国拒否 とか・・・。
特効薬がないし、呪文を唱えるしかないのか。

遠くの空から飛行機の爆音が聞こえて来る。
もしかしたらリチャード・バックが、横浜港に浮かぶクルーズ船を空の上をから見守っているのかもしれない。
航空機の魅力にとりつかれた男の言葉が思い出される。

「三歩先を見る能力を常に活用せよ、さもなくば、常に三歩後を歩むことになる(『イリュージョン』リチャード・バック作/村上龍訳/集英社)の中にある「救世主入門」の一説。
この一説は安倍さんに捧げたいほどだ。

Hituji

2020年2月 5日 (水)

老いは平等にやってくる?

梓みちよさんが亡くなっていた。
1月29日に東京都内の自宅を訪ねたマネジャーによって発見された。
心不全による急死ということだ。
1943年6月生まれの76歳。
あまりにもあっけない最後と思えなくはないが、一人暮らしだったようだから致し方ない。

Broom

大ヒット曲「こんにちは赤ちゃん」や「二人でお酒を」はともかく、私が親近感を持っていたのは、梓さんとは丁度同い年生まれだからである。

同年代の有名人、著名人の訃報記事を見るたびに他人事のように思えない。
人生、老いは平等にやってくる・・・そんなことを思う日がある。

一方で、80を過ぎても元気で若々しい老人がいる。
三浦雄一郎さん、黒柳徹子さん、草笛光子さん、芳村真理さん、美輪 明宏さん、北島 三郎さん、挙げればキリがない。

特に近頃の日本の老人たちは「老人」と呼ぶのも憚られるほど元気で若々しい。
いったい彼らと私との違いはどこにあるのだろうかと、その不平等さにチョッと機嫌が悪くなる。

Kamo_20200205014901

良寛は「死ぬ時節には死ねばよく候」
勝海舟の最後の言葉は「コレデオシマイ」
山田風太郎は「死こそ最大の滑稽」
川島雄三は「サヨナラだけが人生だ」

それぞれが、死について残した言葉だ。
老いを全てのみ込んだ名言と言える。

2020年2月 4日 (火)

草も木も人も鳥も、春が来た

春立つや新年ふるき米五升 芭蕉(真蹟短冊)

亨元年、41歳。この年は、立春が12月22日に来ているから、本当は天和2年暮ということになる。

芭蕉庵には米櫃の瓢<ひさご>があった。名づけて「四山の瓢」である。この命名は素堂による。この米櫃、実は米が5升しか入らなかった。よって、瓢にいっぱいの米を持ち越して年を越えたというのである
(「芭蕉発句全集」 参照)

Yoake

昨日の豆まきから開けて、今日は立春だ。
東の空が白んで新しい一日がはじまるように、草も木も人も鳥も、春が来たことを知る。

つけっぱなしのテレビを何気なく見ていたら、東海テレビのスイッチという番組で、兵動大樹が名古屋の城山八幡宮を取材中にもらった御朱印、「立春大吉」について紹介していた。

「立春大吉」の文字は全て左右対称に配置されており、縁起の良い守護符とのことだ。

これを玄関に外へ向けて貼ると、鬼が入ってきても、この御札の四文字が裏から見ても左右対称なので、まだ家の中に入っていないと勘違いして出て行ってしまうという。

立春に1年間の平穏と無病息災を願い、厄除けの意味をこめて玄関に貼ると良いらしい。

Yoake2

2020年2月 3日 (月)

「羅馬に似寄つた風俗があった」そうな

「福は内、鬼は外」
今日は節分、豆まきの日だ。

最近では、豆まきと並んで、恵方巻きをその年の恵方に向いて丸かぶりすると縁起が良いと言われて、スーパーやデパートでは「恵方巻き」商戦が繰り広げられている。

今年の恵方は「西南西」ということだが、「西南西」がどっちかわからない人のために便利なアプリ「恵方マピオン」がある。

Sagi2 

節分とは「季節を分ける」という意味で、江戸時代以降は 立春を年の始まりと考え、その前の日を一年の締めくくりとしていたそうだ。

昔は、季節の分かれ目、特に年の分かれ目には邪気が入りやすいと考えられて、豆まきも邪気祓い行事とされていた。
そこに商戦たくましく「恵方巻き」が登場した。

「恵方巻」という名称は、1989年にセブン-イレブン舟入店(広島市中区)の野田靜眞が「大阪には節分に太巻き寿司を食べる風習がある」と聴いて仕掛けたことにより、1998年から全国へ広がり、2000年代以降に急速に広まった。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用

森鴎外の作品に「追儺(ついな)」というのがある。
そこに描かれているのは、築地の高級料理店に招待された主人公が、そこで、小さい萎びた女将の『福は内、鬼は外』という豆まきを見るだけの話だが、作品のタイトル「追儺」は、今でいう節分のこと。

中国の風習が文武天皇の時代に日本に伝わったもので、今では各地の社寺や民間には節分の行事として伝わり、豆まきをする。

「追儺」は節分の元祖ともいえる行事の名称で、追儺が存在していなければ、そもそも節分自体も存在しなかったことになる。

鬼を追い払って、新しい春を迎えよう!
「福は内、鬼は外」

Sagi

2020年2月 2日 (日)

慣れが能力を変える

2月に入った。陰暦で言えば如月(きさらぎ)。
この月は年間でも一番寒い時期で、衣類をさらに重ねて着るという意味で「衣更着(きさらぎ」が語源と言われている。

実際、昨日からの寒さは、ことのほか厳しい。

Rap

犬の散歩には1枚余計に着込んでいったが、それでも寒さが皮膚を刺すように感じられる。
手は手袋をしていても氷のように冷たい。
顔はマスクを着ければ、さほど冷たさを感じない。

自分の防寒には気を遣うものの、飼い犬にはいつも通り適当に1枚を着せているだけだが、寒いとも言わず朝の冷気を喜んでいるかのようにピョンピョン飛び上がっている。

エセ―の著者ミシェル・ド・モンテーニュは、かつて新大陸の原住民の顔について次のように書いたことがある。『わが国の乞食が真冬にもシャツ1枚でいるのに、耳まで貂(てん)の毛皮にくるまっているひとと同じように元気なのを見て、誰か或るひとが、乞食のひとりに、どうしてそんな我慢ができるのかたずねたところ、乞食は答えた。《旦那さまだって、顔はむきだしだ。私は全身が顔なのだ。》(松浪信三郎訳)
「まなざしの記憶」 (角川ソフィア文庫 著者: 植田正治、 鷲田清一)より

散歩コースに中学校がある。
早朝の部活に参加する女子生徒に会うが、スカートに生足で歩いている姿はいかにも寒そうだ。
そんなときにこの言葉がよぎる。

人間も犬も習慣の動物であるし、慣れてしまえばなんでもないのだろうけれども、しかし、私にはそう容易に慣れられるものではない。

Kiku

2020年2月 1日 (土)

名古屋の風物詩

名古屋の今の時期の風物詩と言ったら、JR名古屋高島屋開催の「アムール・デュ・ショコラ」に並ぶ人の列。
この催しの凄いところは、国内外から約150ものブランド約2500種類の商品が勢ぞろいすることだ。

この中には、名古屋しか買えない限定品もあるわけで、1月から整理券をゲットしておく人も多い。
毎日のブランド売上ランキングが発表されているが、ランキングを上げるため、各シェフが連日会場に来場されてもいる。

昨日、早々にチョコレートが送られてきた。
外の包装を開けて、ゆっくり箱の蓋をとるとビックリ!
9個のショコラが、一二三というかけ声ともに一気に踊り出した。

Photo_20200201155401

思わず溜め息が出てしまった。
「ミッシェル・ブラン」のショコラのアソート9個入りだ。

Package

 勿論、「アムール・デュ・ショコラ」にも出店しているブランドで、1月17日~1/31までの通算ランキングが12位となっているから凄い代物だ。

一粒を口に運んだ。
香りと苦みの中の甘さは、大人の舌を刺激するロマンチックな味とでも表現しておこうか・・・。

この「ミッシェルブラン」は、フランス・パリ生まれで世界中から高い評価を受けているにもかかわらず、日本では名古屋の浄心と、JR名古屋高島屋の2店舗しかない。

なぜ名古屋だけなのか、ググったら次のような謂れがあった。
「東京などからも出店の声はかかったのですが…ミッシェルブラン氏は、都会でありながら中心部から離れると落ち着く街並み、雰囲気の名古屋を故郷に重ねて非常に気に入っているそうです」

バレンタインなんって悪い冗談だ、と思っていたが、上質なチョコレートは優雅な時間を楽しめる。

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