2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2020年1月18日 (土)

書くに事欠いて脱糞

木の葉ふるふる野糞する
落葉ふみわけほどよい野糞で

上の二句は共に種田山頭火の句である。

句作をしながら旅に暮らした山頭火らしく、旅の情景が思い浮ぶ。

Sirakawa

便の種類にも硬便、軟便があって、誰でもがそのどちらを定期的に排泄するわけで、これを汚いものと拒否しては生きていけないわけで、人間生活必定の最低辺なりとでも言っておこうか・・・。

脱糞することによって健康が維持でき、ピカピカの肌が出てくるなら、これは結構なことである。

夏目漱石の『草枕』(一)のなかに、「芭蕉(ばしょう)と云う男は枕元(まくらもと)へ馬が尿(いばり)するのをさえ雅(が)な事と見立てて発句ほっくにした。余もこれから逢う人物を――百姓も、町人も、村役場の書記も、爺じいさんも婆ばあさんも――ことごとく大自然の点景として描き出されたものと仮定して取こなして見よう。」

とあるように、見よう次第でどうにでも見立てが付く。

オードリー・ヘップバーンはティファニーで朝食をだった。
私は、薄汚いキッチンで朝食を・・・お後はラバトリーで脱糞を。

トイレはラバトリーに雪隠、厠、西浄(不浄、改め)など呼び名が春の花のように美しいではないか。
この呼び名の如く、脱糞する私の心も豊かになる。

さしずめ今日の私は、そこに花一輪を飾って春を愛でる。

Dentuba

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