2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2020年1月 1日 (水)

目覚めてみれば周囲は明るい

二日にもぬかりはせじな花の春  芭蕉

久々の故郷伊賀上野で迎える年越し。
臍の緒に感動したり、甥や姪たちの話にうち興じたかもしれない。
世を捨てた旅ではあったが、郷里の暖かさに触れてみると緊張も緩んでしまう。
忘年のために旧友達がやってきて呑みすぎた朝寝坊の元日の朝。
貞亨5年元旦の句。

この句の、「二日にも」には解釈が二通りある。
「二日といえども」の意と、「二日もまた」の意である。
『三冊子』では、「この手爾葉<には>は「二日には」といふを、「にも」とはしたるなり。
「には」といひては余り平目に当りて、聞きなくいやしとなり。」として、土芳は後者を支持している。
芭蕉DB「芭蕉発句全集」参照)

「笈の小文」の旅の途中の記に
「旧里(ふるさと)や臍(へそ)の緒に泣くとしの暮」

宵のとし、空の名残惜しまむと、酒のみ夜ふかかして、元日寝わすれたれば、
 「二日にもぬかりはせじな花の春」
とある。

伊賀の生家に立ち寄って「旧里や臍の緒に泣く としの暮」と詠い、故郷の大晦日で周りの‎人々の温かさに気も緩み、ついつい呑み過ぎてしまったようだ。

目覚めてみれば周囲は明るい。
元旦を迎え損ねたが、明日は寝坊しないぞ、と決意している。
Nishiizu

幾霜に心ばせをの松飾り 芭蕉

あけましておめでとうございます

いく度もの霜にあっても芭蕉庵の春は、緑の色を変えぬ松(庭の芭蕉)
その気概に心を寄せ、年頭に当たっての芭蕉の意気込み感じる句だ

私も、この句にあやかって、松の気骨ある心の働きを見習い、気持ちを引き締めきびしくこの年を送りたい

本年も、どうぞよろしくお願いいたします

Oseti

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