2011年4月23日24日の気仙沼

  • Img_3342_1
    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

« 年忘れ、出てみれば案外楽しいかも | トップページ | 年の暮れ »

2019年12月27日 (金)

師走のせわしない中へ何を好んで出かけるのか

「何にこの 師走の市に 行く烏」  松尾芭蕉(花摘)
芭蕉46歳、元禄2年(1689)の暮の作。

賑やかな師走の街に心惹かれる自分自身を諌めた句と言われているが、省略されている部分が多いので読む人の自由な解釈で補って鑑賞すれば良いのではないか、と思う。

からすが師走で賑わっている街中に行こうとしている。このカラス何のために人ごみめがけて出かけていくのだろうか。擬人化しやすいカラスに仮託しながら作者自身の世俗行事への参加の意思が裏に働いているようでもあり、単純でない心理が内包されている。

(芭蕉DB「芭蕉発句全集」参照)

なんでまあ、人でごった返す師走の市へ飛んで行こうとするのだろう、この烏はの意。
(中略)
ともすれば興隆の気運に沸き立つ京俳壇の動きに引かれがちな自己内心の「烏」のような黒々とした影に向けて、厳しい自戒の矢を放った句。 

(尾形 仂【編】芭蕉ハンドバック【芭蕉全発句一覧】 参照)

烏を詠んでいるようにみえて、芭蕉はここで自分を烏になぞらえているわけだ。
俗世間から離れて、俳諧の道を究めようと奥の細道の旅に出たものの、長い行程を終えた後の師走は、あわただしく動く賑やかな街で、そこに心惹かれる芭蕉自身の心理をカラスに事寄せながら自問している。

芭蕉の時代も12月は賑やかだったようで、そんな世俗的な誘惑に心動く芭蕉の気持ちを垣間見る気がする。

芭蕉が師走の街に足を運んだかどうか・・・?

案外、やっぱり賑やかなところが「好き」と言いながら、軽々と街に出ていき「かるみ」の境地で時の流れを楽しんだのではないだろうか。

Kako_20191227225501

« 年忘れ、出てみれば案外楽しいかも | トップページ | 年の暮れ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 年忘れ、出てみれば案外楽しいかも | トップページ | 年の暮れ »

月齢

今日の天気

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

日々散語記事検索

無料ブログはココログ