2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年12月13日 (金)

正月になると「春の海」の琴の音が流れる

犬の散歩コースを一応は決めているが、寒くなってきたので犬の行く方へだまってついて行くことにしている。

この頃では、ちょっと高台にある「盲目の筝曲家・楽聖宮城道雄供養塔」に行くことが多い。
早朝の外気は冷え込んでいるので、陽光がまぶしく雀がチュチュチュと鳴いているのに誘われるのだろう。

Miyagi Jilyumoku_20191213105601

Gakusei

宮城道雄は関西方面への演奏旅行のため、夜行列車に乗車中に列車から転落して亡くなっている。( 昭和31年6月25日未明のこと)
なんでも一人でトイレに行こうとして誤ってデッキから転落したらしい。

転落場所は刈谷駅から東(豊橋方面)に向かって500メートルほど、私の家からは西に400メートルほどのところに位置する。

正月になると宮城道雄作曲の「春の海」の琴の音がテレビやラジオで流れるが、筝曲家としてだけではなく随筆家としても著名で、作家の内田百間とは親友同士だったという。

自分の周りの細かなことを書いているにすぎないが、心に響く名文だ。
青空文庫より、以下転載。

心の調べ
宮城道雄

 どんな美しい人にお会いしても、私はその姿を見ることはできませんが、その方の性格はよく知ることができます。美しい心根の方の心の調べは、そのまま声に美しくひびいてくるからです。声のよしあしではありません、雰囲気と申しますか、声の感じですね。
 箏の音色も同じことで、弾ずる人の性格ははっきりとそのまま糸の調べに生きてまいります。心のあり方こそ大切と思います。七歳の年までに私を慰めてくれた月や花、鳥などが、私の見た形ある最後のものでした。それが今でも、美しく大切に心にしまってありますが、その二年後に箏を習い始めてから今日まで、私は明けても暮れても自分の心を磨き、わざを高めることにすべてを向けてまいりました。生活そのものが芸でなければならない、という信念で生きてまいりました。私のきた道――芸に生きてきたことを幸福と思いますし、また身体が不自由であったために、芸一筋に生きられたと感謝しております。
 と申しても、私にはやっぱり眼が必要でした。私の眼は家内でした。貧乏がひどかったので、質屋にもずいぶん通ったり、いろいろな苦労をかけましたが、三十年の月日を通じて、生活の面で私はずっと家内におぶさりっきりです。家内は若い時分はよく箏をひきましたが、いつの頃からかすっかりやめて、私の眼となることだけに生きるようになりました。そして、私の仕事に対する、なかなかの大批評家になりました。母心の適切な批評をしてくれます。他の人と外へ出かけたときでも、何か遠くから家内が見守ってくれていることを私は感じます。それだけで、私は安心して仕事ができます。手をとってくれる年月が永くなるにつれて、母という感じが家内に加わって、私は頼りきって修業をつづけております。

研ぎ澄まされた感覚で音だけが心の調べとして迫ってくる見事な文章だ。

 

 

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