2011年4月23日24日の気仙沼

  • Img_3342_1
    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

« 歩み続けて止まることはない旅そのもの | トップページ | 街中で飛び交った新語流行語 »

2019年12月 2日 (月)

事実に基づくことを書くにしても

昨日はモンテーニュの『随想集』の中から「ラ・ポエシ」の中の一遍の詩を取り上げた。
そのモンテーニュは『随想集』の巻頭で、

「ここにあるものは、もっぱら私の持って生まれた能力の試しに他ならない」と書いている。

知識や体験のひけらかしではなく、事実に沿う事柄の羅列でもなく、あるものや事や体験に即して考え、己の生に深く触れた時、それをエッセイと呼べばいいのだという。

どちらも事実に基づくことを書くにしても、日記とエッセイとは違う。
朝日カルチャーセンターで物書きの勉強をしていた時、故 清水信先生には「どちらも自由な形式で書けばよいが、日記は読み手を意識せずに毎日の出来事や感想などを記録する。エッセイは人に公開することを前提として書く。」と教わった。

ところで私のブログだが、他人の目に触れるという前提だからエッセイのつもりで書いている。
したがって、ついつい肩に力が入ってしまう。

文章の語尾を「である」調で統一していることもあって、時々は「男性」と勘違されるが、肩に力が入った表現だかだろうか・・・。

肩の力を抜いてリラックスした姿勢と、緊張した精神は相容れぬみたいだが、エッセイを書く時にはその両方が必要なのだろう。

Kuri

« 歩み続けて止まることはない旅そのもの | トップページ | 街中で飛び交った新語流行語 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 歩み続けて止まることはない旅そのもの | トップページ | 街中で飛び交った新語流行語 »

月齢

今日の天気

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

日々散語記事検索

無料ブログはココログ