2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年12月18日 (水)

人間の脳の中にあるイメージ

小説教室に通っていたころ、書くテーマが見つからず頭痛のタネになっていた。

日常の実生活の中から得るインスピレーションは乏しいが、もしかして、夢が創作のインスピレーションを与えてくれるかも知れないと思いついた。

夢から題材を選ぼうとしたが、なんせ、私が睡眠中に見る夢は覚醒しているときにはおよそ考えもつかないような荒唐無稽なものが多い。

荒唐無稽な夢を見る脳内では、どの様な作業が行われているのか・・・そんなことも知りたくって脳科学に興味を持った。
ほんの少しだが関連本を読んでいた時期がある。

そんな時、本のタイトルに惹かれて購入したのが V・S・ラマチャンドラン (著), サンドラ・ブレイクスリー (著), 山下 篤子 (翻訳)の「脳のなかの幽霊」だ。
脳科学というか神経科学を扱う本で、専門用語も出てくるし難解なところがあって飛ばし飛ばし読んで終わっていた。

再び、これを読みだしているが、やっぱりこの本は神経科学の一定の知識が無いと読みづらい。
個々の臨床例については、興味深く読めるものの、そこからの論考が難しいのだ。

四肢を切断した後にも、その感覚が脳に知覚されるという幻肢のメカニズムについて、腕を失ったり、脳の一部を損傷した人たちだけが経験する特異な感覚。

例えば、左手の麻痺で動かない手の人に、手を叩いてくれと言うと右手だけ動かして、両手で手を叩いたと言い張る。
例えば、動かない自分の腕・・・これを自分の兄の腕だと言う。
例えば、幻の肢が痒い。

人間の認識とは何か・・・つまり、人間の脳の中にあるイメージとは何か。
人間は自分の体のことはよく理解していると思っていても、そうではない。

理解するほどの知識がないのも勿論だが、所詮、寝床読書・・・眼光紙背に徹すると言うわけにはいかない。
この本も、再びここで投げ出すしかないか・・・そんな風に感じているが、幻肢が性感を増したと言う症例は、ちょっと興味があった。

足がフェティッシュ。
フロイト風に言えば、ペニスは足に似ているからかもしれない。

Kenrokuen

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