2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年12月 1日 (日)

歩み続けて止まることはない旅そのもの

2階の一番日当たりのいい部屋で、本を読んでいたら眠くなって来る。
べットに入って一眠りと思ったが、今読んでいる個所が心に強く響いた。
このま放っておいたら、なかなか読む機会がないので、メモ帳に書き止めてみた。

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「私の文学論―旅と死の発想による」(著者:大島一郎 出版社: 中部日本教育文化会 1988)の中の、目次、五『漂泊と文学』で取り上げている
モンテーニュの『随想集』の中から「ラ・ポエシ」と題する一遍の詩だ。

あたかも 流れる小川のなかに

水絶ゆることなく 相つぎ

永遠の一路を ゆくがごとし

来る水あれば 去りゆく水あり

これなる水は あれなる水に

押されつつ また越えつつ ゆけども

つねに水は 水のなかを 流れゆくなり

そは常に 同じ 川瀬にして

流るる水は 常に 新たなリ

著者の大島氏も書いているが、鴨長明の『行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にはあらず』(方丈記)が重なってくる。

芭蕉も「 おくのほそ道」の中で
『舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅をすみかとす。』

『月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり』

と、万物は常に変わるという考えで眺めている。

月日というものは永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、この世のありとあらゆるものは、変化していくという考え方だ。

ギリシアの哲学者ヘラクレイトスが存在するものに対して唱えた「万物流転(この世の中に永遠に変わらないものなんてないんだ)」を裏付けている。

Bungakuron

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