ぶらり京都(2020年10月12日~10月13日)

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2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

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2019年12月

2019年12月31日 (火)

臍の緒に泣く年の暮

旧里や臍の緒に泣く としの暮  芭蕉 

芭蕉が手にしている臍の緒はもちろん自身のもの。
我が子の無事な人生を願って大切に保管していた母の想いであり、そこから改めて発する母への思慕の情。
すす払いをしている時見つけ出した弟の臍の緒を、兄半左衛門が改めてとりだしてみせたのであろう。
兄弟の絆を確かめ合ったかもしれない。
芭蕉DB「芭蕉発句全集」参照)

「笈の小文」によれば、芭蕉は12月も10日ほど過ぎたころ、名古屋を出でて旧里(伊賀上野)に向い、久しぶりに生家に立ち寄っている。
その折に、兄から見せられた自分の臍の緒。
母の胎内で母と自分を結び付けていた臍の緒に、母を偲び恩愛の情が込みあげてきて慟哭したのであろう。

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芭蕉が師走と年の暮れを詠んだ句を拾い上げてみた。
芭蕉が生きた時代の年末の様子が垣間見れる。

師走
雪と雪今宵師走の名月か(笈日記)
月白き師走は子路が寝覚め哉 (孤松)
旅寝よし宿は師走の夕月夜(熱田三歌仙)
何にこの師走の市にゆく烏(花摘)
節季候の来れば風雅も師走哉(俳諧勧進牒)
かくれけり師走の海のかいつぶり(色杉原)
なかなかに心をかしき臘月哉(馬指堂宛書簡)

年の暮
なかなかに心をかしき臘月哉(馬指堂宛書簡)
忘れ草菜飯に摘まん年の暮(俳諧江戸蛇之鮓)
暮れ暮れて餅を木魂の侘寝哉(天和二年歳旦発句/真蹟画讃)
年暮ぬ笠きて草鞋はきながら(野ざらし紀行)
めでたき人の数にも入らむ老の暮(自得の箴/貞亨3年暮)
月雪とのさばりけらし年の暮(あつめ句)
旧里や臍の緒に泣くとしの暮(笈の小文/伊賀上野へ)
皆拝め二見の七五三を年の暮(幽蘭集・金蘭集)
蛤の生けるかひあれ年の暮(真蹟自画賛)
盗人に逢うた夜もあり年の暮れ(続猿蓑)
分別の底たたきけり年の昏(俳諧翁艸)
古法眼出どころあはれ年の暮(三つの顔)

Bash

2019年12月30日 (月)

開放的すぎるレストランフロア

勝尾寺からの帰りは千里中央から御堂筋線で梅田に出た。

取り敢えずは昼ご飯を、と御堂筋線北改札直結のLINKS UMEDAに入った。
ここはヨドバシホールディングスが複合商業施設「LINKS UMEDA」として11月オープンさせたばかりだという。
地下1階~5階までの各フロアの連絡通路を通じてヨドバシカメラと接続している。

8階のレストラン街に上がったものの、何処もここも超満員で行列ができている。
結局、地下1階に降りて「オイシイもの横丁」へ。

そこは粋な飲み屋が軒を連ねる飲食店街だが、通路が入り組んでいて狭い上にカウンター席の店が多い。
ちょい飲みならカウンター席でも良いが、ゆっくり食事をしたいと思うと落ち着かない。

それでも好みの料理とテーブル席のあるオープンしたばかりの店に入ることが出来た。

名古屋のレストラン街でも思うのだが、最近はレストランフロアが開放的過ぎるのでは・・・?
通路から食事しているところが見えるお店が多い。

Fukuyan


備忘的メモ
(青春18きっぷ利用)
刈谷発  7:09
米原着  8:44
米原発  8:48 新快速姫路行き②③ホーム
新大阪着 10:08

【地下鉄御堂筋線】
 北大阪行(急行)で千里中央下車(320円)約14分 

【阪急バス】
千里中央4番乗り場 29系統(特急)
北摂霊園行き 勝尾寺山門下車(500円)約45分

Umeda

2019年12月29日 (日)

箕面の勝尾寺

西国三十三所の第23番札所勝尾寺に行ってきた。
勝尾寺は大阪府箕面市にある高野山真言宗の寺院で、山号は応頂山。
本尊は十一面千手観世音菩薩である。

新大阪から地下鉄御堂筋線に乗って千里中央まで出る。
そこから北摂霊園行きの阪急バスに乗り、勝尾寺山門前で下車。

バスは途中から山深く登っていく。
道幅が狭くカーブも多いのでヒヤヒヤさせられた。

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山門を入るとそこは広大な敷地で、境内全体が山の斜面になっていてる。
本堂まで行くのには階段を延々と登らないといけないのだ。

この勝尾寺というのは「勝運のお寺」と言われているようで、本堂に通ずる階段には至るところに願いが叶った勝ちダルマが奉納棚に並んでいた。

その脇の石段をハアハアと息を切らしながら登り切って本堂にたどり着いたが、今来た道をもどって下まで降りることを考えたら・・・気が遠くなるというのは、こんな状態を言うのだろう。

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  (トリップアドバイザー提供)

  ↓目的はこれ
Silyuin

 

2019年12月28日 (土)

年の暮れ

「分別の底たたきけり年の昏」 松尾芭蕉
貞亨元年(41歳頃)頃から死の元禄7年(51歳)までの間の制作といわれるが年代は不詳。
ただし『蕉翁句集』では元禄6年年末となっている。

作句時期が年末であれば、ここにいう分別は年越しの分別である。わけても金銭の分別とするのが妥当であろう。押し詰まった年末もはやどう工面しても年を越す条件が整わないとき、分別は底をついてしまうのである。
ところで芭蕉のように脱俗の人には年の瀬の分別も大したものでは無かろうから、ここで呻吟している人は他人としておいてもよさそうである。
(芭蕉DB「芭蕉発句全集」参照

芭蕉が生きた江戸時代は「ツケ」という文化があったようだ。
通常の物品の販売方法として「掛け売り」が一般的だったという。

それには、もちろん身元がはっきりしているのが前提だが、代金はまとめて月末に払っていたわけだ。
何カ月か払いを延ばすことはできても、大晦日はそうはいかない。
払わないと年を越せない。

ツケで売った方は、踏み倒されてはたまったものではないから命がけで集金する。
江戸の貧乏人の年の瀬は「越すに越されず 越されずに越す」日々であった。

しかし今、この国の貧困化はこんな江戸下町の風景が蘇ったような状況である。
貧富の格差の一段と増した上に、消費税が10パーセントに上がり一般庶民の負担が大きい。

食料品を買って、支払金額が合算で出る分には、こんなものかと気にもしないでいる。
ところが1000円の本を買ったとき、消費税の100円というのはいかにも大きく感じる。

消費税が上がって、分相応の分別で対処しているのが一般庶民だ。

一方で政治に目を向ければ、思慮分別のない政治家ばかりで分別も底をついて、越されずに越してしまう子年となりそうだ。

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2019年12月27日 (金)

師走のせわしない中へ何を好んで出かけるのか

「何にこの 師走の市に 行く烏」  松尾芭蕉(花摘)
芭蕉46歳、元禄2年(1689)の暮の作。

賑やかな師走の街に心惹かれる自分自身を諌めた句と言われているが、省略されている部分が多いので読む人の自由な解釈で補って鑑賞すれば良いのではないか、と思う。

からすが師走で賑わっている街中に行こうとしている。このカラス何のために人ごみめがけて出かけていくのだろうか。擬人化しやすいカラスに仮託しながら作者自身の世俗行事への参加の意思が裏に働いているようでもあり、単純でない心理が内包されている。

(芭蕉DB「芭蕉発句全集」参照)

なんでまあ、人でごった返す師走の市へ飛んで行こうとするのだろう、この烏はの意。
(中略)
ともすれば興隆の気運に沸き立つ京俳壇の動きに引かれがちな自己内心の「烏」のような黒々とした影に向けて、厳しい自戒の矢を放った句。 

(尾形 仂【編】芭蕉ハンドバック【芭蕉全発句一覧】 参照)

烏を詠んでいるようにみえて、芭蕉はここで自分を烏になぞらえているわけだ。
俗世間から離れて、俳諧の道を究めようと奥の細道の旅に出たものの、長い行程を終えた後の師走は、あわただしく動く賑やかな街で、そこに心惹かれる芭蕉自身の心理をカラスに事寄せながら自問している。

芭蕉の時代も12月は賑やかだったようで、そんな世俗的な誘惑に心動く芭蕉の気持ちを垣間見る気がする。

芭蕉が師走の街に足を運んだかどうか・・・?

案外、やっぱり賑やかなところが「好き」と言いながら、軽々と街に出ていき「かるみ」の境地で時の流れを楽しんだのではないだろうか。

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2019年12月26日 (木)

年忘れ、出てみれば案外楽しいかも

せつかれて年忘れする機嫌かな  松尾 芭蕉(芭蕉庵小文庫)

 『芭蕉庵小文庫』掲出の句である。
「年忘れ」は忘年会のこと。
やろうやろうとうるさく言われて出席した忘年会だが、出てみると段々何もかも忘れて機嫌が好くなるから不思議なものだ。

明日が、今年の最後の金曜日で仕事納めの人も多いことと思う。

忘年会も明日までで、年が明ければ新年会と、大勢でワイワイやりながらお酒を飲む機会のある人が羨ましい…と、これはアルコール好きの私が傍から見て、たゞそういうふうに思えるわけだ。

先日テレビで職場の忘年会に参加しない「忘年会スルー」をする人たちが増えているという特集をやっていた。

「会社の人と飲むより友達と飲みたい。」「つまらない、気を使うので疲れる。」「時間的に圧迫される。」
等々、理由は様々だが、若者に限らず「忘年会スルー」は、全世代に見られるという。

職場におけるチームの交流を目的とするものだろうが、半強制すればハラスメントとなるから幹事は大変だ。

芭蕉ではないが、忘年会に出てみると不思議と楽しくって、2軒、3軒とハシゴするかもしれない。

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Shuzenji

 

2019年12月25日 (水)

時を刻む音が聞こえる

冬至も過ぎ、クリスマスが終わってあと一週間で今年も終わりだ。

一日一日に時を刻む音が聞えてきて、何となく緊迫感に包まれている。

今日の私は特別忙しかったから、時間も超特急で過ぎていった。

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画像はクリックで拡大できます。

2019年12月24日 (火)

イブの夜にふさわしい逸話

Starred_20191224001801 イブの夜にふさわしい逸話

ツルゲーネフの『散文詩』から、イブの夜にふさわしい逸話を紹介しよう。

ロシアの作家ツルゲーネフが、ある時街を歩いていて一人の乞食に会った。
その乞食は、手を差し出して彼に恵みを乞うた。
彼は乞食にいくらかでも金を与えようとポケットを探ったが、あいにく一銭のお金も持ち合わせていなかった。
乞食は、なおも手を差し出している。
困り果てた彼は、自分の手を差し伸べて乞食の冷えきった手を堅く握り締めた。
そして言った。
「兄弟よ、私は今一銭の金も持ち合わせていない。許しておくれ」
乞食は力なく、しかし嬉しそうに笑って答えた。
「旦那、旦那が私と握手をして下さったので、何がしかの金を頂いたのよりも幸福ですよ・・・」

人間として平等な扱いを受けたことのない乞食は、その日一日は心からの幸せを感じたに違いない。
乞食が本当に待ち望んでいたのは、人間的な愛情だったのだ。
人の幸せは、決してお金の力で得られるものではない。
ツルゲーネフは乞食の手を握った瞬間に、それまで体験しなかった新しい人生を発見したに違いない。

人生に泣きたい時、街角で乞食と握手したツルゲーネフを思い出してみたい。
そこにささやかな光明が見出される気がするのだ。

Meieki

2019年12月23日 (月)

クリスマスの贈り物

大正ロマンを代表する画家・竹久夢二だが、童話の創作もたくさんある。
中でも「クリスマスの贈物」は今の時期にぴったりだ。

サンタさんからのプレゼントを楽しみに待つ二人の子供の対比が面白い。

あまり欲張りすぎて、思うようなプレゼントを受け取ることが出来なかった女の子と、欲しいものを一つに絞ってお願いした男の子との比較で、欲張りすぎると欲しいものはもらえないという教訓めいた作品。
「クリスマスの贈物」は短編物だし、青空文庫で10分もあれば読めるのでお勧めする。

Present

なんらの素質ない私だが、小説教室に通っている頃に書いたクリスマスをテーマにした創作を、昔の自分のホームページにアップしていたので、ここにリンクしておく。

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一年の終わりの柚子湯

「一陽来復」という言葉がある。
これには3つの意味がある。
・陰が極まって陽が返ってくること、つまり冬至。
・冬が去り春が来ること。
・悪いことばかりが続いていたが、それが終わり、やっと運が向いてくること。

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12月22日、昨日は冬至、「日の短い頂上」の日である。
この日を境として日がだんだん長くなる。
冬至に南瓜や蒟蒻、粥を食べる風習がある。
また、「冬至の日にゆず湯に入ると風邪をひかない」と言われるが、これは江戸時代の銭湯から始まったようだ。

我が家も柚湯をたいた。
冬至の佳節なればとて、一陽来復を期待しての柚子湯だ。

先日、お寺の「大根炊き」の日に頂いてきた鬼柚子をこの日のためにとっておいた。

頂いた柚子湯につかりながら、ああ今年もあとわずかだという思いと共に、いろいろなことが心に蘇ってきた。
そして、来年こそはと思う。

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2019年12月22日 (日)

哀れ羊たちよ!

英文サイトの「Daily News」や「Guardian」をはじめとする海外サイトを開くのが好きだが、英文記事が読めるわけではない。

WebブラウザーをGoogle Chromeにして、詳細設定の言語ツールで「母国語以外のページで翻訳ツールを表示する」に設定、一括翻訳して読み、記事内容の意味していることを取り敢えず頭に入れておいく。

その後にGoogle翻訳機能を利用して、フレーズごとに対訳と照らし合わせ、書かれていることの意味を理解していく。

まあ、そんな感じでウェブ上の英文サイトを読み見ている。

Christmas

ということで、トルコで羊が大量自殺したという記事を紹介する。

トルコで、数百頭の羊が崖から飛び降りて死んだという写真報道を「Daily News Agency の© 2019 Hürriyet Daily News photo」で見た。
500頭の羊が集団で崖から飛び降り自殺したというもの。

説明によれば、最初一頭の羊が20メートルの高さの崖から飛び降りて、他の羊が群れになってあとからあとから飛び降りたという。
群れはトルコヴァン県のギュプナルトピルディズ村で放牧されていた羊たちで、6/2の早朝に起こったことらしいが、リーダーの後を追ってなのだろうか・・・?

いや、羊は群れ生活者であっても猿のようにリーダーやボスはいなく、上下関係はないはずだ。
これはリーダーの後を追ったのではなく、群れの中の一匹が崖から崖へ移動しようとして崖に落ちたことにより、他の羊達も追従したと解釈したほうが良いだろう。

気弱な性格の羊は肉食の野獣から狙われることも多い。
一人での行動に非常に不安を感じ、一匹が走り出せば続けとばかりに群れが一斉に走り出す、という習性があるわけで、これもおこるべくして起こった事件に思う。

トルコでの「羊の集団死」はこれが初めてではないようで、2005年、2010年、2017年に、今回の事象と同じように崖から飛び降りて死亡してる。

それにしても、哀れ羊たちよ!

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2019年12月21日 (土)

ちょっと考え直さないといけない漂白剤、消毒剤

肺の生活習慣病としてCOPD(慢性閉塞性肺疾患)と言われているものがある。
タバコの煙が原因で肺に炎症が起き、呼吸困難になる病気だ。

肺がんの主な原因もCOPDと同じくタバコと言われ、これが合併することも多い。
COPD患者が肺がんになる確率は、COPDでない人の5倍という。

厚生労働省「平成30年(2018)人口動態統計(確定数)の概況」、統計表『第7表死因簡単分類別にみた性別死亡数・死亡率(人口10万対)』(17ページ目 死因簡単分類番号10400)を見ると、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の年間死亡者数は18,577人だ。
これは過去最高値ということだ。

確かにタバコの煙は多くの有害物質を含んでおり、喫煙者本人だけでなく、周囲の人の健康にも悪影響を及ぼす。
禁煙推進が叫ばれて、喫煙者が減っている中では患者数も減っていなければならないわけだが、COPDが増加しているのはなぜか・・・。

COPDや肺がんの最大の原因は喫煙というのが定説だが、それを覆す記事に遭遇したので紹介する。

  英国ガーディアンと「地球最期のニュースと資料 」 In Deepさんの記事をリンク、参照

『「タバコではない」 : 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の最大の発症要因は「漂白剤と消毒剤」であることが判明。』

米ハーバード大学とフランス国立衛生医学研究所(Inserm)により 30年間にわたって続けられた調査の解析結果で、 COPDの最大の発症要因は漂白剤と消毒剤によるものであるという見解だ。

アメリカのCOPD病歴のない55,185人の看護師たちの病気の発生率を追跡調査した結果によれば、消毒剤の使用が、COPDの発症リスクを高めるという結果が出た。

漂白剤、消毒剤といっても、正確には「第四級アンモニウム塩」を含むもので、病院で看護師たちが習慣的に使用しているだけでなく、結構、私たちも日常的に使っている。

年の瀬も押し迫って、今年の汚れは今年のうちにと、1年のうちに蓄積されてきた汚れを漂白剤を使って落とすことに専念していたが、致命的な肺疾患を発症するリスクが高いとなると考え直さないといけない。

Nara

2019年12月20日 (金)

ああ、女ごころ~

ある会合で、隣に座った人から「同じ年ですよね」と言われた。

私はすかさず「いや、貴女のほうが一年上です」と答えた。

すると、なんとも不機嫌な顔をされた。

「ジョウダンじゃない!貴女の年を知ってるんだから・・・」

と、そう呟く自分に気が付いた。


ああ、女ごころ~

女はなんで年にこだわるのかなぁ~

外観上の年齢なんかどうでもいいのに、 女心は厄介で むずかしい。

Asasanpo

2019年12月19日 (木)

ヒメツルソバ

門扉脇の花壇に生えている「ヒメツルソバ」の枯れたのや、そのほか色んな雑草の枯れ死んだのを暫くそのまま放置しておいたが、年の瀬という1年の総括めいた空気の中で、何だかそのままにして置いても気になるし、のろのろ動きながら、庭の手入れをした。

朝から湿っぽい雲に覆われていたが、こういう日の方が外仕事は捗る。
今年は8月に熱中症もどきでダウンしているし、カンカン照りつける日光には辟易だ。

「ヒメツルソバ」というのは、金平糖のようなピンクや白色の丸い花が咲くが、丈夫で繁殖力が強く群生する。

開花時期は3月~5月と言われているが、私の眺めるところでは木陰の湿気が多い場所なら一年中咲いているような気がする。

因みに花言葉は「愛らしい、気がきく」ということだ。

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2019年12月18日 (水)

再び、導入見送りでホッとしているが・・・

昨日も書いたが、萩生田文科相が大学入学共通テストの国語・数学記述式テストの無期限の見送りを発表した。
これで振り出しに戻れると喜んでいる受験生も多いと思う。

思考力や判断力、表現力を測定するためには従来のマークシート方式では無理だというが、それを見るなら、記述式は二次試験でやれば良いというのが大方の意見だ。
わざわざ大金をかけて共通テスト時にやることはない。
一次は従来のマークシート方式によるセンター試験で十分だと思う。

大学入試センターから採点業務を請け負っていたベネッセのグループ会社「学力評価研究機構」から次のようなコメントが出た。
適正な採点の実行に向け、予定通り丁寧に準備を進めてきたが、決定を受け止め、今後は対応を速やかに大学入試センターと協議する」とある。

大学入試センターは、ベネッセのグループ会社「学力評価研究機構」と61億円の業務契約を締結している。
「学力評価研究機構」がDIGITAL日刊ゲンダイに載っているような “幽霊会社”というなら、そこと契約した大学入試センターもいい加減な所だ。
ベネッセと下村博文氏のタチの悪い密接な関係を考えると、大学入試改革問題は一筋縄ではいかないだろうが、とにかくすべて白紙に戻し、再検討すべきだ。

安倍政権になってからというもの、文科省に限らず何もかもが、まるで利権の巣窟のようになっている。
民間企業を利するということは、政治家の利権や官僚の天下り先の確保につながることは必至だ。

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人間の脳の中にあるイメージ

小説教室に通っていたころ、書くテーマが見つからず頭痛のタネになっていた。

日常の実生活の中から得るインスピレーションは乏しいが、もしかして、夢が創作のインスピレーションを与えてくれるかも知れないと思いついた。

夢から題材を選ぼうとしたが、なんせ、私が睡眠中に見る夢は覚醒しているときにはおよそ考えもつかないような荒唐無稽なものが多い。

荒唐無稽な夢を見る脳内では、どの様な作業が行われているのか・・・そんなことも知りたくって脳科学に興味を持った。
ほんの少しだが関連本を読んでいた時期がある。

そんな時、本のタイトルに惹かれて購入したのが V・S・ラマチャンドラン (著), サンドラ・ブレイクスリー (著), 山下 篤子 (翻訳)の「脳のなかの幽霊」だ。
脳科学というか神経科学を扱う本で、専門用語も出てくるし難解なところがあって飛ばし飛ばし読んで終わっていた。

再び、これを読みだしているが、やっぱりこの本は神経科学の一定の知識が無いと読みづらい。
個々の臨床例については、興味深く読めるものの、そこからの論考が難しいのだ。

四肢を切断した後にも、その感覚が脳に知覚されるという幻肢のメカニズムについて、腕を失ったり、脳の一部を損傷した人たちだけが経験する特異な感覚。

例えば、左手の麻痺で動かない手の人に、手を叩いてくれと言うと右手だけ動かして、両手で手を叩いたと言い張る。
例えば、動かない自分の腕・・・これを自分の兄の腕だと言う。
例えば、幻の肢が痒い。

人間の認識とは何か・・・つまり、人間の脳の中にあるイメージとは何か。
人間は自分の体のことはよく理解していると思っていても、そうではない。

理解するほどの知識がないのも勿論だが、所詮、寝床読書・・・眼光紙背に徹すると言うわけにはいかない。
この本も、再びここで投げ出すしかないか・・・そんな風に感じているが、幻肢が性感を増したと言う症例は、ちょっと興味があった。

足がフェティッシュ。
フロイト風に言えば、ペニスは足に似ているからかもしれない。

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2019年12月17日 (火)

導入見送りでホッとしている

来年度から始まる大学入学共通テストに導入予定だった国語と数学の記述式問題について、萩生田光一文部科学相は「導入見送りを判断した」と記者会見で表明した。

英語の民間試験に続いての導入見送りで、生徒も、先生も、保護者もホッとしていることと思う。
高2の孫がいる私も、むろんホッとしている。

英語民間試験導入が延期されたときに私立学校中高連の会長が記者会見で、「しっかり学習してきた生徒の思いはどうなるのか。延期は子ども中心の考え方ではない」と述べていた。
私立の中高一貫校では、英語民間試験に慣れておくために‎授業をつぶしてGTECを受験させていたところもあるようで、それには補助金(約半額の3000円)まで出ることになっていたというから、先述の中高連会長の頭にあったのは生徒のことよりも、管理職としての無念さが先行したと思える。

現場からは無理だと言われ続けていたのに導入が強行されようとしていたのは、下村氏と深く関係を結んでいたベネッセありきだったからではないか。
こんな記事があった。
『下村博文氏の息子の結婚式に「大学入試利権」のお友達大集合』
記事には300人は入る披露宴会場が満席とある。

今どき有名芸能人でも質素な結婚式だ。
息子の結婚式に父親の仕事上の仲間が勢揃いとは、上級国民限定のイベントか・・・?

まあ、塾や予備校業界から受ける献金により、たびたび問題視されてきた下村氏だから然もありなん。

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2019年12月16日 (月)

あたりまえのことが、かけがえのない価値として

切羽詰まった状況にならないと腰を上げない私にとって、 年賀状というものが年の瀬に横たわる一大事だが、今年は身内に不幸があり(平成の終わりに弟が亡くなっている)11月中に「年賀欠礼状」を出しておいた。

今年の正月に受け取った年賀状を確認しながらの作業だったが、その際、改めて送信者それぞれの本文を読み直した。
女の年始はあわただしいので、不覚にも気が付かなかった祝賀に添えられた言葉の数々に今更ながら感動した。

その中のひとつに「『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』より抜粋」と添え書きされた文面があった。
それは詩で、悪性腫瘍のために亡くなった若い医師が、最後になるであろう正月に家族への新年の挨拶として残した詩「あたりまえ」である。

あたりまえ

こんなすばらしいことを みんなはなぜよろこばないのでしょう

あたりまえであることを

お父さんがいる

お母さんがいる

手が二本あって、足が二本ある

行きたいところへ自分で歩いてゆける

手をのばせばなんでもとれる

音がきこえて声がでる

こんなしあわせはあるでしょうか

しかし、だれもそれをよろこばない

あたりまえだ、と笑ってすます

食事がたべられる

夜になるとちゃんと眠れ、そして又朝がくる

空気をむねいっぱいにすえる

笑える、泣ける、叫ぶこともできる

走れまわれる

みんなあたりまえのこと

こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばない

そのありがたさを知っているのは、それを失くした人たちだけ

なぜでしょう

あたりまえ
               井村和清

生きていることのかけがえなさや、尊さ、そのことに気づくのは、死に直面したときだろう。
今年の4月末に亡くなった弟を見ていて思ったことだが、「末期の眼」というものがある。
死を間近にした者にとって、目に写るもの、耳に聴くもの、全てが二度と取り戻すことのできない、かけがえのない価値として感じられ、それが外界への鋭い凝視となるのだ。

頻繁にブログ更新をしている私が、闘病中の弟について殆ど触れなかったのは、死に近づきつつある弟に対する言ひ難き悲哀感からだ。
千葉の徳洲会病院には数度足を運んだが、その都度苦悶を新にするに弟家族に触れるのが忍びなかった。

死ぬにしても、そんなに早く死ぬとは思っていなかったし、案外、奇跡が起こって治るだろうと思っていた。
死ぬが死ぬまで、死ぬのだとは信じ切れないのが身内というものだ。

一人の人間が一生の間にいくつもの人生を生きることはできない。
実生活において、自分だけの一回限りの人生を体験する。
人生は、時間の長さや短さではない、と思うようにしている。

Izu5

 ・2019年5月 2日 (木)改元で

・2019年6月13日 (木)クモの糸

・2019年5月27日 (月)再び追悼の達人

↑上記記事の下の方で、弟のことについて少しだけ触れている。

Izu1

 

 

2019年12月15日 (日)

1+1は2ということは真理であるが・・・

睡る睡らないに拘らず、昼食をとった後はベッドの上にゴロリと横になる。
これが習慣のようになって来ていて、外出時以外は大抵そんな感じだ。
そんなわけで、寝ころんだまま読書をすることが多い。

多久弘一著『新・人生語録』(鶴書房)を開いていたら、次のような言葉が目に入った。

1+1は2ということは真理である。けれども人間の魂の場合においては必ずしも、

それだけが真理であるとはいえない。

一つの魂と一つの魂の和は2でなくって1であることを私は信じないではおれない・・・。

この不合理的合理性は神と人間との間において、人間と人間との間においてたしかに証明することができる。

神と人類、一人のキリスト或いは仏陀と、全人類との和もまた1である。

人間の魂の動きほど奇跡的なものはない。人間の魂の奇跡を本当に探り得ることのできる人こそほんとうに人生を生きた人である。

(吉田絃二郎「生命の河」より)

1+1は2であるとか、地球は丸いとかいうことを一つの真理として認識しているが、その本質というものを考えてみたことはい。

吉田源次郎(1886-1956)という作家についての知見はないが、彼が書いているように神と人間、人間と人間の間において魂の和は1であるという、これもまた真理なのだろう。

今現在、世界の全人口は75億8563万3000を超えるが、この魂の総和もまた75億8563万3000でなく1であるということになる。

全ての人間の魂は一つ!

この奇跡を本当の意味で探り得ることが、果たしてできるのだろうか・・・。

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流星群の夜

12月14・15日は、ふたご座流星群がほとばしる日という。

ピークは14日23時〜15日2時ぐらいということだが、その時間に寒さに耐えて星空を見上げる自信もない。
14日の20時ごろから見られるというので、2階ベランダにアウトドア用のチェアを出して21:30にスタンバイした。

私はそれほど星に詳しくないので、ふたご座の位置確認のためにあらかじめスマホに『星座表』というアプリをAppStoreから入れておいた。

星座の検索で、ふたご座を検索すれば画面に位置が表示される。
それをもとに大体の目安を付けたうえで夜空を見上げ、さらにその位置にスマホをかざせば実際に見える星座が表示される。
アップグレードすれば流星群の場所も教えてくれるというが、これには610円かかるので利用しないでおいた。

月齢18の月明かりが邪魔してか、星の位置もうっすらと確認出来る程度のことで飛行機の光ばかりが目についた。

スタンバイから約20分ぐらい、防寒着の上からもひしひしと迫ってくる寒さに暫く耐えていたが、不自然な姿勢で首も痛くなるし、諦めて室内に入ろうとしたとき、一瞬の閃光が流れていった。
それから立て続けに合計4個の流星が見えた。
それ以後は22:30まで粘ったが、先の4個以外は確認出来なかったものの、夜空を仰いだことで、肉眼でみることのできる果てしない自然を感じた。

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2019年12月14日 (土)

Boxing Day

オーストラリアでは、12月26日は「Boxing Day」と言って、SA(南オーストラリア州)を除く全国でナショナルホリデー(国民の祝日)ということだ。

Boxing Day?

ボクシング・・・

国を挙げてのボクシングの試合でもあるのか?

と、首を傾げたくなるが、どうやらそうではなく、ボクシングとは贈り物の入った箱のことらしい。

数年前には、使用人や郵便配達人に対し彼らの1年の仕事を評価して、クリスマスの後に贈り物の入った箱が手渡されていた。

これは古代のローマでスタートした。

船が海へ着いた時は常に空の箱が搭載されており、水夫達が酔っぱらったり、何らかの犯罪をした場合に、彼等は箱にお金を入れなければならなかったのだ。

そのお金は後日、犯罪者たちに特別なお祈りをしてもらうために聖職者に依託され、箱は慈善のシンボルになり、クリスマスの翌日にいつも開かれ、貧しい人々に分配された。
こうしてクリスマスは「Boxing Day」として定着したということである。

一般的には、クリスマスの贈りものはクリスマスの前日のイヴに交換、あるいは贈られるものだが、それができない貧しい人たちはクリスマスの後に慈善によって贈りものを受け取ることができる。
日本的に言えば、歳末助け合い運動のようなものとも言える。

だが、こうしたことがナショナルホリデーにまでなっているのは、日本ではちょっと想像もできない。

以下は「Boxing Day」&「クリスマスツリーの起源」についてのオーストラリアからのメールで得た知見をアウトプット。
 

There are many more stories to tell you about our Christmas customs.

The day after Christmas is called Boxing Day, it has nothing to do with boxing or fighting, it actually refers to a box.
Years ago on the day after Christmas a box with a gift was handed to the postman or to tradesmen, in recognition of their services during the year.
Like so many of our customs, this one started in ancient Rome.
Whenever a ship went to sea, there was an empty box on board.

If there was drunkeness or any misdemeanors (keihanzai) the seamen had to place an amount of money in the box.

At home coming the money was collected by the priest who would say special prayers for the offenders.
The box was to become a symbol of charity.

It was always opened on the day after Christmas and the money was distributed among the poor people.

That is how the day after Christmas became known as Boxing Day.
Now I will tell you the origin of the Christmas Tree, this also goes back to ancient times.

Trees figure in many cultures as a symbol of enduring life, the green color is a sign of immortality.
The ancient Egyptians carried palm branches during funeral processions as a symbol of life after death.

The Romans decorated their homes, temples and statues with green foliage during the Festival of Saturnalia, this was a festival in honor of the planet Saturn.
When the festival was on, the war stopped, there were no battles.

No punishment could be handed out to criminals.
A Scandinavian story tells of the violent death of two lovers.

A beautiful Christmas tree grew out of the blood soaked ground where the murders took place.
Martin Luther, the father of the German Reformation has been credited with the introduction of the modern Christmas tree in 1517.

He was deeply moved by the beauty of the glittering stars in the sky. Wishing to describe this inspiring spectacle he placed lighted candles on branches of a small fir tree.
That is how the sky had appeared to him.
Royalty was responsible for the popularity of the Christmas tree in England.
Prince Albert, the German born husband of Queen Victoria had placed in the gardens of Winsor Castle a large fir tree lit with candles in nostalgic (natsukashii) remembrance of his homeland.

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2019年12月13日 (金)

正月になると「春の海」の琴の音が流れる

犬の散歩コースを一応は決めているが、寒くなってきたので犬の行く方へだまってついて行くことにしている。

この頃では、ちょっと高台にある「盲目の筝曲家・楽聖宮城道雄供養塔」に行くことが多い。
早朝の外気は冷え込んでいるので、陽光がまぶしく雀がチュチュチュと鳴いているのに誘われるのだろう。

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Gakusei

宮城道雄は関西方面への演奏旅行のため、夜行列車に乗車中に列車から転落して亡くなっている。( 昭和31年6月25日未明のこと)
なんでも一人でトイレに行こうとして誤ってデッキから転落したらしい。

転落場所は刈谷駅から東(豊橋方面)に向かって500メートルほど、私の家からは西に400メートルほどのところに位置する。

正月になると宮城道雄作曲の「春の海」の琴の音がテレビやラジオで流れるが、筝曲家としてだけではなく随筆家としても著名で、作家の内田百間とは親友同士だったという。

自分の周りの細かなことを書いているにすぎないが、心に響く名文だ。
青空文庫より、以下転載。

心の調べ
宮城道雄

 どんな美しい人にお会いしても、私はその姿を見ることはできませんが、その方の性格はよく知ることができます。美しい心根の方の心の調べは、そのまま声に美しくひびいてくるからです。声のよしあしではありません、雰囲気と申しますか、声の感じですね。
 箏の音色も同じことで、弾ずる人の性格ははっきりとそのまま糸の調べに生きてまいります。心のあり方こそ大切と思います。七歳の年までに私を慰めてくれた月や花、鳥などが、私の見た形ある最後のものでした。それが今でも、美しく大切に心にしまってありますが、その二年後に箏を習い始めてから今日まで、私は明けても暮れても自分の心を磨き、わざを高めることにすべてを向けてまいりました。生活そのものが芸でなければならない、という信念で生きてまいりました。私のきた道――芸に生きてきたことを幸福と思いますし、また身体が不自由であったために、芸一筋に生きられたと感謝しております。
 と申しても、私にはやっぱり眼が必要でした。私の眼は家内でした。貧乏がひどかったので、質屋にもずいぶん通ったり、いろいろな苦労をかけましたが、三十年の月日を通じて、生活の面で私はずっと家内におぶさりっきりです。家内は若い時分はよく箏をひきましたが、いつの頃からかすっかりやめて、私の眼となることだけに生きるようになりました。そして、私の仕事に対する、なかなかの大批評家になりました。母心の適切な批評をしてくれます。他の人と外へ出かけたときでも、何か遠くから家内が見守ってくれていることを私は感じます。それだけで、私は安心して仕事ができます。手をとってくれる年月が永くなるにつれて、母という感じが家内に加わって、私は頼りきって修業をつづけております。

研ぎ澄まされた感覚で音だけが心の調べとして迫ってくる見事な文章だ。

 

 

2019年12月12日 (木)

「穴太寺」で思ったこと

若い人の間で謂われる「聖地巡礼」は、アニメ・漫画の舞台となった土地や建物などを聖地と称して熱心なファンが訪れることだ。

しかし、もともとの定義は「宗教の創始者、聖人に関わりのあった場所、あるいは神や精霊といった存在と関わる場所への旅」である。

そうした意味からすると、日本の仏教における巡礼は次のようになる。
・四国八十八所巡礼(遍路)は空海弘法大師に出遭う旅。
・四国三十三観音巡礼は観音様に出遭う旅。

一昨日行った亀岡の西国三十三所第21番札所「穴太寺」参拝で思ったのだが、参拝していている人のほとんどが、ハイキングスタイルやGパンスタイルといったもので、仲間との旅の途中の宗教という感じだ。

それでも、背中に「南無観世音菩薩」と書かれた白衣を着て輪袈裟を首から掲げ、「同行二人」と書かれた杖を持った本格的スタイルの人も見かけた。

巡礼は常に目標に向かって歩くのが目的だから、一番札所に詣でて発願して、次は2番札所、3番札所、4番札所と順番に丁寧に参詣し、最後の札所で結願となる。

本格的な衣装を着けた人は、札所を順番に回っておられるのだろう。
くたびれた白衣を付けた後姿には、何か謙虚さのなかの威厳のようなものを感じた。

「奥京都の観光にちょうどよい」なんって思っていた私とは大違いである。
そんな私でも、境内の建物や庭園を撮影しているだけで、いつしか心が洗われた気分になったものだ。

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2019年12月11日 (水)

昨日、丹波の亀岡という所へ行った

私の夫は観光気分で寺社巡りをして、御朱印をいただくことを楽しみにしている。

大抵は青春18きっぷを使っての寺社巡りだから、1日フルに使って2410円と、かかる交通費はかなり安い。(5回分12,050円)

冬季の青春18きっぷは年末年始に重なるし、なんとなくあわただし時期だ。
今年も冬期の青春18きっぷを買ってしまったようで、積極的に使わないと5回分を使い切れなくなる。

そんなわけで、私も無理に引っ張り出されて丹波の亀岡という所へ行った。

京都駅から嵯峨野線で園部行に乗って、亀岡に向かう途中の保津峡駅辺りでトンネルを抜けるたびに保津峡の渓谷が開ける。
下を見ると、保津川下りの屋形船が満員の観光客を乗せて川下りをしている。
絶好なロケーションに遭遇できた。
嵐山をバックに保津川をさかのぼり、丹波の亀岡という駅に着くまでの車窓は京の奥座敷を十分堪能させてくれた。

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夫の今回の目的の寺「穴太寺」は、京都府亀岡市にある天台宗の寺院で「あなおじ」と読むということだ。
山号を菩提山と称し、本尊は薬師如来、札所本尊は聖観音。
西国三十三所第21番札所「穴太寺」。(参拝案内パンフレット参照)

私は寺社巡りで御朱印をいただくという趣味もないので、「穴太寺」でどうしようという目当もなく、境内の建物や樹木をやたら撮りしていたに過ぎない。

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青春18きっぷは安いが、乗り継ぎが多くなるので疲れる。
それでも電車の窓の外に、瞬く間もなく通り過ぎる風景の一つ一つに心が焼かれるのは老年になった証拠か・・・。

2019年12月10日 (火)

子供たちに「クリスマス月にふさわしい物語」

「なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」
(サン=テグジュペリ『星の王子様』内藤 濯訳)

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『星の王子さま』は、みんな知っているかな?   

私は『星の王子さま』のお話が大好き。
子供のころから今になっても、何度も何度も読み返しています。
ストーリーは、とてもかんたんだから子供のみんなは、このお話をおとぎ話として素直に読めばいい。

しかしね、子供であったことのある私のような大人は、そのストーリーの中から、言おうとしているテーマを見つけたがるものなの。
その事を考えると、『星の王子さま』はかなりむずかしい本です。

でもね、そんなむずかしいことを考えずに、素直に泣いて読めばいい。
きっと、だれでも好きになる本だと思うよ。

大人は、ときどき子供のような素直な気持ちを忘れてしまうから、自分とまわりの関係でなやむことが多い。
『星の王子さま』の中には、関係を作ることがどんなに人の心を豊かにしてくれかがテーマとしてあつかわれている。
なんどもなんども、大人になるまでくりかえして読んでいくうちに、そのことがきっとわかってくると思う。

どんなお話か、ちょっとだけ書いてみるね。
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『星の王子さま』は、サハラ砂漠のまんなかで飛行機がパンクして、こまっていた飛行士の目の前に、「ね・・・ヒツジの絵をかいて!」と、あらわれた不思議な王子さまのお話です。

その王子さまは、大きなバオバブの木と火山が三つある小さな星に住んでいました。

王子さまは、日のしずむのが大好き。なぜ、日のしずむのが好きかというと、悲しい時には夕焼けが見たくなるものだから・・・

そう、王子さまは小さな星にたった一人で住んでいて、いつも悲しい生活を送っていたのです。

あるとき、どこかから飛んできた花のタネが、芽を出し、花を開きました。

それは、四つのトゲを持った美しいバラでした。

王子さまはそのバラに恋をしました。

しかし、バラは自分の美しさを鼻にかけて、王子さまを苦しめました。

こまった王子さまは、悲しみのあまりバラからのがれる旅に出たのです。

この旅のとちゅう、王子さまは、いろんな星の見物をしました。

さてさて、王子さまが見物した星はどんな星だったのでしょうか。

一番目の星は、命令することしか知らない星。

二番目の星は、自分しか住んでいないのに自分が一番えらいとうぬぼれている男の星。

三番目の星は、お酒をのむのが、はずかしいと言いながら、そのはずかしさを忘れるためにお酒をのんでいる呑み助(のみすけ)の星。

四番目の星は、星の数をかぞえては紙に書いて、その紙を引出しの中に入れ、カギをかけている実業家の星。

五番目の星は、星があまりにも小さく、夜と昼が目まぐるしく変わるので、そのたびに灯をつけたり消したりと忙しい点灯夫(てんとうふ)の星。

六番目の星は、地理学者の住む大きな星。

地理学者のすすめで、七番目の星にに行くことになりました。

その七番目の星が地球だったのです。 

地球は、そうやたらにある星ではありませんでした。

今まで、世界にたった一つしかないと思っていた自分の星のバラの花が、何千と咲いていたのです。

王子さまは、自分がみじめになって、草の上に泣き伏しました。

愛するって、どういうことなのだろう・・・

王子さまは、きっとそう思って泣いたのでしょう。

そこへやってきたキツネに、王子さまは遊んでくれとせがみます。

「おれ、あんたと遊べないよ。飼いならされちゃいないんだから・・・」

「<飼いならすって>、それ、なんのことだい?」

「よく忘れられていることだがね。<仲よくなる>っていうことさ」

「仲よくなる?」

と、二人は、そんな会話をしました。

そして、キツネは<飼いならす>ということが、お互いになくてはならない存在になることを王子さまに話して聞かせました。

王子さまは自分の星に残してきたバラのことを思い出しました。

あのバラを愛していたのは、世界にたった一つしかないバラからではない。

それは、彼が自分の手で一生懸命育てたからです。だから、地球に何千と咲くバラと違うんだ、ということに気がつきます。

さらにキツネは王子さまに言います。

「なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ・・・あんたが、あのバラの花をとてもたいせつに思っているのはね、そのバラのために、ひまつぶししたからだよ・・・人間というものは、このたいせつなことを忘れているんだよ。だけど、あんたは、このことを忘れちゃいけない。めんどうをみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。まもらなけりゃならないんだよ、バラの花との約束をね・・・」

この言葉を聞いた王子さまは、自分の星へ帰る決心をします。

重すぎる肉体を地上において、魂となって小さな星に帰っていきました。

(サン=テグジュペリ『星の王子様』内藤 濯訳を参考に書きました。)

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『星の王子様』の本は、いろいろなところから出ています。

挿絵のカラーもきれいだし、どこでも気楽に読めるという点で、岩波書店のオリジナル版ハードカバーが小型で私のおすすめです。
ISBN-13: 978-4001156768

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2019年12月 9日 (月)

Blue Monday

今日は月曜日、英語に「Blue Monday」という言葉があるが、それを直訳すると「青い月曜日」となる。
blueが憂鬱な意味をも表わすから、それは憂鬱な月曜日という意味にもなる。

では、月曜日がどうして憂鬱な日なのか・・・。

例えばサラリーマンがアルコールで、カラオケで陽気で楽しい週末を過ごしたとする。
週末の来るのを期待して待っていただけに、ついつい度の過ぎた楽しみ方をしてしまう。

残っているのは飲酒のあとの激しい不快感と、またスタートする一週間の仕事への不安と嫌気。
そういう月曜日はブルーな気分になってしまう。
日本的に言えば月曜病といったところだろう

ところで、これは何も偶然にそうなったものではなく、キリスト教ではちゃんとした謂れがあるようだ。

キリスト教ではイエスの復活を祝う復活祭というのがあり、復活祭の準備をする期間を四旬節と言う。
四旬節は本来、復活祭に洗礼を受ける人の直前の準備期間で、求道者が洗礼の日を迎えるため、それにふさわしい心を作る修養の期間となる。

イエスが荒野で四十日間断食されたのに習い、この期間は断食をしたり、肉食を断ったりして懺悔と祈りを繰り返し、イエスの十字架の苦しみを凌ぐ。

40日の断食の始まる前には、人々は飲んで踊って陽気に振舞っても良いということで、それを終える最後の月曜日(四旬節のスタートの前の月曜日)は、公式の休日として定められていた。

ところがこれによって、人々が過度の飲酒に走り手に負えなくなってきたために、教会当局によってこの休日は廃止されたということだが、人々の記憶には、それは憂鬱な休日であり、憂鬱な月曜日として残っているようだ。

「blue Monday」について、オーストラリアの知人からのメール。

Do you know what is a Blue Monday?
A happy and cheerful weekend, with all the enjoyments that go with it, is often followed by an anticlimax what is called a Blue Monday.
The choice of blue is not accidental.
Those who indulge on a weekend of heavy drinking may imagine to see pink elephants, but in reality what they see is more discolored with a bluish tint.
Sobering up may take some time giving rise to the expression the blues.
The idea of Monday started in the middle ages, the Monday before the start of Lent (shijunsetsu) was declared a public holiday, it was the last day that people could drink, dance and be merry before a fasting period started of 40 days.
When people became unruly as a result of excessive drinking, the church authorities abolished the holiday, but the memories of its celebration is preseved as Blue Monday.

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復活祭は毎年決まっているわけでもなく決め方があるようだ。
(「インバウンドNOW」『【2019年・2020年版】イースター休暇とは?』参考)

復活祭(イースター)の日程の決め方

(1) まず、春分の日を起点とする。

(2) (1)の後の最初の満月が出た日を探す

(3) (2)満月の出た日の次の日曜日が復活祭になる。

(4) 四旬節は復活祭の前40日間で、この間は断食をし肉食を絶つ。

(5) 四旬節が始まる前の数日間を謝肉祭で大騒ぎをする。

地味にいろいろ

萩原朔太郎は、キリスト教徒でもない日本人がクリスマスを祝祭するとは何事かと腹を立てて、百貨店の前で「このタワケモノめ等」と怒鳴ったと言うが、西洋的なものに対する羨望のまなざしを子供の眼を通して詠っている。

クリスマス
萩原朔太郎

クリスマスとは何ぞや
我が隣の子の羨ましきに
そが高き窓をのぞきたり。
飾れる部屋部屋
我が知らぬ西洋の怪しき玩具と
銀紙のかがやく星星。
我れにも欲しく
我が家にもクリスマスのあればよからん。
耶蘇教の家の羨ましく
風琴おるがんの唱歌する聲をききつつ
冬の夜幼なき眼めに涙ながしぬ。

     青空文庫より

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●自転車で買い物に出かけたものの、年寄りのくせに片足ケンケン乗りをしたもんだから、足がひっかかってバランスを崩し転んでしまった。
自転車での転倒は今年になって3回目だ。

左膝裏の脂肪腫の違和感があるから、ゆっくり慎重に乗っているつもりだが、乗り降りの段階で転ける。

いつのときも軽い打撲で大事に至らずに済んで良かったが・・・
私は見た目よりそそっかしいので、先日もバスに乗るときに乗降ステップで左足の脛を打ち大きな青あざを作った。

●@niftyよりの重要メール
infowebドメインが終了とのこと。
@niftyが1999年11月1日にInfoWebと統合した後も、それまでのinfowebユーザーはinfowebドメインのメールアドレスを使用することが出来た。
まあ私も20年以上もinfowebドメインにお世話になったわけだが、これで終了になると思うと寂しい気持ちになるものだ。
さてこれからが変更の一仕事だ。
・メールソフト、@niftyWEBメールの設定変更
・知り合いへのメール変更通知
・各種サイトのメール変更
殆どの登録をinfowebドメインでやっていたので・・・だんだん気が遠くなってくる。

●カテエネが二段階認証になった
先日の早朝のこと、電気使用量と先月分の料金を調べるために「カテエネ」サイトにログインしたら、「認証コード」を通知する電話がかかってきた。
早朝のことで何事かと思い、受話器をとったら「認証コード」の通知だった。
なんでも不正ログインによる不正なポイント交換申請が行われたためのセキュリティ強化策らしい。
メール連絡が来たらしいが、送信者で削除してしまうことが多いので読んでない。

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2019年12月 8日 (日)

サンタクロース

これは2000年に拙ホームページ「オクターブ」 に書いた記事である。
クリスマスにふさわしいので再録してみる。

Momi 去年のクリスマスイブのことです。

一通の手紙が私の元に届きました。

差出人は「San」となっていました。

???・・・いくら考えても、Sanに記憶がありません。

不審に思いながらも、手紙に添えられた美しい幻想的な教会の写真とバックミュージックの「ルドルフ・ザ・レッド・ノーズド・レインディア(赤鼻のトナカイ)」に心が浮き立ったものです。

今日、それを取り出して読んでみました。

手紙には、1898年9月21日ニューヨーク・サン新聞「社説」にのった実際の記事が書かれていました。

この記事を、わざわざ私に送ってくれたSanとは、きっとサンタクロースに違いありません。

今日、再びSanからの手紙を読んで、サンタクロースの存在を強く確信しました。

サンタクロースは、本や良いお話の好きな私に粋な贈りものをしてくれたのですね。

決して豪華な贈りものではないけれども、どこかミステリアスな素敵なお話と、寒くて暗い冬の夜に映える教会ともみの木の幻想的な写真に、遠い昔の子供の頃に戻って、うたかたの夢を見ました。

サンタクロースを見た人は、ほとんどいないでしょう。

でも、私のお友達に、小学校の4年生からサンタクロースと親戚になった人がいます。

親戚になってからは、時々お話するとか・・・

人それぞれのサンタクロースがあるのですね。

ほら!

真っ赤なお鼻のトナカイさんが・・・ソリをひいてやってくる。

耳をすませてごらん!

そりの音が聞こえてくるでしょ。

1年にたった一回のクリスマスはもうすぐそこ。

サンタクロースから、どんな贈り物があるのかな?

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きしゃさま
あたしは、八つです。
あたしの友だちに、「サンタクロースなんていないんだ。」っていっている子がいます。
パパにきいてみたら、
「サンしんぶんに、といあわせてごらん。
しんぶんしゃで、サンタクロースがいるという なら、
そりゃもう、たしかにいるんだろうよ。」
と、いいました。ですから、おねがいです。 おしえてください。
サンタクロースって、ほんとうに、いるんでしょうか?
                    バージニア=オハンロン
                    ニューヨーク市西九五丁目一一五番地

Keisen

バージニア、おこたえします。
サンタクロースなんていないんだという、あなたのお友だちは、まちがっています。
きっと、その子の心には、いまはやりの、なんでもうたがってかかる、
うたぐりやこんじょうと いうものがしみこんでいるのでしょう。
うたぐりやは、目にみえるものしか信じません。
うたぐりやは、心のせまい人たちです。
心がせまいために、よくわからないことが、たくさん あるのです。
それなのに、じぶんのわからないことは、みんなうそだときめているのです。
けれども、人間が頭で考えられることなんて、おとなのばあいでも、子どものばあいでも、もともとたいそうかぎられているものなんですよ。
わたしたちのすんでいる、このかぎりなくひろい宇宙では、人間のちえは、
一ぴきの虫の ように、そう、それこそ、ありのように、ちいさいのです。
そのひろく、またふかい世界をおしはかるには、世の中のことすべてをりかいし、すべてを しることのできるような、大きな、ふかいちえがひつようなのです。
そうです。バージニア。
サンタクロースがいるというのは、けっしてうそではありません。
この世の中に、愛や、人へのおもいやりや、まごころがあるのとおなじように、サンタクロース もたしかにいるのです。
あなたにも、わかっているでしょう。
世界にみちあふれている愛やまごころこそ、あなたの まいにちの生活を、
うつくしく、たのしくしているものなのだということを。
もしもサンタクロースがいなかったら、この世の中は、どんなにくらく、さびしいことでしょう!
あなたのようにかわいらしい子どものいない世界が、かんがえられないのとおなじように、サンタクロースのいない世界なんて、そうぞうもできません。
サンタクロースがいなければ、人生のくるしみをやわらげてくれる、子どもらしい信頼も、詩も、ロマンスも、なくなってしまうでしょうし、わたしたち人間のあじわうよろこびは、ただ 目にみえるもの、手でさわるもの、かんじるものだけになってしまうでしょう。
また、子どもじだいに世界にみちあふれている光も、きえてしまうことでしょう。

サンタクロースがいない、ですって!
サンタクロースが信じられないというのは、妖精が信じられないのとおなじです。
ためしに、クリスマス・イブに、パパにたのんでたんていをやとって、
ニューヨークじゅうの えんとつをみはってもらったらどうでしょうか?
ひょっとすると、サンタクロースを、つかまえることができるかもしれませんよ。
しかし、たとい、えんとつからおりてくるサンタクロースのすがたがみえないとしても、それがなんのしょうこになるのです?
サンタクロースをみた人は、いません。
けれども、それは、サンタクロースがいないというしょうめいにはならないのです。 この世界でいちばんたしかなこと、それは、子どもの目にも、おとなの目にも、みえない ものなのですから。
バージニア、あなたは、妖精がしばふでおどっているのを、みたことがありますか? もちろん、ないでしょう。だからといって、妖精なんて、ありもしないでたらめだなんてことにはなりません。
こ世の中にあるみえないもの、みることができないものが、なにからなにまで、人があたまのなかでつくりだし、そうぞうしたものだなどということは、けっしてないのです。
あかちゃんのがらがらをぶんかいして、どうして音がでるのか、なかのしくみをしらべることはできます。
けれども、目にみえない世界をおおいかくしているまくは、どんな力のつよ い人にも、いいえ、世界じゅうの力もちがよってたかっても、ひきさくことはできません。 ただ、信頼と想像力と詩と愛とロマンスだけが、そのカーテンをいっときひきのけて、まくのむこうの、たとえようもなくうつくしく、かがやかしいものを、みせてくれるのです。
そのようにうつくしく、かがやかしいもの、それは、人間のつくったでたらめでしょうか?
いいえ、バージニア、それほどたしかな、それほどかわらないものは、この世には、ほかにないのですよ。

サンタクロースがいない、ですって?
とんでもない!うれしいことに、サンタクロースはちゃんといます。
それどころか、いつまで もしなないでしょう。
一千年のちまでも、百万年のちまでも、サンタクロースは、子どもたちの心を、いまとかわらず、よろこばせてくれることでしょう。

        (フランシス=P=チャーチ)

         <1898年9月21日 ニューヨーク・サン新聞「社説」より>

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2019年12月 7日 (土)

薄い一冊の追悼文集

昨日に続き宮沢賢治のことを書いておこう。

草野心平がいなければ、私たちは宮沢賢治の名前さえ知らなかったであろう。

生前の賢治の作品をひたすら評価していたのは草野心平ただ一人だった。

草野心平の呼びかけによる「同人誌の追悼号」をきっかけに賢治の作品が公開され、今も私たちの目に留まっているばかりではなく、彼の作品が多くの研究者によって無限のヴァリェーションを作り上げている。

賢治が最後の仕事としていたのは東北砕石工場の技師として製品の改造、広告文の起草、製品の注文取り・販売などで、東奔西走していた。
そんななか病床に臥し、肺炎での死を覚悟したのが35歳である。

遺言のつもりで書いたのが「雨ニモマケズ手帳」だ。

賢治は無名の詩人で37歳という若さで死んだ。
死んだときには新聞で知らされることもなく、草野心平によって詩人仲間に知らされるのみだった。

没後、草野心平の企画による同人誌の追悼号で、多くの詩人が寄稿した。
追悼する人は賢治とは直接かかわりのない人がほとんどであったし、生前の彼の作品についても、さほど読んでいない人達だった。

熱烈な賢治ファンだった草野心平が、同時代の有力な詩人たちに追悼記事を頼んで功を奏した。

多くの詩人たちによる「付き合い追悼」だったにもかかわらず、決して手をゆるめることなく、全身全霊で賢治をたたえて追悼記事を書いた。
追悼文を書いた詩人たちは、賢治の生前の詩を精読して初めて絶賛したのだ。

宮沢賢治が広く世に出て、絶賛されるようになったのは、同時代の詩人たちによる薄い一冊の追悼文集による。

Denden

当ブログの2019年5月 8日 (水)2019年8月25日 (日)、2019年10月 5日 (土)にも宮沢賢治関連記事を書いているので参考までに。

2019年12月 6日 (金)

神保町の古書店街

ここ数年は足を運んでいないが、船橋の弟妹のところに出掛けた時に時間に余裕があれば神保町の古書店街を歩く。

津田沼から総武線で水道橋駅に出て、徒歩で神保町の古書店街を一軒一軒覗いて回るのが好きだ。

――文学系、古典系、歴史系、思想・宗教系、洋書系、美術系、自然科学系・・・と、それぞれの店が特徴を持っている。

いつの時もそうだが、目当ての本があるわけでもない。
あらかじめ下調べをして行くわけでもなく、その場で目にしたものの中から興味を注がれたものを数冊購入する程度のこと。


「雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ」の宮沢賢治は、この神保町を図書館代わりに故郷花巻に情報を送ったという。
写真で見る賢治は、疲れた中折れ帽をかむり、よれよれのコートを着て、泥だらけの靴でうつむいていて、土ばかりを見ている印象だが、貧しさから東北農民を開放するために、渦高く積まれた本の中から情報をあさったのだろう。

――なるほど、神保町は世界一の古書店街と言われるだけある。
膨大な資料がある。

詩を書く人なら知っていると思うが、『ユリイカ 詩と批評』がある。
数年前、その「1972.08 (vol.4-09)宮沢賢治未発表資料」を購入した。

●未発表詩作品「薤露青」(かいろせい)、天沢退二郎校注解説
これは、下書として鉛筆で書いたものを消しゴムで消した状態であったが、全集の編集作業で判読され、今では詩集「春と修羅第二集」に収められている。
下に「薤露青」全文を引用しておく。

●未発表童話作品「グスコーブドリの伝記 下書稿」入沢康夫校注解説

賢治の生前に雑誌に発表された作品の下書きであり、昭和20年8月10日、空襲を受けた花巻市にあって、賢治の生家も類焼という火難をくぐりぬけた、関連未発表資料、図版が載っている。
「薤露青」の薤露とは、らっきょうの葉っぱの上にたまった露のことで、人の命のはかなさのメタファーであり、亡くなった妹への挽歌の意が込められている。

一六六 薤露青 
                    一九二四、七、一七、

みをつくしの列をなつかしくうかべ
薤露青の聖らかな空明のなかを
たえずさびしく湧き鳴りながら
よもすがら南十字へながれる水よ
岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
銀の分子が析出される
  ……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
    プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
    ときどきかすかな燐光をなげる……
橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは
この旱天のどこからかくるいなびかりらしい
水よわたくしの胸いっぱいの
やり場所のないかなしさを
はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
そこには赤いいさり火がゆらぎ
蝎がうす雲の上を這ふ
  ……たえず企画したえずかなしみ
    たえず窮乏をつゞけながら
    どこまでもながれて行くもの……
この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた
わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや
うすい血紅瑪瑙をのぞみ
しづかな鱗の呼吸をきく
  ……なつかしい夢のみをつくし……

声のいゝ製糸場の工女たちが
わたくしをあざけるやうに歌って行けば
そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が
たしかに二つも入ってゐる
  ……あの力いっぱいに
    細い弱いのどからうたふ女の声だ……
杉ばやしの上がいままた明るくなるのは
そこから月が出ようとしてゐるので
鳥はしきりにさわいでゐる
  ……みをつくしらは夢の兵隊……
南からまた電光がひらめけば
さかなはアセチレンの匂をはく
水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
灰いろはがねのそらの環
  ……あゝ いとしくおもふものが
    そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
    なんといふいゝことだらう……
かなしさは空明から降り
黒い鳥の鋭く過ぎるころ
秋の鮎のさびの模様が
そらに白く数条わたる

地面を見つめ、土を思い、なお且つ東京で街頭布教をしていたとういう賢治は、独身のままで37歳の生を全うし、文壇から消えていった。
「薤露青」を読めば読むほどに、彼への憐憫の情が胸奥にひろがる。

Den30

2019年12月 5日 (木)

Evernoteの記録から

1991年に文部省が打ち出した大学院重点化政策によって、大学院生が2000年には2倍の20万人にも増えた。
文科省の中央教育審議会大学分科会による「大学院在学者数の推移(表2)」を見ると平成28年度の大学院学生は 249,588 人となっている。

大学院を出ての研究職はすごい職業だと思う。
一般的には院生→ポスドク→助手→助教授→教授のようだが、教授など正規の研究者のポストは限られていて、実際に研究者になるには気の遠くなるような道のりのようだ。

今年の1月「九州大学 ある“研究者”の死を追って」と題した記事が『NHK NEWS WEB』に掲載され気になっていた。
Evernoteに保存しておいたが、リンク先がまだ生きていたのでリンクしておく。

Den40

桜ばかりが賑わったが・・・

「桜を見る会」ばかりがメディアを賑わしたが、最大の焦点である、日米貿易協定(FTA)の承認案が4日の参院本会議で成立し、来年1月1日に発効する見通しになった。

勿論「桜を見る会」問題も民主主義の根幹を揺るがす深刻な問題である。

当ブログの2019年11月17日 (日) 、2019年11月18日 (月)にも関連記事を書いたが、日米貿易協定(FTA)は今後の日本における国民の命と健康、暮らしにかかわる重大な協定だ。
それを国民にきちんと説明もないまま、国民の目に触れない形で可決したのは言語道断だ。

今回の野党の振る舞いは、政治的取引で与党に加担してしまったと言っても過言でない。
あくまでも、審議に応じないとの強い姿勢で対応してほしかった。

以下、長周新聞からのリンク

桜でフェイクし日米FTA承認へ 加担する野党の欺瞞的振る舞い メディアもなんら報道せず

社会2019年12月3日

 安倍政府は12月9日に会期末を迎える今臨時国会で日米貿易協定(日米FTA)承認案を成立させる構えだ。4日の参議院本会議で可決、承認の予定を組んでいる。当初から安倍政府にとって今臨時国会の最重要課題は、トランプから突きつけられていた来年1月1日発効を死守するための日米FTA承認だった。不可解なのが野党側の対応で、「桜を見る会」問題を最優先課題にして日米FTA承認案を通すことに加担した結果になっている。

 今臨時国会は10月4日に召集されたが二閣僚の更迭問題などで空転し、衆院本会議で審議入りしたのは10月24日、本格的な質疑が始まったのは11月6日だった。さらにその2日後の11月8日の参院予算委員会で「共産党」の議員が「桜を見る会」問題をとりあげてからマスメディアは一斉にそれに飛びつき、明けても暮れても「桜」一色の報道となった。

 その間に11月13日には自民、立憲民主、国民民主3党の国会対策委員長会談がおこなわれ、その場で日米FTA承認案を11月19日の衆院本会議で採決する日程で合意した。採決すれば与党多数で衆院通過は明白だった。

 その点について立憲民主党の安住国対委員長は11月19日の野党共同会派の代議士会で、「日米貿易協定の承認などが本会議の議案だが、やはり最大の課題は総理の“桜を見る会”の数多くの疑惑だ。総理自身からの明確な説明を引き続き求める」「貿易協定を参院に送らないと首相が答弁に立つ機会がなくなる」とのべ、安倍首相を参院本会議で追及するための「苦肉の策だ」と訴えた。「桜を見る会」疑惑について安倍首相に直接説明させるために、日米FTA承認案の衆院通過を容認したというのだ。

 これを受けて政府・与党は11月20日には「日米貿易協定承認案の成立は可能」として、臨時国会の会期延長をしないことを決めている。公明党も「日米貿易協定承認案が参院で成立すれば、会期延長はない」との見解を示した。

 与野党の野合ともいえる状況のもとで11月19日、承認案は衆院を通過し20日参院に送られた。

 日米FTA承認案の審議を議題とした11月20日の参院本会議では、質問に立った立憲民主党や「共産党」の議員は、「質問に先立ち」として「桜を見る会」についての発言に質疑時間の半分以上を使ったのをはじめ、その後も野党議員は重要問題をそっちのけで「桜を見る会」を巡る発言に終始し、売国的な日米FTA承認案については対決姿勢をとらなかった。

 立憲民主党は、「桜を見る会」の追及を最大の焦点と位置づけ、「安倍首相出席の予算委員会の開催を要求しているが、与党がそれに応じないため、首相が出席する参院本会議で追及する」という口実で、日米FTA承認案可決に与している。

 そもそも日米FTA発効は日本国民にとっての必要性はまったくない。交渉妥結を焦っているのはトランプで、環太平洋経済連携協定(TPP)離脱後、農業団体から日本市場でカナダやオーストラリア、EUなど農産物輸出国との競争に差が出ると突き上げられ、来年11月の大統領選挙で農業票を逃してしまう危機にある。

 安倍政府は当初は「アメリカ抜きのTPPは意味がない」といい、次には「アメリカに復帰を促すためにTPP11を締結する」といい、あるいは「日米FTAを回避するためのTPP11だ」ともいっていたが、トランプの圧力に簡単に屈して二国間の日米FTA交渉に合意した。

 国民の目をごまかすために「日米FTA」ではなく「日米TAGだ」ともいっていたが、今やその呼称もなかったことのようになっている。野党側も「日米FTAはやらない」といっていた安倍政府の責任を追及しようともしない。さらにメディアもこぞって日米FTAを巡る問題については黙殺を決め込み、なんら報道しないのが特徴である。

 安倍政府も野党も、さらにメディアも含めて、トランプの大統領選再選のために全面的に協力している姿が浮かび上がっている。

Den20

2019年12月 4日 (水)

OECDのPISAの結果

義務教育修了の15歳を対象とするOECD(経済協力開発機構)のPISA(学習到達度調査)の結果が発表された。
世界79の国と地域から日本の高校1年生を含む60万人の子どもが参加。

対象となる調査は「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」「読解力」の三分野の到達度を国際比較するもの。
結果、日本は数学的リテラシー6位 、科学的リテラシー5位、読解力15位。
過去の日本のランキングについては、2019年10月24日 (木)のブログに載せたから、参考までに。

今回の結果について、OECDは次のように分析している。
「日本は数学的リテラシーと科学的リテラシーは、引き続き世界のトップレベルを維持している。読解力は、平均より高得点のグループに位置するが、前回より平均得点・順位が統計的に有意に低下。」

社会経済文化的背景の水準が低い生徒群ほど、習熟度レベルの低い生徒の割合が多い傾向は、他のOECD加盟国とも同様に見られる。

ところでPISAの特徴としては(「PISA型学力についてのノート」からの引用)

①知識や技能を実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかどうかを評価。学校カリキュラムには関わらない。

②図表・グラフ・地図などを含む文章(「非連続型テキスト」という)が重視され、出題の約4割を占める。

③「選択式」を中心にしながらも「自由記述形式」の出題が約4割を占める。

④記述式では、答えを出すための「方法や考え方を説明する」ことが求められる。

⑤読解力として、「情報の取り出し」・「解釈・理解」・「熟考・判断」、そして自分の「意見を表現する」ことが求められる。
 テキストの「内容」だけでなく「構成や形式」についても問われる。

ここからから言えることは、PISA調査では知識量よりも、主体的に考えて問題を解決していく能力が求められているわけだ。

学校で教わったことを丸暗記の知識量だけでは、社会に出たとき何ができるのか・・・?
教育方針を変えるなりして、真剣に考えなければグローバル時代に対応できない。

文部科学省は、今回の結果について「読解力の低下については、重く受け止めている。要因の分析を詳細に行うとともに、新たな学習指導要領により、教育の質の向上に取り組みたい」とコメントしているが、児童・生徒の学力問題を云々することもさることながら「勉強すれば、誰でも報われる」そんな常識が通用する方向で子供たちを導いて欲しい。

日本の教育がベネッセ漬けにされ、子どもを育てるという教育が置き去りにされることのないように願うばかりだ。

Kuri1  

2019年12月 3日 (火)

玩人喪徳 玩物喪志

中国古代の歴史書「書経」の中に『玩人喪徳(がんじんそうとく)玩物喪志(がんぶつそうし)』という一節がある。
『人をもてあそべば徳を喪い、物をもてあそべば志を喪う』と読む。

意味は、他人を侮り、いい加減に扱えば自分の徳を失う。事物をもて遊んでいれば本来の志を見失ってしまうこと。

これは、臣下の者が帝王に対して戒めとして述べたものだ。

これだけ安倍政権の不祥事が続く中、総理の側近で総理を教戒する人がいないのは安倍さんにとっても不幸だ。

Den70

昨日、安倍総理がようやく参院本会議に出席したが、「桜を見る会」の招待者名簿について、官僚の作文を無表情で読み上げていた。
核心 部分は「内閣府のPCはシンクライアント方式なので削除したデータの復元は不可能である」というものだ。

シンクライアント方式なら履歴が全てサーバーに残っているはずだ。
日付と時間を指定すればそのまま再現は可能。

クライアント側で削除したつもりになっていても、それはクライアント側からの見かけだけ。
一般的にはサーバー側では、いろいろな方法でデータが残るようになっている。
完全に消し去るにはサーバー側に特殊な操作を加える必要があるが・・・。

これで幕引きにさせない、野党議員には徹底的に追及して欲しい。

「いつまで桜をやっているのか・・・揚げ足取りだけで無能な野党に、国民は愛想尽かす」と言っている人もいるが、不祥事があるたびに文書の改竄や破棄、これは国のそして民主主義の根幹を揺るがす深刻な問題である。

このまま臨時国会が終了しても、年初からの通常国会に持ち越せばいい。

Den50

街中で飛び交った新語流行語

もう12月。

今年のはじめに一年の計を立てようと思った。
それが明日へ明日へと引き伸ばしているうちに、なぜかもう12月になってしまった。

決して、怠惰な生活を送っているわけではないが、あれよあれよと一年が過ぎようとしている。

時の流れというものは実に速いものだ。
同時に世相も速い勢いで変化しているわけで、その激しさに付いていくのは、なかなかしんどい。

Hirokouji

昨日(12/2)『ユーキャン流行語大賞』が発表された。

●「ONE TEAM」が「年間大賞」ということだが、私はスポーツ音痴だからラグビーのテレビ中継も観ていなし記憶にない。

●「軽減税率」については、その目的が「日々の生活における負担を減らすためで、消費者が生活に最低限必要な物については、消費税率が据え置かれる。」というものだが、実際は何がどうなっているのかわかりにくい。

レジでレシートに出てきた額を、考えもせずに払っている。(なんだか慣らされてしまった感がある)

こんな話がある。
吉野家の牛丼は店内で食べるか、持ち帰りかで値段が違う。
ところが「松屋」や「すき家」だと、どちらでも同じ。
ハンバーガーはと言えば、「モスバーガー」と「ロッテリア」が別価格。
「マクドナルド」は統一価格。

●「タピる」
最初、何のことか全くわからなかったが、タピオカを飲んだり食べたりすることらしい。
タピオカブームは不況のシグナル?
平成バブルが崩壊している最中にタピオカブーム。
リーマンショックが発生した2008年にタピオカブーム。

●「令和」
『これまでの元号は全て中国古典、漢籍に由来するものだったが、今回は初めて日本で記された国書「万葉集」に収められた「梅花の歌三十二首并せて序」が典拠となった。』とあるが、ネットで指摘されているのは張衡「帰田賦」(文選)が本来の出典であり、ルーツは中国だというもの。

万葉集の梅の歌は、後漢の詩人張衡の「田に帰る賦」にある「仲春令月、時和し気清し(仲春のよき月に、時は調和し気は清らかに澄んでいる)」に近い。
万葉集の文章は、おそらく張衡「帰田賦」(文選)の「仲春令月、時和し気清し」を踏まえて詠まれているというものだ。

●その他の受賞語
・計画運休
・スマイリングシンデレラ/しぶこ
・#KuToo
・○○ペイ
・免許返納
・闇営業

●選考委員特別賞として
・「後悔などあろうはずがありません」(鈴木 一朗 さん)

野球音痴の私でも、天才イチローの存在は知っているし、誰もが認める野球界の大功労者。
このイチローがまた凄いところは、国民栄誉賞を3度も辞退しているところだ。

2001年の時は「まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら現役を引退した時にいただきたい」
2004年には「今の段階で国家から表彰を受けると、モチベーションが低下する」としている。
2019年3月の引退発表後、政府の打診に対して「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます」との返答で3度目の国民栄誉賞辞退をした。

どこかのインタビューで言っていたが「国民栄誉賞は王貞治さんのような品格があって受け取ることが出来るもので、自分にはそれがない」と。
街中で飛び交っている新語流行語とは言え、「タピる」とか「#KuToo」「スマイリングシンデレラ/しぶこ」など、自分の興味の行き届かない情報には疎いということがわかった。

Oasisu

 

2019年12月 2日 (月)

事実に基づくことを書くにしても

昨日はモンテーニュの『随想集』の中から「ラ・ポエシ」の中の一遍の詩を取り上げた。
そのモンテーニュは『随想集』の巻頭で、

「ここにあるものは、もっぱら私の持って生まれた能力の試しに他ならない」と書いている。

知識や体験のひけらかしではなく、事実に沿う事柄の羅列でもなく、あるものや事や体験に即して考え、己の生に深く触れた時、それをエッセイと呼べばいいのだという。

どちらも事実に基づくことを書くにしても、日記とエッセイとは違う。
朝日カルチャーセンターで物書きの勉強をしていた時、故 清水信先生には「どちらも自由な形式で書けばよいが、日記は読み手を意識せずに毎日の出来事や感想などを記録する。エッセイは人に公開することを前提として書く。」と教わった。

ところで私のブログだが、他人の目に触れるという前提だからエッセイのつもりで書いている。
したがって、ついつい肩に力が入ってしまう。

文章の語尾を「である」調で統一していることもあって、時々は「男性」と勘違されるが、肩に力が入った表現だかだろうか・・・。

肩の力を抜いてリラックスした姿勢と、緊張した精神は相容れぬみたいだが、エッセイを書く時にはその両方が必要なのだろう。

Kuri

2019年12月 1日 (日)

歩み続けて止まることはない旅そのもの

2階の一番日当たりのいい部屋で、本を読んでいたら眠くなって来る。
べットに入って一眠りと思ったが、今読んでいる個所が心に強く響いた。
このま放っておいたら、なかなか読む機会がないので、メモ帳に書き止めてみた。

Img_china

「私の文学論―旅と死の発想による」(著者:大島一郎 出版社: 中部日本教育文化会 1988)の中の、目次、五『漂泊と文学』で取り上げている
モンテーニュの『随想集』の中から「ラ・ポエシ」と題する一遍の詩だ。

あたかも 流れる小川のなかに

水絶ゆることなく 相つぎ

永遠の一路を ゆくがごとし

来る水あれば 去りゆく水あり

これなる水は あれなる水に

押されつつ また越えつつ ゆけども

つねに水は 水のなかを 流れゆくなり

そは常に 同じ 川瀬にして

流るる水は 常に 新たなリ

著者の大島氏も書いているが、鴨長明の『行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にはあらず』(方丈記)が重なってくる。

芭蕉も「 おくのほそ道」の中で
『舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅をすみかとす。』

『月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり』

と、万物は常に変わるという考えで眺めている。

月日というものは永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、この世のありとあらゆるものは、変化していくという考え方だ。

ギリシアの哲学者ヘラクレイトスが存在するものに対して唱えた「万物流転(この世の中に永遠に変わらないものなんてないんだ)」を裏付けている。

Bungakuron

「ロン・ヤス関係」で思い出した

中曽根元首相とレーガン元米大統領は「ロン・ヤス関係」にあった。
中曽根元首相が亡くなって、ふと思い出したのがレーガン元米大統領のこと。
彼が亡くなったのが2004年6月5日、政治的な功績はもとより、アルツハイマー病を告白した時のことが、私には強い印象として残っている。

1994年のことである。
レーガン元米大統領の勇気ある告白が報道された。
告白の原文をコピーし、雑文のフォルダーに入れておいた。
それが出てきたので、ここに載せておく。
私は英語が苦手だから「Google翻訳」サービスを利用して何とか訳してみた。

Nov. 5, 1994

My Fellow Americans,

I have recently been told that I am one of the millions of Americans who will be afflicted with Alzheimer’s Disease.

Upon learning this news, Nancy and I had to decide whether as private citizens we would keep this a private matter or whether we would make this news known in a public way.

In the past Nancy suffered from breast cancer and I had my cancer surgeries. We found through our open disclosures we were able to raise public awareness. We were happy that as a result many more people underwent testing.

They were treated in early stages and able to return to normal, healthy lives.

So now, we feel it is important to share it with you. In opening our hearts, we hope this might promote greater awareness of this condition. Perhaps it will encourage a clearer understanding of the individuals and families who are affected by it.

At the moment I feel just fine. I intend to live the remainder of the years God gives me on this earth doing the things I have always done. I will continue to share life’s journey with my beloved Nancy and my family. I plan to enjoy the great outdoors and stay in touch with my friends and supporters.

Unfortunately, as Alzheimer’s Disease progresses, the family often bears a heavy burden. I only wish there was some way I could spare Nancy from this painful experience. When the time comes I am confident that with your help she will face it with faith and courage.

In closing let me thank you, the American people for giving me the great honor of allowing me to serve as your President. When the Lord calls me home, whenever that may be, I will leave with the greatest love for this country of ours and eternal optimism for its future.

I now begin the journey that will lead me into the sunset of my life. I know that for America there will always be a bright dawn ahead.

Thank you, my friends. May God always bless you.

Sincerely,

Ronald Reagan



勇気ある告白から (1994年11月)    

1994年11月5日

私の仲間のアメリカ人、

私は最近、私がアルツハイマー病に苦しむ何百万人ものアメリカ人の一人だと言われました。

このニュースを知って、ナンシーと私は、私たちがこれを個人的な問題として扱うか、それとも私たちがこのニュースを公開するかを決めなければなりませんでした。

過去にナンシーは乳がんに苦しんでいて、私はがんの手術を受けました。私たちはオープンな開示を通じて、一般の人々の意識を高めることができました。結果として、より多くの人がテストを受けたことを嬉しく思いました。

彼らは初期段階で治療を受け、通常の健康的な生活に戻ることができました。

だから今、私たちはあなたとそれを共有することが重要だと感じています。私たちの心を開く際に、これがこの状態のより大きな認識を促進することを願っています。おそらく、それによって影響を受ける個人や家族のより明確な理解を促すでしょう。

今は気分がいいです。私は神がこの地球上で私に与えてくれた年の残りを、私がいつもしてきたことをして生きるつもりです。私は人生の旅を愛するナンシーと私の家族と共有し続けます。私は素晴らしいアウトドアを楽しみ、友達やサポーターと連絡を取り合う予定です。

残念ながら、アルツハイマー病が進行するにつれて、家族はしばしば重い負担を負います。この痛みを伴う経験からナンシーを救う何らかの方法があればいいのにと思います。時間が来たら、あなたの助けがあれば、彼女は信仰と勇気を持ってそれに立ち向かうと確信しています。

あなたがたの大統領として仕事をすることができたことは私にとって、とても大きな名誉でした。主が私を家に呼ぶとき、それがいつであろうと、私たちの国のこの国への最大の愛とその未来への永遠の楽観をもって去ります。

私はいま、人生の日没へと続く旅にでます。私はアメリカにとって常に明るい夜明けがあることを知っています。

友よ、ありがとう。神がいつもあなたを祝福してくださいますように。

心から 

ロナルド・レーガン

Turi1

『私はいま、人生の日没へと続く旅にでます』と、自らを「アルツハイマー型痴呆」であるという、レーガンアメリカ元大統領の勇気ある告白に衝撃と感動を覚えた。

「アルツハイマー型痴呆」・・・脳の神経細胞が急激に減る、あるいは脳細胞の質が変化するために起こるもので、誰でもなり得るという。
七十歳以上の老人に多く見られるが、時には四十五歳くらいの、働き盛りにも現れることがあるというから「油断大敵」といっても過言ではない。
脳細胞の減少や、質の変化は、脳細胞そのものの死滅に通じ、回復不能ということだ。

今のところ、アルツハイマー型認知症を元の状態に戻す治療法がなく、症状の進行を遅らせる薬、不安、妄想、不眠などの症状を抑えるための薬による治療が中心ということだ。
あとは、本人が快適に暮らせるよう、家族や介護者の負担を軽くすることが大切になる。(相談e-65.net参照)

我々の老いは確実にやってくる。
白髪が増え、顔の皺が増えるといった外的な老化現象と共に、テレビに映っている芸能人の名前を思い出せなかったり、物の置き場所を忘れてしまったりする――この程度のことは「年のせいで少々ボケたかな」と、一笑に付してしまう。

痴呆症も、ボケ程度に止めておけないものか・・・。

それにしても、レーガンアメリカ元大統領は、人生の日没までを妻のナンシーレーガンさんや家族の愛に支えられて、世界の人々に感動と勇気を与えた。

Osidori 

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