2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年11月30日 (土)

お寺の境内にあった鬼柚子

昨日11月29日に公開した記事「大根炊き」で、メイン記事の下に添付した画像『お寺の境内にあった花柚子』は、柚子名が間違っていたので『お寺の境内にあった鬼柚子』と修正し、新たな情報を追記して本日再度更新する。

今日、お寺で鬼柚子を頂いてきた。
鬼柚子というのは、文旦の一種で非常に大きく、肌がボコボコで鬼の顔のようにも見えるところから名が付いたようだ。
実入りが大きいから「千客万来の縁起物」と言われている。

肌が粗野でも柚子特有の色合いと芳香がよい。
肌の一部にナイフで傷をつけて部屋に飾ると、香りが一層引き立つ。

Oniyuzu

正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」は余りにも有名だが、子規は実際に大の柿き好きだった。
いや、柿どころか果物全般に好きだったようで、「くだもの」という随筆まで書いている。

「大きな梨ならば六つか七つ、樽柿ならば七つか八つ、蜜柑ならば十五か二十位食うのが常習であった。田舎へ行脚に出掛けた時なども、普通の旅籠の外に酒一本も飲まぬから金はいらぬはずであるが、時々路傍の茶店に休んで、梨や柿をくうのが僻であるから、存外に金を遣うような事になるのであった。病気になって全く床を離れぬようになってからは外に楽みがないので、食物の事が一番贅沢になり、終には菓物も毎日食うようになった。毎日食うようになっては何が旨いというよりは、ただ珍らしいものが旨いという事になって、とりとめた事はない。その内でも酸味の多いものは最も厭くて余計にくうが、これは熱のある故でもあろう。夏蜜柑などはあまり酸味が多いので普通の人は食わぬけれど、熱のある時には非常に旨く感じる。
〔くだもの『ホトトギス』第四巻第六号 明治34・3・20〕青空文庫より

子規が書いているように、私も夏蜜柑が大好きで家の庭に夏蜜柑の木があったほどだ。
(下の画像2枚)
その木も今は枯れてしまったが、つい数年前までは生っていた。
特に熱のある時には柑橘類を好んで食べたくなるものだ。

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