2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

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2019年11月20日 (水)

銀杏の老木

庭に銀杏の老木がある。
数年前までは、この銀杏の木にギンナンがたくさん生った。

毎年、9月の終わりから10月の中旬にかけて、黄色に実ったギンナンがそれはそれは落ちたものだ。
落ちたギンナンはネット袋に入れ、穴を掘った庭に2~3週間ほど埋めておくと果肉が腐る。
あとは水洗いすれば、きれいな実が取り出せる。
この作業もかなり手間が掛かる。

Ginnan
↑1本の老木から、これの3倍ほども収穫できていた。

ギンナンは、家の庭に落ちるだけならまだしも、塀の向こうの歩道にまで落ちるから始末が悪い。
歩道を通る人や自転車で踏まれたギンナンは、哀れにもひしゃげた実を露にして、次から次へと踏み潰されていく。
潰されたギンナンは異臭を放ち、果肉がアスファルトにへばり付き、その掃除に手を焼いたものだった。

そんなこんなもあって、思い切って太い枝を何本も切り落としたのが数年前。

あれ以来、銀杏の木にギンナンは生らなくなってしまった。
拾った後の始末や歩道の清掃に手間を取られることもなくなったが・・・

以前、知り合いとの会話の中で、銀杏の木の話が出た。
銀杏の木は人間と同じくらいに大切な生命が宿っているから、大切にしないといけない、という話を聞かされ少々気になっている。

毎年のように枝を落としているから、実が生らなくなったのは当然と言えば当然だが、長年続いていたことが中断するとなると、なんとなく気になるものだ。

80年以上にはなるだろうこの銀杏の老木は、他の庭木は絶えても、生き長らえていることを思えば、人間の生命と変わらない生命力がある。
交通量の多い所にある我が家の庭で、スモッグや車の振動の中で生きのびるのは、容易なことではなかったはずだ。
長年の苦闘により、かなり痛々しい異形の姿になっているが、太い枝を切られた以後も樹勢はなお盛んで、次から次へと枝をつけている。
この木がもしかしたら、じっと立って私を見つめているのかもしれない…… 

Photo_20191120155001

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