2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年11月12日 (火)

歳月が経てば、記憶も薄れる

オウム真理教幹部による坂本堤弁護士一家殺害事件から、この11月4日で30年になるとのニュースがあった。
事件からこれだけの歳月が経てば、人々の記憶も薄れてしまっていると思う。

オウム真理教の事件は多くの犠牲者を出し、世界中に衝撃を与えただけに、日本の社会は教団の解体に徹底的な方向を示してきた。
破防法の適用棄却という流れがあったものの、宗教法人は解散させられ、破産宣告によって教団組織は解体した。

オウムの引き起こした事件の実行犯13人の死刑執行が昨年(2018年)7月6日朝、教祖の麻原彰晃を先頭に、そのご信者6人が次々と執行された。
7月26日には、残る信者6人の死刑執行。
事件に関与した当事者はすべて死んでしまい、これで一応の決着がついたというものでもない。
全容解明には、まだまだ疑問が残る。

元々はヨーガ教室としてはじまった集団で、個人の精神的な救済を求めて集まった人達だ。
それぞれの分野で専門知識を持ち、常識を備えていたはずの信者達が、あのいかがわしい風采の麻原の影響を受け、テロリストへの道を歩まなければならなかったのは何故か。
今一度、その背景に目を向けてみる必要があるのではないか。

本の断捨離後、手元に残した本の中に宗教学者・島田裕己著『宗教の時代とは何だったのか』(講談社)がある。
坂本堤弁護士一家殺害事件から30年になるとの報道を耳にして、再読した。

そこには、外側からだけオームを見ている我々の批判の目とは違ったものが見えてくる。
ものごとを理解するときにはプラスの面、マイナスの両面から考える必要がある。
ルポ・ドキュメンタリーにありがちな内部の暴露や批判の面だけでは本質は見えてこない。

過去にヤマギシ会の思想に共鳴して、メンバーとして共同体で生活してきたという著者の体験は、自身への反省や批判を込めてオウム事件を真剣な眼差しで見ている。
異質の共同体の中では、そこに住む人々は社会一般の日常生活から切り離され、その中に染まってしまうということだ。
オウム信者達も、まさにその通りだろう。

オウムは終末論を掲げていた。
知的な若者達をひきつけたのは、終末を回避し、自分達が生き延びることにより、新しい理想の社会を実現し、ひいては人類の救済に繋がるというイメージだ。

世界資本主義という体系のなかでランク付けされる社会に批判的な彼らにとっては「自分が変われば世界が変わる」のである。

オウムの修行により意識変容の体験を「私はそこに初めて個人の意識変容が静かに社会全体を改革していく通路を発見したように感じました」と、東大の大学院で文化人類学を学び、オウムの在家信者となった坂元新之輔は語っている。
 
著者島田裕己は、オウム真理教を擁護したとして世間から批判を浴び、大学での職を追われた経緯から、当事者として「私にも、アカウンタビリティがある」とし、オウム真理教の背景を詳しく書いている。

その考察は、単に教団の崩壊にとどまらず、日本人の心の危機にまで迫る。
1997年の発刊だからちょっと古いが、とにかく分かりやすい。


(註)アカウンタビリティ:説明する責任Photo_20191112191901


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