2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

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2019年10月 5日 (土)

読書感想『なめとこ山の熊』宮沢賢治

単調な生活リズムの中で、惰性的な日々を繰り返していると新鮮な感動を覚えることからも遠のいてしまう。
たまには何かに感動することがあっても、自分ではそれを表現するすべを持たない。

表現できなければ、単に自分の中に埋もれさせているだけだ。
これは才能の問題だろう。

しかし、文学の中で自然や人生の美について書かれているものを手にすると、自分の中にある美的意識を代弁してくれるようで新たな感動が湧いてくる。 

宮沢賢治の童話『なめとこ山の熊』の中で、熊達は熊捕り名人の小十郎によって捕らえられ殺される対象になった。
小十郎にとっても、気性の激しい熊が両手を振りかざしてくれば命がけだ。
熊と小十郎が、獲り獲られる敵対関係にあるのは必然的なこととはいえ、その間の交流が何とも美しい。
「小十郎はもう熊のことばだってわかるやうな気がした。」とあるが、後に2匹の母子熊が風に淡い月光の中で、向こうの谷を見詰めながら会話をする場面の伏線になっている。
その描写がまた美しい。

「どうしても雪だよ、おっかさん谷のこっち側だけ白くなってゐるんだもの。どうしても雪だよ。おっかさん。」
「雪でないよ、あすこへだけ降る筈がないんだもの。」
「だから溶けないで残ったのでせう。」
「いゝえ、おっかさんはあざみの芽を見に昨日あすこを通ったばかりです。」

こうした母熊と小熊のたわいない会話が続くが、この光景を眺めていた時の小十郎は「まるでその二疋の熊のからだから後光が射すやうに思へてまるで釘付けになった」と、深い感動を受けたのだろう。
母熊と小熊、それを感慨深く見守る小十郎、この三者が一体となったこの光景は、先に引用した「小十郎はもう熊のことばだってわかるやうな気がした。」という言葉が、いかに見事な伏線になっているかがわかる。
隙あれば、いつでも撃ち捕ることの出きるこの母子熊を撃ち捕るどころか、小十郎はその場を静かに去った。
熊の言葉がわかるのは、熊と小十郎の間に精神の交流があるということだ。

この幻想的な美しい光景に続いき、現実の厳しさへと場面は転換する。

町へ毛皮と肝を売りに行ったときの、みじめな小十郎だ。

荒物屋の主人に買い叩かれ、うれしくてわくわくしている小十郎には、富める者が貧しい者にする搾取とごまかしについての本質がわかっていない。

しかし、作者宮沢賢治は「けれどもこんないやなづるいやつらは世界がだんだん進歩するとひとりで消えてなくなって行く。僕はしばらくの間でもあんな立派な小十郎が二度とつらも見たくないやうないやなやつにうまくやられることを書いたのが実にしゃくにさわってたまらない。」と、鋭い口調で書き添えている。

小十郎は熊を捕り殺して、その肝と皮を売って年老いた母と5人の子供を養っていかなければならない。
熊を捕ったのも生活の為であり、捕りたくってとったわけではない。

そんな小十郎に対して「なめとこ山あたりの熊は小十郎をすきなのだ。」
小十郎が目を光らせて鉄砲を構えると「大ていの熊は迷惑そうに手をふって、そんなことをされるのを断った。」
小十郎が殺したのは、気の激しい熊だけで、両手を振りかざして小十郎に向かってきた時だけだ。
現に「二年目にはおれもおまへの家の前でちゃんと死んでゐてやるから。毛皮も胃袋もやってしまふから。」と命乞いをした熊を殺さなかったが、物言わぬ熊が擬人化されて、小十郎に話し掛けている。
そんな小十郎も、最後には大熊にやられた。
「おゝ小十郎おまへを殺すつもりはなかった。」と言う大熊。
「これが死んだしるしだ。死ぬとき見る火だ。熊ども、ゆるせよ。」と、熊に詫びる小十郎。
獲り獲られる関係で、両者が生き残ることは難しい。
悲しい運命の世界だ。
なめとこ山の熊たちは、小十郎の死を悼んで祈るように小十郎の死体を囲んでいつまでもいつまでも動かなかった。
美しい場面、それは風景であり人間と熊という異質のものとの精神の交流である。

『なめとこ山の熊』 宮沢賢治全集第九巻/筑摩書房)
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