2011年4月23日24日の気仙沼

  • Img_3342_1
    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

« 再び木梨憲武展 | トップページ | 惜夏 »

2019年10月 9日 (水)

命の長さ

知り合いが亡くなった。
73歳だった。

「人生100年時代」と言われる今、73歳というのは若死だというのだろか?

人間の運命は早いか遅いかの違いがあるものの、誕生と同時に必ず死を迎える。

死はいずれ誰にもくる当たり前のことと思っても、死者の年齢に関係なく身近の人を失うのは悲しいに違いない。

一方で他人は、人の死の悲しみの度合いを、生の期間を尺度として表現したがる。

若い人や子供が死ぬと「お若いのにお気の毒なことで」「可愛そうに・・・神様はなんて無情なんでしょう」と、言いたがる。

人の運命はそれぞれであって、命の長さは物指しで計れるようなものではない。

それが長かろうが短かろうが、それだけの生であり、それだけの死であったと理解するのもいいのでは。

「最初の呼吸が死の始めである」(イギリスの神学者トーマス・フラーの言葉 )

Gandera

« 再び木梨憲武展 | トップページ | 惜夏 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 再び木梨憲武展 | トップページ | 惜夏 »