2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年9月 4日 (水)

愛犬の死

下の句は良寛が愛し、書にしたためたほどの漢詩。

君看双眼色(きみみよ そうがんのいろ)
不語似無憂(かたらざれば うれいなきににたり)

(訳)その目を見てごらん
   何も言わなければ憂いなど無いようにみえるだろう。

これは江戸時代の臨済宗の僧であった白隠禅師の句であるが、元はといえば、鎌倉後期の臨済宗の僧・大燈国師の「千峯雨霽露光冷(せんぽうあめはれて ろこうすさまじ)」という句を受けて作られた連句のようなものだ。
そうなると白隠禅師の句の解釈も違ってくるが、今日は、その辺りを素通りで、次のように情緒的な解釈をしておく。

何も言わないのではない。
語れないほどの深い悲しみがあるからこそ、その瞳は澄みわたり光り輝いている。
それは、悲しみの涙を流したあとの輝きである。


今朝がた、0:25に飼い犬のミニチュアダックスフントの方が旅立った。
16年目に入ったところだった。
老衰で2日ほど前から水しか飲まなくなり、昨日はゲージから出て何処に行こうとしたのか、途中で力尽き横たわったままだった。

犬自身、死の予感が確実なものとなったのか、別れを惜しむように見守る家族の目をじっと見つめる。
これが末期の目というのだろうか・・・。
死出の旅に出る前の輝きのようなものを感じた。
そして、最期は静かに眠っているままの感じで事切れた。

Koro_0007 

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