2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年8月

2019年8月31日 (土)

尾畠さんのボランティア活動から

九州北部を襲った豪雨で、長崎県、佐賀県、福岡県ではボランティアセンターが設置されている。
中でも被害の大きかった佐賀県では一般からの参加者が増えているという。
ボランティア活動に参加する場合の服装とか、飲み物、弁当を持参すること等の細かい注意事項も付け加えPRしていた。
組織としてのボランティア機関はあると思うが、それだけでは、とても追いつかない復旧作業のようだ。

数年前、山口県で行方不明の男児を発見し「スーパーボランティア」として注目を集めた尾畠春夫さんも、駆け付けたということで、被災地で汗を流して作業されている姿をテレビで拝見した。

79才という年齢にもかかわらず、テキパキと動かれる尾畠さんの姿は被災された方々に悲惨な現状から這い上がる勇気を与えたことと思う。
尾畠さんは「少しでも、下を向いている方に前向いてもらったり、上に向いてもらって、白い歯をチラッとでも見せてもらえたらいいかなと思って」と話されていた。

他人のために、無償で自ら進んで手を差し伸べるというのは、勇気のいることだと思う。
いついかなる時でも、困っている人があれば飛び出していく尾畠さんのその行動力に、ただただ、頭が下がる。

それに比べ、セコイ政治家のなんと多いことか。
ついこの間(8/28)は、外国人労働者の在留資格取得を巡る「口利き」疑惑が週刊文春で報じられたことを受け、厚生労働政務官 を辞任した自民党の上野宏史衆院議員は、当初、体調不良で雲隠れしていた。
東京都内の人材派遣会社が在留資格を申請した外国人に関し、法務省に問い合わせる見返りに一件あたり2万円の金銭を求めた問題だ。

上野議員は報道を否定したうえで、政策への不信感につながるとして辞任したが、本人のコメント発表のみで、明確な説明もせずに辞任するのは看過できない。
今回の上野議員の件は、マスコミの報道が殆どないのも異常だ。

大臣という政治的影響力を背景に公選法違反の疑いで経産相を辞任した小渕優子衆院議員の件や、UR(独立行政法人都市再生機構)をめぐる口利きワイロ事件で経産相を辞めた甘利明衆院議員など、自民党はいつもこのパターンで逃げ切り、問題をうやむやにしてしまう。

「人の噂も75日」というが、 私は決して忘れてはいません。

本来なら、志を抱く政治家でなければならないが、私腹を肥やす政治屋のなんと多いことか。
政治屋さんに、尾畠春夫さんの爪の垢を煎じて飲んでもらいたい。

Kama

2019年8月30日 (金)

猿もアルコール中毒

かなり古い本だが、『おもしろい心理学』(乾 孝著/ワニ文庫)の中にあったおもしろい話。

サルにアルコールの味を覚えさせ、限りなく与え続けると死ぬまで飲み続けるという。

眉を吊り上げて泣き叫び、手足が震え、アルコール中毒の人間同様に幻覚や幻聴をきたすそうだ。


これも古いニュースだが、2015年のAFP通信が配信した世界ニュースの中に、実際こんな話がある。

チリの首都サンティアゴで生活しているフサオマキザルのニコラスもアルコール中毒になった1匹だ。

小売店主に飼われたニコラスは、牙を抜かれるなどの虐待を受けていた。

その上に、飼い主の自己満足のためにタバコや酒の味を覚えさせられ依存症になった。

その後、リハビリセンターで適切な治療を受けた結果、本来の猿に戻ったという。


サルは考えることができないから自分の量をわきまえることができず、「ここらで止めておこう」という調節ができないわけだ。

その点、人間は考えることができるので、自分の最適とする量までに控えることができる。

心うきうきで、ちょっぴり饒舌になり、ほんわかとピンクの染まった顔は、私の一番映えるとき・・・。

アルコール中毒の猿がお酒を取られるGIF画像

via GIFMAGAZINEより

 

2019年8月29日 (木)

湿気が多く蒸れるような残暑の中

早朝から、夫がジグソーや電気ノコギリを使って庭の手入れをしている。

なんでも、秋が深まるにつれて落ち葉が庭を荒らし、庭掃除に手間がかかる・・・と、風情のない話。

雑木の伐採や剪定をしてくれるのは良いのだけど、どんどん切っているから庭はゴミだらけで、その片付けを私がする羽目になった。

切った枝を、さらに細かくしてゴミ袋に入れる作業が、結構きつい。

おまけに今日は湿気が多く蒸れるような残暑で、日陰に移動しながらの作業で4時間ほどかかった。

作業を終えて家の中に入りシャワーを浴びていたら、途端、めまいと嘔吐がきた。

昼食もとらず3時まで昼寝を取ったら治まったが、これが熱中症というものだときづかされた。

Hikone

2019年8月28日 (水)

目からうろこ取り器

「目から鱗が落ちる」

なんて言うけれど、鱗が落とせるものなら落としてみたい。
分からないことが多すぎて、それを探ることばかりにエネルギーを費やしている。
若いうちなら失敗も挽回できるけれど、
老いてからでは・・・
老いてからでは・・・

物ごとの本質はそう簡単には見えるものではないと思うけど、目に映るものなら映し出してみたい。
自分がエネルギーを費やしていることの本質はなんだろうか。
「目からうろこ取り器」とかいう道具があって、それを使うとあらゆる本質が見える。
そんな道具があるといい。

湾曲した歯ブラシの柄の先に、半球の透明ガラスのついた「目からうろこ取り器」というのはどうだろうか。
使い方は、「目からうろこ取り器」を片目にかざしてゆっくり上下に揺する。
案外、邪念が取れて本質が見えてくるのかも・・・と、おバカさんの私。

Karisou

2019年8月27日 (火)

アフォリズム

齋藤緑雨という名前を知ったのは、朝日カルチャー柳橋教室が名駅南のガーデンビル6階にあったころのこと。
物書き教室で講師の清水信先生にアフォリズムについて習ったときである。

その時のノートには次のようにある。

アフォリズムを一言でいうならば「凝縮し、省略した短い文章で、人生の真実を表現した作品」となる。
以下、アフォリズムと他との違いを簡単に言うと、

・ことわざには故事来歴(ストーリー)があるが、アフォリズムには社会や時代(批判精神)がある。
・格言は善意の(甘い)人生訓、アフォリズムは辛口の人生訓。
・一行詩は個人への呼びかけの気持ち、アフォリズムは万人向きの論。
・短詩型文学の基盤は叙情や写生、アフォリズムの基盤 は現状把握と批判再建。

(見本として齋藤緑雨アフォリズムを清水信 訳)
・昔のちょうちんも持ちは、前に立って暗闇を案内したが、今のちょうちん持ちは人の尻について歩くだけ。

・真実、誠実、堅実、確実。これらの言葉は「実」の活用形にすぎなくて、実態の乏しいものである。

二つとも、まさに言い得て妙だ。
上の二つを真似てアフォリズムを自分で作ろうと試みたものの、難しくってとてもできない。
真実を言い当てながら歯に衣を着せぬ物言いで、面白く表現するのは非常に困難なのだ。
世の中に対しての批判精神は旺盛に持っているにしてもだ。

もっぱら、斎藤緑雨のアフォリズムを読んで、私の求めているものに通じるところがあると、妙に納得してほくそ笑んでいる。

6/12のブログにも書いた斎藤緑雨のアフォリズム(警句)について再び

〇われは今の代議士の、必ずや衆人が望に副へる者なるべきを確信せんと欲す。衆人曰く、金がほしい。故に代議士は曰く、金がほしい。
(「眼前口頭」より)

( 現在の代議士には、人々の望みを実現する 覚悟のある人間であって欲しい。ところが人々の望みときたら『金が欲しい』である。それ故に代議士の望みも『金が欲しい』となるのだ。)

〇按ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡《しうくわ》敵せずと知るべし。(「青眼白頭」より)
  【衆寡:多数と少数。筆:文筆活動、⦅夢とか希望⦆。箸:日常生活⦅現実⦆。】

(思うに筆は1本である、箸は2本である。少数のものが多数のものと争っても勝ち目はないことを知っておくべきだ。どんなにいい文筆活動してよりも、今日を生き抜く生活上の必要の方が強い。)

一本の筆は所詮二本の箸には勝てない。
筆は夢(希望)、箸は生活(現実)。
けれども人間の抱くロマンは、それに向かっていってこそ花開くのだ。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
『緑雨警語』(中野三敏編、冨山房百科文庫)の発刊が1991年。
発表から130年近くに至っても、色褪せない緑雨のアフォリズムは、現代社会に生きるわたしたちに勇気と希望を与えてくれる。

Sannzennin

2019年8月26日 (月)

異種

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トノサマガエルのオスの前脚にある指瘤を婚姻瘤と言うそうだ。
ここでメスを抱きしめて産卵するように刺激を与えるのと、抱擁する場合の滑り止めであるようだ。
繁殖はオールシーズンにあり、メスでなくとも近づくものすべてに抱接し、射精するとか・・・。
種が違えば色々、といったところだ。

玄関のドアノブにカエルがとまっていた。
トノサマガエル?小型のウシガエル?アマガエルではない。

今日は旧暦7月26日 二十六夜 、月齢25 。

・江戸時代に、旧暦7月26日に月の出るのを待って拝む「二十六夜待ち」という行事が行われた。
月光の中に弥陀・観音・勢至の三尊が現れると言い伝えられていた。
 
8/23の処暑を過ぎて、暑さも峠を越した。
昨日あたりから、朝方はタオルケットだけでは冷える。
暦の上ではもう秋だ。

Matuzaka

 

2019年8月25日 (日)

腐って雨に流される

あっちもこっちも
ひとさわぎおこして
いっぱい呑みたいやつばかりだ
羊歯の葉と雲
世界はそんなにつめたく暗い
けれどもまもなく
そういうやつらは
ひとりで腐って
ひとりで雨に流される
あとはしんとした青い羊歯ばかり
そしてそれが人間の石炭紀であったと
どこかの透明な
地質学者が記録するであろう
(草野新平編『宮沢賢治詩集』「政治家」より)

いかにも地学者・宮沢賢治らしい世相を風刺した詩だが、これは今の時代にも通ずるものがある。
加計学園問題、スパコン企業の助成金詐欺事件、リニア中央新幹線の関連工事をめぐって不正入札など、安倍友"絡みの不正が醜悪極まりない。
そこに議員・自治体・業者が利権にたかっているのだから何をか言わんやだ。

東京五輪は、誘致の段階でIOCの実力者に現金を渡して買収したし、挙げればきりがないほど利権の塊であることが明らかになっている。

公共事業口利きの見返りが、政治家に流れているという話はよくあるが、かつて、首相による国の私物化がここまで行われたことはなかった。
なぜここまで公然とできるのか不思議だ。

「今だけ、金だけ、自分だけ」という『三だけ主義』の政治がエスカレートして、政治家は国民の方を向いていない。
ああ!なんとも情けない発想だ。
こういう話は、政治家や政治の世界に限られるものではないだろう。

この21世紀、そういう情けない発想は腐って雨に流される・・・そう願いたい。

Kakukilyou  

2019年8月24日 (土)

二十答法

社会心理学の研究に「二十答法」というのがある。
アメリカの心理学者クーニとマックパーランドが1954年に考案した20答法「Who am I?」というものだ。

❶自分自身を見つめる❷自分に改めて「気づく」❸他人との比較(他人の長所に気づく)❹「Who am I?」を再記入する❺自分をプラス思考に見直す。
上の❶~❺の順に自分を見直していく方法。

日本語でやってみる。
❶私は(    )である。(    )の中に自分に関することを20個書き出す。
 趣味、特徴、長所、特技、願望、家族関係、友人関係など、初対面の人に自分を紹介するつもりで書く。
 いい言葉ねっと>いい言葉>心理テスト>20答法
 ↑このサイトで実際に書き込んでいける。

ちなみに私の場合

①私は運動が苦手である。
②私は76歳である。
③私は主婦である。
④私は子供は息子が一人である。
⑤私は孫4人である。
⑥私は占いが好きである。
⑦私は心理テストのようなものが好きである。
⑧私はA型である。
⑨私は好奇心旺盛である。
⑩私は凝り性である。
⑪私はビールが好きである。
⑫私は読書が好きである。
⑬私は創造性が豊かである。
⑭私はマイペースである。
⑮私は心配性である。
⑰私は気まぐれのところがある。
⑱私は思いやりがある。
⑲私は楽天家である。
⑳私は飽きっぽいところがある。

自分のイメージでも20もあげるとなると、相反するものが同居している。
凝り性なのに飽きっぽい、占い好きなのにマイペース、心配性である割には楽天家・・・こんな感じで矛盾が出てくる。

❷20個書けたら、「私は何者か?」(Identity)を考える。

❸4~5人のグループを作り、他の人の書いた「20個の私」と、自分の書いた「20個の私」を比較し、他人の良いところを探す。

❹Who am I?」を再記入する。(❸で見つけた他人の良いところと、自分との共通点を考えて参考にする)
❺私を見直す。(ポジティブな姿勢にもっていく)
       
本来なら4~5人のグループで行い、他人を知り、自己の理解を深めていくものだと思うが、自分一人でテストしてみた。

自分を見つめなおしたとき、20もの特徴をあげるのは難しかった。
そうは言っても、私が持っている自分のイメージには、この20以外にもいろいろある。
私以外の人が私を見ても明らかに分かる客観的なイメージもあれば、私にしか分からない内面、主観的なイメージもあるわけだが、それを分析
し、本来の自分を知るのは難しい。

まあ、こんな結果が出ても専門家にカウンセリングをしてもらうわけでもないし、この年になって自分を変えようとも思わないから、認識程度でいいのかな・・・。 

Ptlb

2019年8月23日 (金)

雷鳴

今朝のこと、遠くの方で雷鳴が聞こえた。

飼い犬のトイプードルは吠えまくっている。
もう一匹のダックスフントの方は、ウロウロと落ち着きなく動きまわっている。

ダックスフントの方は、今年で16年目の老犬だ。
最近では体力的にもかなり衰弱していて、近寄っても気がつかない程に聴力が低下している。
・・・そんなダックスフントが、遠くの雷に反応しているのだから摩訶不思議。

この不思議をググって、得られた結果は次のようなもの。

犬の耳は優れていて、「人聞が聞こえる距離の4倍遠くの音が聞こえる」その上、「人間は毎秒2万サイクルまでの音しか聞こえないけれど、犬は4万サイクルという超高音まで聞ける」ようで、人間の耳には聞こえない遥か遠くの雷を察知するらしい。
さらに

①犬は鼓膜で気圧の微妙な変化を知ることも出来るし、空気中の静電気にも反応する。
②雷には静電気や気圧やオゾンなど、物理的には取り除くことが難しいものが多い。

いずれにしても、犬は人間よりシャイで、身に及ぶ危険を体の細部でキャッチ、反応するということだ。

・稲妻に悟らぬ人の貴さよ(芭蕉)
稲妻を見て、そこから無常を悟った気になっているような人より、単なる自然現象として見ているだけの人の方が、実は悟りに近い貴さを持っているという意。

芭蕉のこの句には、次の前文が付いている。
・ある知識ののたまはく、「生禅大疵の基」とかや。いとありがたく覚えて
誰か知り合いのお坊さんから「生半可な修行で悟ったつもりになっている禅僧なんて大きな過ちのもとだ。」 という話を聞いた芭蕉が詠んだ句。

Mikasasou

2019年8月22日 (木)

眠りの世界

ハヴロック・エリスの『夢の世界』(藤島 昌平 訳)の冒頭に「眠りには眠りの世界がある」とある。
眠りの世界とは、意識のあるうつつの世界と対応する夢の世界である。
自分の体験したことや願望が、時空を超越して再現される世界である。

普通の眠りの発現の座は脳幹にあるが、眠りの世界(夢)にある時は、脳幹での統御が弱まって、身体と脳が勝手に活動する。
したがって、倫理とか社会性といったものは度外視しされ、記憶がでたらめにはじき出される。

と、以上を頭に入れて数日前に見た夢の披露。

私は一つのネオンの下で足を止め、地下のバーに通じる階段を降りようか迷っていた。
そんな私に一人の男が声をかけてきた。
「ねえ君、海底にある楽園へ行ってみない?」
気分が塞いでいたときだけに、男の言うまま素直に地下に向かう階段を降りていった。
男の開けたドアの先は、熱帯魚の泳ぐ大きな水槽のあるバーだった。
男は私のためにカンパリ・オレンジを注文してくれた。
そして「この夕焼けのオレンジを飲み干せば、君、そこは楽園だよ」と言った。

どうしてこんな夢を見たものか、それは今考えてもわからないが、細胞の隅々までオレンジに染まったようで寝汗をかいて胸が絞るような気がした。

眠りの世界、「夢は水面に浮かぶ月影のようなものだ」と、夢に関する本に書かれていたのを記憶しているが、じっと見ている分には、くっきりと浮かんでいるものの、それをつかもうとすると崩れてバラバラになってしまう。
夢とは、そういうはかないものかもしれない。
人は通常、一晩のうちに4~5回の夢見を経験するそうだが、その殆どを覚えていなかったり、思い出すことが出来ないのは、毎朝、飛び起きないといけないほどにあわてて起きるからかもしれない。
夢見から覚めた時に、じっとした状態で夢を思い出す方向に自分の気持ちを持って行けば夢は思い出されるのだが・・・。

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2019年8月21日 (水)

「地球温暖化ヒステリー」

地球温暖化と言い習わしているが、それが本当に起こるのだろうか?
温暖化の人類に及ぼす影響が、いつどのような形で現れるか、さまざまな議論がされている。

昨日は、グラスの中の水に浮かせた角氷実験のことを書いた。

氷が固体の水であるので、それが作り上げる水のボリュームを溶かすときは、それが元々置き換えたボリュームと正確に等しいという基礎的な実験から、北極の海氷が溶解しても海面の増加にならない。
しかし、南極の場合は低い陸地の上に氷床が覆っていて、固体の対象が水の中に置かれた状態とは違うという話だ。

ズブの素人な私が基礎的な実験を根拠に地球温暖化問題へと、単純に考えを膨らませていたに過ぎない。
私の手元にある『謎の科学30理論』(見えない大学編集 ユニバース出版)に、倉橋乙彦(テラフォーミング研究家)という人の興味深い文章が載っていた。

「人間活動が地球を温暖化させている」という地球温暖化については、今や誰でもがそれを信じて疑わないが、果たしてそうなのか・・・。

このような書き出しで、温暖化の議論が科学的でなく、いかに政治的で社会現象的であるかの根拠をあげ、これを「地球温暖化ヒステリー」の現象だという。

元々人間は、集団ヒステリーを起こしやすい動物だ。

例えば、宗教団体の言動、あるいは他の民族を憎むことによって燃え上がる愛国主義やナショナリズム、弱いチームしかないのに熱狂するサッカーファン等々、個人の知的な理性を離れたところでの集団的なヒステリーを起こしている。

この集団ヒステリー現象がひとたび発生すると、誰もが一方の側からの証拠や報告しか受け入れなくなってしまい、他の正当な情報があっても、大脳の前頭葉に届く前に捨てられてしまうのが特徴らしい。

この本では「温暖化の議論が科学的でない」という証拠を、いろいろな側面から見た例で挙げられているが、数字的なデータ-は実感としてわかないから、追加的にあげてあった点を要約するとつぎの2点だ。

◎南極の氷は溶けない。

・数年前に提出されたイギリスの氷河学者リック・フローリックの「氷と温暖化について」の報告書では、近年の南極の氷は厚みを増しており、グリーンランドの氷は平衡状態(変化なし)で推移している。 
また北欧のスカンジナビア半島の氷河も厚みを増している。
    
・南極は非常に寒く、氷床の平均温度はマイナス40℃ということだし、もし温暖化が本当に起こっているとして2~3度上昇しても、依然マイナス37℃から38℃であり、溶け出すわけがない。
それどころか、気温が上昇すると海水の蒸発が増え、大気中の水蒸気が増大してたくさんの雪を降らせる。
これを信じるならば、世界が水没するという予想とはまるで正反対だ。
        
◎今の地球はむしろ寒すぎる。

・恐竜が1億5000万年にも渡って大繁栄した中世時代には、地球大気中の二酸化炭素は今のように0.03%でなく0.3%で、平均気温も今より10度も高かった。
この数値を見るだけでも、今の地球は相当に温度が低い。

・恐竜は爬虫類の一部から進化した動物であり、寒さには弱いはずだが、化石がカナダ北西部やそれより北の極地から発見されていることは、当時の地球が今より温暖だったことを示している。
・恐竜の大繁栄には、当然のことながら餌である植物がなくてはならない。
少なくとも恐竜が絶滅する今から6500年前の地球は温暖で、植物や動物の生存しやすい気候だったと言える。

・これに比べたら現在の地球は相当に寒冷であり、これ以上温度が下がると植物や動物、人間の生存が脅かされる恐ろしい世界になる。
もし寒冷化が起こると、北海道では今のサファリンの気候になり、東北地方は今の北海道の気候になる。
世界の高緯度地方では、日常生活や経済活動が非常に困難になる。
穀物生産は世界的に激減し、何千万、何億の餓死者が出る。
その驚異は、温暖化で引き起こされる驚異などとは比較にならない。

           (『謎の科学30理論』見えない大学編集/ユニバース出版を参照)

この本を読んでいて、なるほどと頷ける点ばかりだ。
一方で、温暖化論者が主張する人為的な二酸化炭素によって地球温暖化が生じる、というのにも促される。

以前、市民講座で「環境公開講座」を受講したが、講師の先生が「地球温暖化議論は、政治的・経済的な面が誇張され過ぎている」と言われたのも、さもありなんと頷ける。

・・・ 何がなんだか訳がわからなくなってきた、というのが私の実感だ。

ヒステリーなら、時が来れば消滅する。
地球温暖化の予言が集団ヒステリーならば、10年、20年経ち、なお確かな科学的な証拠が出てこない限り、これまた消える運命にある。

とは言っても、ここのところの自然現象による災害は地球温暖化の影響なのか・・・。

Cafe0
              
 

2019年8月20日 (火)

グラスの中の氷

どんな水でも滴をこぼすことなく、グラスのトップに平になるように満たすのは難しい。
そこで一つの実験をしてみよう。

◎グラスの中に大きい角氷を入れ、上からグラス一杯に水を満たす。
グラスの中の氷は、時間が経つに従い溶けていく。
さてそこで、グラスの中の水位はどうなるか?

①氷が溶解して、水はグラスの上に溢れるようにして上昇するのか。
②氷が溶解しても水位は変わらずに、グラスのトップで平であるのか。
③氷が溶解することにより水位が下がり、グラスの水は少なくなるのか。

普通に考えれば、氷に水を加えると氷は上に浮いてくるので、氷溶解が水を加えることによって水位が上がり、グラスから水がこぼれるということになる。
しかし、科学的にみれば答は他にある。

固体の対象が水の中に置かれたとき、それは水自身の重量を置き換える。
氷が固体の水であるので、それが作り上げる水のボリュームを溶かすときは、それが元々置き換えたボリュームと正確に等しい。
氷が浮かんでいて、それが溶解する時の水位は上がりもしないし、落ちもせずで正確に同じのままで答えは②。

以上のことを頭において・・・
水位が上がり、多くの低地レベルの島々が消えると言われている地球温暖化について考えてみる。

上の科学的根拠に基づけば、氷が溶けても水位は同じままであると言える。
したがって、万一北極での海氷が溶けても、それは海面の上昇にはならないはずだ。
しかし、南極での南極大陸はそうはいかない。
それはオーストラリアの2倍、日本の34倍もの面積、1400万平方キロメーターの広大な土地に理由がある。
その面積の約98%は氷で覆われ、その厚さは平均2.00325kmに及ぶ。
言い換えれば、低い陸地の上に硬く固まった氷が乗っかっている状態である。

つまり、南極大陸の場合は水の中に氷が浸かっているのではない。
陸の上に固まった氷が乗っかっているのであって、固体の対象が水の中に置かれた場合とは異なるのだ。
南極大陸の氷床が、なんと世界の氷の90パーセントを占めているということだ。
それが全て溶けるとなると、海面がおよそ60メートル上昇すると見られている。そうなると大変だ。

ちょっと頭混乱(後日に続く)

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2019年8月19日 (月)

セミの鳴き声

言うまいと思いつつも、ついつい「暑い!」を連発している。
つい先日までは、アブラゼミやクマゼミの大合唱や鼻の詰まったようミンミンゼミの鳴き声が聞こえた。
ところが10号台風が去ったあと、セミの鳴き声がめっきり衰えてきた。
衰えたというより聞こえなくなった。
連日の猛暑と温気(うんき)ではセミも夏バテ気味なのか?

今、これを書いている最中に突然激しい雨が降り出した。
これで少しは涼しくなるはずだ・・・そう思っていたら、遠くの方で「チー……ジー……」とセミの鳴き声が聞こえる。
あれはニイニイゼミか、アブラゼミか、はたまたチッチゼミ・・・?

セミにも鳴く時期の順番があるそうで、おおよその目安は次のようだ。

・ニイニイゼミが7月の中旬から7月下旬 
・アブラゼミが8月の上旬から中旬
・クマゼミが7月の下旬から8月の上旬
・ミンミンゼミが8月の上旬から8月の中旬
・ヒグラシが7月の下旬から8月の中旬
・ツクツクボウシが8月の中旬から9月上旬
・チッチゼミは9月中旬以降
(「蝉の種類と鳴く順番!ハルゼミから秋のチッチゼミまで」を参照) 

芭蕉が山形の立石寺を訪れた時に詠んだ句。

閑(しずか)さや 岩にしみ入る 蝉の声(芭蕉)

この句の中のセミの声は、いったい何ゼミの声なのか・・・?
かつて文人たちの間で論争が起きたという。
芭蕉がこの句を詠んだのは、元禄2(1689)年の5月27日で、新暦でいえば7月13日。
その時期に鳴くのはニイニイゼミという結論で落ち着いたという。

そうなると、先ほど私が聞いたセミの声は時期的に違うのかな?
鳴き声を聞く限りヒグラシでもツクツクボウシでもない。
無論クマゼミでもない。
「チー……ジー……」と鳴いては、何かに憚るように小休止。
その繰り返しをしみじみと聞くと、あの鳴き声はニイニイゼミと思うのだが・・・。

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2019年8月18日 (日)

The Death Clock

自分が死ぬまでのカウントダウンをしてくれるサイトがある。
『The Death Clock』・・・何とも物騒な時計だが、自分の死ぬ時期をあらかじめ頭に入れておくのも損はないだろう。

英語サイトだが、上から順に
・生まれた日
・誕生月:
・生年: 
・性別
・モード: 
・BMI *
・喫煙状況

と、記入していけばよい。
*ボディマス指数(BMI)は下に、身長と体重を入力すると計算してくれるが、これはアメリカ式(フィートとLB)で記入することになっているので「オンライン カリキュレーター:身長・体重の変換」であらかじめ変換しておく。
modeはNormalでよい。


さて私だが、こんな結果が出た。

Your Personal Day of Death is...(死ぬ日)
Friday, March 25, 2022
Seconds left to live...(残り秒数)81,980,903
(8/18 17:00分現在)


あと3年もない(涙)。
それは、なんでも!それは、いくら何でも!(←こんなセリフ、誰かが言っていたなぁ~)

私も、昔の人なら死んでもおかしくない年齢。
それにしてもあと3年弱なんって悲しすぎだ。

いやいや、「当たるも八卦当たらぬも八卦」と言うではないか・・・。
当たる場合もあれば、外れる場合もあるわけで、自分がしっかりしていれば大丈夫。
しっかり健康管理をしていこう。

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2019年8月17日 (土)

クッキー缶

孫の誕生日祝いを買いに高島屋へ。
ちょっと買うのに大変な、カフェタナカのクッキー。
名古屋老舗珈琲店「カフェタナカ」のクッキー缶。

『「婦人画報のおかいもの お取り寄せアワード2018」ブランド賞を受賞した、人気実力ともに兼ね備えた、今話題のパティスリー』とか。

案の定、クッキー缶はすべて完売。
月に2回しか販売しないクッキー缶。

孫のリクエストは、「レガル・ド・チヒロ・ビジュ―・ド・ビスキュイ プティ プルミエ」というパステルカラーの可愛いミニ缶。
缶サイズが10.5cm×15cm×4.7cmというもの。
ちょうど弁当箱として重宝するサイズで、名付けて「カンカン弁当」と言うらしい。
このクッキー缶の次の販売が9/1だから、誕生日に間に合わない。

「レガル・ド・チヒロ・サレ&シュク」なら、次の販売は8/21。
これなら誕生日に間に合うということで、誕生日当日に届くように予約を入れた。
これも数量限定だから、すぐ完売とするらしい。
こちらは缶の大きさが、約20.5×15×H5.3cmで大き目。

予約して送り状を記入しているときに、朗報が・・・。
「ビジュ―・ド・ビスキュイ プティ プルミエ」の予約注文の本日受け渡し分が、一つダブっているので販売できるとのこと。
したがって、こちらも購入。
現物を持ち帰ることが出来たので、これは他の荷物と一緒に家から送ることに。

Cafetanaka

買い物を終えて冷たーいビールをと、「YEBISU BAR名駅店」に入った。
やっぱり、エビスビールは最高!
私の好みは黒ビール、「ヱビス スタウト クリーミートップ」
キンと冷えた、いつまでも消えないキメ細やかなクリーミーな泡。
これを呑んでこそビール。

Yebisu-bar

2019年8月16日 (金)

いろいろ

昨日は台風の影響で、満月を見ることができなかった。

今日の月は月齢は15.0、満月の翌日。

ここのところ暴落気味の株価。

前引け後と大引け後の12回送られてくる「東京株式ミニ市況」も、ここのところ続落で、優良銘柄がかなりの底値圏にある。

昨日は満月だったりして、今が買いのチャンスかなと思ったり・・・。

 

投資のアノマリーというのがある。

(はっきりとした理論的な根拠を持つ訳ではないものの、実際によく当たるとされる経験則)

例として

・月の満ち欠けによるアノマリー

    毎度書いているが、「満月の買い」「新月の売り」。

・タピオカ不況によるアノマリー

    タピオカブームが不況のシグナルで株価が下がる。

    平成バブルが崩壊している最中にタピオカブーム。

    リーマンショックが発生した2008年にタピオカブーム。


(昨日の記事の続き)

敗戦を境に、日本は政治的にも経済的にも大きく変わった。

この戦争では、多くの若者が学徒動員という形で戦争にかり出され、たくさんの命が失われた。

今は物に溢れ、欲しい物を手に入れるのも、大学に行ったり、留学したりするのも親掛かりの人が多い。

それを当たり前と思わず、ちょっと感謝の気持を思い起こしたい。

下記に掲げる文章は「東京大学戦没学生の手記」(『人生語録』/多久弘一著/鶴書房より)からである。

(原文のまま)
父母上様、親不孝者ノ自分デシタガドウカ御許シ下サイ。之カラ自分ハ親ニ孝養ヲ尽サウト思ッテイマシタガ遂ニ斃レマシタ。自分ハ貧シイ中ヨリ第八高等学校、東京帝大ヘ進マセテ頂キ常ニ感謝シテ参リマシタ。自分ハ学生時代カラ色々父母上様ニ御心配ヲカケマシテ之カラ孝行スル時代ニ入ラントスル時斃レルノガ残念デス。(中略)父母上様、去ル六日ノ原子爆弾ハ非常ニ威力ノアルモノデシタ。自分ハ其ノ為ニ顔面、背中、左腕ヲ火傷致シマシタ。然シ軍医殿ヲ始メ看護婦サン、友人達ノ心ヨリナル手厚イ看護ノ中ニ最後ヲ遂ゲル自分ハ此ノ上モナイ幸福デアリマス。

昭和二十年八月二十五日二十一時

父母上様      鈴木実

学徒動員でかり出され戦没したこの学生の手記から、孝行できないまま先に行く無念さが痛いほど伝わってくる。

戦争に対する批判や疑問を書かずに、負傷した体を手厚く看護してもらっている、と両親に一縷の安堵を書き添えるその心が痛い。

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2019年8月15日 (木)

終戦の日

今日は74年目の終戦記念日。
1945年(昭和20年)のこの日、日本は連合軍に無条件降伏し、太平洋戦争は終わった。
天皇陛下による玉音放送で、太平洋戦争における日本の降伏をラジオで全国民に伝えられた。
この時の私の年齢は2歳半だから、記憶は全くないが、その音声の一部をニュース等で聞くことがある。

日清日露の両戦争では勝利し、第1次世界大戦で不滅の日本だったはずが、完璧に敗北し終戦となった。
だから、終戦記念日、と言うよりも「記念日」を取り払って「終戦の日」とか、「敗戦の日」と言った方が相応しいような気もするが・・・。
私の周りには、戦争で父親を失った同級生もいたわけで、そうした遺族に対して終戦を記念する日と表現するのは、あまりにも非礼ではなかろうか。
勿論、亡くなった本人に対してもだ。
「記念日」という語感は、一種の喜ばしい出来事を記念する日であるような気がするから・・・。(私の屁理屈かな?)

 

政府主催で、令和最初の「全国戦没者追悼式」が行われた。

靖国参拝については、安倍首相は参拝を見送り、自民党総裁として私費で玉串料を奉納。
稲田朋美・党総裁特別補佐が代理で納めたという。
超党派のメンバー約50人も集団参拝したが、首相官邸で「結婚&妊娠」をツーショットで発表した、小泉進次郎も参拝組。
マスコミは、彼を次期総理として煽っているようで、今日の靖国参拝ニュースも彼を目立たせて報道している。
ルックスも良いし、歯切れのいい語り口で圧倒的な人気があるが、言っていることに中身がない。
それに彼は、「アメリカ側の意向が強く、CSISとの繋がりが深く、小泉・竹中ラインに繋がる」とは、山本太郎の弁。
つまり、米国の利益になる為の教育を受け、日本に戻って米国の為に働く政治屋ということだ。

いつのときも首相や閣僚の靖国神社参拝が賛否両論話題になる。
終戦記念日を、犠牲となった人たちのために純粋な意味で冥福を祈るのには誰とて異議はない。

何故、靖国神社参拝が問題になるのか。
・・・靖国神社は戦前に天皇の命令でつくられた軍が管轄する宗教的な軍事施設だった。
そこに天皇のための名誉な戦死を遂げた人たちの英霊が祀られているのである。
日本の軍国主義が台湾と朝鮮を植民地にし、中国を侵略、さらに東南アジアと南太平洋全域に広げる太平洋戦争まで突き進んだ。
結果、アジア全体で2千万人にものぼる犠牲者が出た。
この結果をどう捉えるかは個人の歴史的見方にもよるが、その反省の上に立った時、国家意思や国民を代表する立場にある為政者の歴史認識が靖国神社参拝で象徴されれば、朝鮮や中国、当時被害にあったアジアの国々やその国民が強く反発してくるのも理解できるし、やむを得ないかったとする日本の立場も理解できる・・・と、私の見解も曖昧なものだ。

いずれにしても、決してあの戦争を忘れてはならない。
そして、過去の過ちを二度とくり返してはならない。

今の平和と安全は、かっての尊い犠牲の上に成り立っているということを心しなければならない。

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2019年8月14日 (水)

台風

「芭蕉野分して盥(たらひ)に雨を聞く夜(よ)かな 」芭蕉の句である。

(現代訳)
 野分が吹き荒れ、庭の芭蕉(ばしよう)の葉を打つ雨風の音がしきりである。
家の中ではたらいを打つ雨もりの音がわびしく響いて、秋の夜のわびしさがひとしお身にしみることだ。

前書きに「茅舎ノ感」とあるから、深川の芭蕉庵での句。
天和元年(1681年)の作であることから、台風という言葉はなかったのでは・・・。

この句は、杜甫が茅葺の屋根を暴風雨によって吹き飛ばされた際に詠んだ「秋風破屋ノ歌」や、 蘇東坡の「朱光庭ガ喜雨に次韻ス」などの漢詩の影響を受けている。
芭蕉は雨音の中に、遠くの杜甫や蘇東坡が聞いただあろう雨音に思いを寄せ、それを噛みしめながら「わび」の詩情を詠っている。
(尾形 仂【編】芭蕉ハンドバック 参考)

のろのろと動きの遅い台風10号は、現在、種子島の東を北進中とか。
明日15日には西日本に接近・上陸するそうで、すでに西日本では雨風が強まっているとのこと。
今後、東海地方も大雨の恐れがあるようだが、お盆のUターンラッシュ時に重なり多くの人に影響が出ているようだ。

台風のような自然現象は人間の力で止められるものではない。
だからこそ、被害を最小限にとどめるめにも、早め早めの対応が必要だ。

今回の台風10号は「クローサ」というそうだ。
クローサの意味はカンボジア語で「鶴」。
以前にも書いたが、台風の名前は世界14か国で作る《台風委員会》がつけてるそうで、その加盟国が考えた140個の名前を発生順に付けていく。
140個台風が来て、141個目の台風がきたときは、最初の名前に戻る。

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三井寺 (園城寺) のクジャク

 

2019年8月13日 (火)

脳トレ

最近、物忘れは激しくなったし、頭の回転が遅くなった。
単純な計算を指折り数えながらやるのだから始末が悪い。
これも年のせいかも知れないが、諦めるにはまだ早い。
脳活のつもりで『30日で脳がみるみる若返る! 1日5分 朝の脳トレ習慣』(篠原 菊紀 監修/ナツメ社/¥950 )と、『1日3分でもの忘れ予防 毎日脳トレ! 計算ドリル366日』(篠原菊紀/西東社/¥1,080 )をAmazon で購入した。

・計算ドリルの方は、今のところ簡単な足し算、引き算、かけ算、わり算でスイスイできる。

・朝の脳トレ習慣の方は、一日目の「色読みテスト」でお手上げ状態に陥った。
色分けされた漢字を、漢字を読むのではなく色を読む問題。
変な先入観があって、ついつい漢字を読んでしまう・・・。

とにかく、毎日の繰り返しが脳を活性化させるわけで続けるに限る。

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脳神経科学者の池谷裕二さんの著書『脳の仕組みと科学的勉強法』によれば、脳の機能は忘れて当然だそうだし、方法記憶を利用して要領よく覚えれば忘れにくいということだ。

「九九」を小学生のときに暗記させられるが、10歳くらいの年齢では意味のない文字や絵、音に対しての記憶が発達している時期だから難なく覚えられる。
中学生になって論理的な記憶力が発達してきてからでは、「九九」を丸暗記するのは困難になってくるらしい。

丸暗記はその場しのぎで覚えたとしても、覚えた範囲のことにしか役立たないが、その根底にある論理や理屈を理解すれば、あらゆるものに応用できる。
つまり、方法を理解して記憶すれば忘れにくいということだ。

「九九」を例に取って次のようにある。
たとえば、「7×8」の場合を考えましょう。
私は「70-14」として56と答えが瞬時に出ます。
もしくは「40+16」でもよいでしょう。

この中には「10倍すること」「倍にすること」「半分にすること」の三つの方法が入っているわけで、お分かりかと思うが、7を10倍して7の2倍分を引けばよい。
もしくは「8×7」として8を10倍してその半分に8の2倍分をプラスしてやればよい。
とにかく三つの方法を知っていれば、「26×17」の場合も、26を10倍して260、それを半分にして130、26を倍にして52になり、「260+130+52=442」と瞬時に答えが出てくるわけだ。

記憶は脳の海馬で作られ大脳皮質に保管されるが、海馬に入った情報はフィルター掛けられて、命に関連しない情報は出来るだけ排除しようとするから、方法記憶を利用して如何に効率的に覚えるかが大切なわけだ。

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2019年8月12日 (月)

我が家の庭の蝉の鳴き声から

夕方、木陰で飼い犬と戯れていたら、セミの激しい鳴き声に犬が吠えている。
どこで鳴いているのかと、キョロキョロ見渡すと、庭のニセアカシアの木にとまっている蝉を見つけた。アブラゼミだ。
思わずスマフォでビデオ撮影。
撮影しながら、この蝉もあとわずかしか生き長らえないのかと思うと哀れだが、この元気な声からは、とてもとてもそんな儚さは伝わってこない。

芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」(奥の細道)は、かなり有名だが、他にも晩夏に蝉をうたった芭蕉の句が数句ある。

・梢よりあだに落ちけり蝉の殻(六百番俳諧発句合)
・いでや我よき布着たり蝉衣(あつめ句)
・撞鐘もひびくやうなり蝉の声(笈日記)
・やがて死ぬけしきは見えず蝉の声(猿蓑)

「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」は、去来と凡兆が編集した蕉門の発句・連句集「猿簑」のなかに収められている。
はかない命とも知らず、鳴きしきる蝉の声に、生きとし生ける者の懸命な生の営みの悲しさを見いだし、限りない共感を寄せたもの。
(尾形 仂【編】芭蕉ハンドバック 参考)

蝉の寿命が一週間と言われているが、こんな記事があった。
「実は短命じゃなかった!? セミの寿命」
蝉の寿命が一週間というのは、どうやら都市伝説のようなもので、実際は1ヶ月程生きるということだ。

2019年8月11日 (日)

リブログ

暑すぎて思考停止。
そんな時、たまにはリブログも良いかな・・・。
ということで、15年前の今日書いた記事をリブログする。

記憶がウソをつく!

「記憶がウソをつく!」(養老孟司×古舘伊知郎/扶桑社)を読んだ。記憶と脳に関する二人の対談集。
雑誌に限らず単行本、文庫本でも対談ものは大賑わい。
ブームと言っても良い。
原稿を書くよりは楽だし、編集者も安易な編集でそれを採用しているのかも・・・。
対談者は、それぞれが自分の持ち幅をきかせるためか、一人が平気で長々と喋っている。
それが自然教訓的だったり啓蒙的だったりして、うんざりする場合が多い。
その点、この本は古舘が記憶に関する不思議や疑問をF1実況中継並みのテンションで投げつけると、養老が脳の働きを交えてクールな口調で展開させていく。

――このコンビは対談の名手、と思った。

年を重ねるると度忘れというのがひどくなるが、作業記憶領域にしまっておいた記憶の出し入れが、一時的に止まった状態になるからという。
パソコンで言えばフリーズ状態で、すぐに元に戻る。
ところが、古舘の場合は喋ることが仕事だから、生中継中に度忘れがあるとウッと詰まるわけで、言葉を続けることに対して過敏になり、一種の強迫観念に陥いってしまうらしい。
・・・強迫観念に陥れば陥るほどにエラーを出ししまうというが、覚えすぎ、やりすぎは、記憶に過負荷がかってオーバーロードを起こすから、何が何でも覚えこむのも良くないらしい。

「記憶がウソをつく」とは極端な言い方だ。
記憶というものは、過去の出来事を上手に繋ぎ合わせてこそ残るものであって、そのとき時の状況に応じて、新たに脚色される、別の言い方をすれば「嘘」である、と養老は言う。
人間の脳全体も年月によって変わるということだが・・・。

絶対音感に関しての話も興味深かった。
人間の耳の構造からいうと、音がそのまま絶対音感で聴こえるのは当たり前。
普通の人は、多少のずれがあっても、メロディーパターンを認識できるが、絶対音感の人は違う風に聴いてしまうから原始的感覚であって、音をズラしても認識ができるほうが、高級な技術だという。
――これは、ちょっとクエスチョンマークもの。

テレビ朝日の看板番組であった久米宏の「ニュースステーション」が、古舘伊知郎の「報道ステーション」に替わってから殆ど見ていない。
あの早口、あのテンションにはついていけない。
・・・疲れるのだ、と思っていたが、古舘もなかなかの博学で脱帽。
いずれにしても、この本は神田古書街で確か100円で買った。
初版第一刷発行が2004年2月20日だから、まだ新しい。
知的好奇心を満たしてくれたし、凄い得をした感じだ。
2004年8月10(火)

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2019年8月10日 (土)

四次元踏破?

一日は一日であり、その時間に何の変化もないはずなのに、なぜか時間の進むのが早く感じられる。
私の目の前を通り過ぎていくものがあまりにも多過ぎて、一つを理解しようとしている間に次の変化がやって来るのだ。
このめまぐるしい変化の中で、私の頭が度々パニックに陥いるのは、いくらがんばっても、今まで生きただけは生きられない年齢になった焦りからなのか。

 双子 の兄弟の一人が宇宙船で宇宙旅行に行き、もう一人が地球で待っていたとき、どちらが年をとっているか、という「双子のパラドックス」議論が理論物理学にある。

「速度の異なる空間に隔離された双子の年齢は、速い環境の方が若い」というものだ。

これはサーキュラー加速器での素粒子衝突実験で立証されているというが、日常の間隔とは違うし、凡人の私には全く理解できない。

パラドックスというからには、そこに矛盾があるのだろうが、浦島太郎の場合とどう違うのか・・・。

空間移動と時間の相関関係、スピードなど相対性理論は難しい。

猿にでもわかる相対性理論というのがないかな・・・

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2019年8月 9日 (金)

お酒は百薬の長

夢さえ酒に二日酔いする―桃青―(桃青は芭蕉の別号)
これは芭蕉の発句ではなく、連句の七七のほうで詠んだ歌で、起きているときだけではなく、寝ているときもやはり酒の芭蕉先生。

ところで、お酒をどのくらい飲みますか?
中高年の自殺について、「お酒を全く飲まない人」「大酒を飲む人」の自殺率が高いという調査結果が出ている。

大酒飲みとは1日3合以上、ビールにしたら大瓶3本、ウィスキーならダブルで3杯とか。
大酒を飲む人にしても、初めから大酒飲みではなかったでしょうに・・・。
嫌なことがあると、それを忘れるためについついお酒を飲んでしまうことありませんか。

ビール好きの私ですが、私の場合は嫌なことを忘れるというよりも、ゆっくり食事を楽しむための晩酌。
夕食時に毎日飲んでいますが350缶を1本。
時々は・・・最近は暑いので殆ど毎日、350缶1本を 昼食時も飲んでいる(汗)

ビール好きのドイツ人やベルギー人、ワイン好きなフランス人など、ヨーロッパでは 昼間からビールやワインを水のように飲み、何事もなかったかのように仕事をするそうだから私などかわいいもので、至って健康的な飲み方だ。

度を超して飲んでしまうことはまず無いし、アルコール依存症にはならないと思う。
アルコールに依存するようになると生活に支障が出てしまうことだってあるから、自殺の危険性も出てくるのでしょう。

一方で、お酒を飲まない人の自殺率が高いというのは、どういうことなんでしょうかね。
お酒の量は多くもなく、少なくもなく、生活にうるおいと安らぎを与える程度のたしなみ方がいいのだろう。

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↑「長浜の浪漫ビール」店内にあるブルワリー

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↑「長浜の浪漫ビール」レストランの一押しメニュー「 近江牛イチボのローストビーフ」

2019年8月 8日 (木)

立秋

今日8月8日は立秋。
暦の上では秋だが、ますます暑さが厳しくなっている。

高村光太郎『道程』のなかに「あつき日」という詩がある。

ぢりぢりと啼きかけてはまた
何か憚る初生(うぶ)な小胆な油蝉

赤い斑点が大きな樫の木の葉に
宝石のやうな空の碧い深みに
まぶしい人の顔にすだれの奥に
氷屋の店に、まっかな斑点が
てらてらと、ぎらぎらと―
東京の場末の青物市場(やっちゃば)に玉葱がむせ返り
蚋(ぶと)はただれた馬の腹にすひつき
太陽は薄い板のやうなものにて
わが横面をびしりとうつ

肉からしみ出す汗をふいて
木の根に休めば石炭酸の冷笑ぞ気味わろき

まさに、真夏のあつき日の様子がよく出ている詩だ。

昔、クーラーのなかった時代は庭に打ち水をしたりし、木陰に入って涼をとったもので、特に体調管理に問題があることもなかった。
今は、家にいれば殆ど一日クーラー入れっぱなしにしている。
それほど気温が高くなっているのだ。

気象庁が2018年6月26日に公開した「ヒートアイランド監視報告2017」によると、東京ではこの100年の間に、年間での平均気温が3.2度上昇、特に上がっているのが最低気温の4.4度。
最高気温は1.7度上がっている。

気温上昇の理由について車とか工場の「人工排熱」の影響が大きいという。
他にも都市化によりコンクリートの建造物やアスファルトの地面が増え、冷めにくい状態で、夜になっても気温が落ちず熱帯夜を引き起こす原因となっている。
さらに、樹木等植物の減少により、葉っぱが起こす「蒸散」による気化熱が減っている。(「ヒートアイランド監視報告2017」より要約

とにかく異常な暑さで、家の中に引っ込んでいるのが一番・・・かな。

Dezato

2019年8月 7日 (水)

大人も噛みしめたい「平和への誓い」

昨日8/6、広島は被爆から74年の「原爆の日」を迎えた。
平和記念公園で開かれた平和記念式典では、二人の小学生が「平和への誓い」を読み上げたが、大人も噛みしめたい言葉が盛り込まれている。
以下に抜粋を転載する。
『私たちは、大切なものを奪われた被爆者の魂の叫びを受け止め、次の世代や世界中の人たちに伝え続けたい。
「悲惨な過去」を「悲惨な過去」のままで終わらせないために。
二度と戦争をおこさない未来にするために。
国や文化や歴史、違いはたくさんあるけれど、大切なもの、大切な人を思う気持ちは同じです。
みんなの「大切」を守りたい。
「ありがとう」や「ごめんね」の言葉で認め合い許し合うこと、寄り添い、助け合うこと、相手を知り、違いを理解しようと努力すること。自分の周りを平和にすることは、私たち子どもにもできることです。』

解決の糸口も見えない状況である日本と韓国の対立は、あきらかに一線を越え「史上最悪の日韓関係」と言われている。

政府はこれまで「ホワイト国」と呼ばれてきた輸出管理上の最優遇国「グループA」から韓国を除外することを閣議決定した。
JNN世論調査では、これについて妥当だと思うか聞いたところ、「妥当だと思う」が64%で、「妥当だと思わない」の18%を大きく上回っている。
「反韓・嫌韓」世論というのが異常に蔓延しているようで、「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が、8/3で中止になったのも、「平和の少女像」に対して河村名古屋市長が「日本国民の心を踏みにじる行為」だとして、即刻展示を中止するよう大村愛知県知事に申し出たことに端を発している。
同時にテロ予告や脅迫があったというが、そもそも、影響力のある人が自分の偏った価値観を日本人の総意として発信しているのがおかしい。
最近、とにかく韓国を悪とする政権・メディアに感化されたのか、一方的に韓国絡みの案件を誹謗中傷する人が多すぎる。

日韓関係が悪化の一途を辿っている今こそ、二人の小学生の「平和への誓い」にあるように、影響力のある人こそ、率先して寄り添い、助け合うこと、相手を知り、違いを理解しようと努力することが必要だ。

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『四日間』

「おれたちは森のなかを走っていた、弾丸(たま)がシュッシュッと鳴っていた、そいつに払われて小枝がばらばら降って来た、おれたちは山櫨子(さんざし)の茂みを押しわけかきわけ突き進んだ――」
こんな出だしで始まる『四日間』は、ガルシンが従軍したブルガリア戦線を元に、現実を直視した生々しい眼差しで描かれている。

主人公「おれ」は、トルコ兵を銃剣で刺し殺した。同時に自分も銃弾にあい、身動きの取れないほどの重傷を負った。日が暮れ、一夜が明け、日が高くなる・・・このくり返し。
咽の渇きに耐えかね、死体の上にある水筒の水をめがけて横たわったままでの移動。そして四日目、味方に発見され目ざめたとき、
「『まずおめでとう、君!命はとりとめたよ。もっとも脚は一本ちょうだいしたがね、なあにそんなもの――何でもないさ。口はきけるかね?』と野戦病院の教授が言った。
日はあいかわらずじりじりと炒りつける。手といわず顔といわず、もうさっきからひりひりしている。
水の残りもすっかり飲んじまった。かわきがあんまりひどいので、ほんの一と口飲むつもりのところを、思わずがぶりと飲み干したのだ。・・・・・いつまでここにすっころがって苦しむことやら、見当さえもつかんのだ。ああお母(つか)さん、なつかしいお母さん!これがお耳に入ったら、さぞや白髪(しらが)の垂髪(おさげ)をかきむしって、頭を壁へ打ちつけて、私を産みなすった不吉な日をばのろわれるでしょう、いやいや人の子を苦しめに戦争なんぞを思いついたこの世界を、さぞやのろわれることでしょう!」
(ガルシン作 神西清訳 岩波文庫「赤い花 他四篇」『四日間』より) 

極限状態の4日間を描くガルシンの精神世界は見事だし、戦争に対する憎悪が、母の苦しみを思いやる気持ちとして現れている。

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2019年8月 6日 (火)

生活は地味

8/5(月)
アクトスでプール(アクアウォーキング)10:45~11:15の30分
シャワーの後、名鉄インの1階の「嘉っとび寿司 ざぶん」でランチ。
ここ数カ月、利用していないうちにランチメニューが変わっていた。
以前は1000円のお寿司ランチセットに天ぷらが付いていたが、天ぷらがなくなり、代わりに魚のあら汁になった。
濃い目の赤出汁に魚のあらがたくさん入っており、ボリュームたっぷりのうえ、おかわりOKとか・・・。
以前は内税だったような気がしたが、今回は外税で1080円、それにしてもお値打ち価格。

8/6(火)
早朝5:30に家を出て墓掃除。
歩いて10分もかからない場所にあるものの、お墓参りはお盆・彼岸・年末と、あと何かの節目に行く程度。
したがって、墓掃除もその前に済ませる程度のこと。
先祖さまに対する感謝と敬意の気持は持ち合わせているが、距離的に近いからついつい疎かになっている。

墓石の周りの玉砂利の間から雑草が伸びてくるが、いつも清掃の後に除草塩1kg入りを2袋撒いている。
このおかげで、長く伸びた雑草が多少生えてきているものの、細かい雑草は殆どない。
少々高くつくが、除草しながら清めるという感じにはぴったり。

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天然100%ヒマラヤ岩塩の除草塩 1kg 1,080 (販売: JRSコーポレーション)

2019年8月 5日 (月)

夜鳴くセミ

先日も書いたが、我が家の庭は朝からセミたちの大合唱、それもフォルテで響き渡っている。
大抵は、日が西の空に沈み涼しくなるころには次第にピアノからピアニッシモに・・・そして消えていく。

ところが昨夜、寝ていて気がついたのだがセミが鳴いている。
それも夜じゅう鳴いてる様子だ。

セミは、夜鳴かないものと思っていたからセミのサイトを調べてみたら、「日本に棲んでいるセミで光の全く無い状態下で夜鳴くセミはいない」とのことだった。
ただし、光がかなりあって、気温がセミの活動に必要な温度以上あれば、よくある現象のようだ。

我が家の庭は樹木が多いことと、すぐ前の道路に街灯が煌々と灯っているので、セミが昼間と勘違いしやすい環境にある。
私が気が付かなかっただけで、熱帯夜が始ったころからセミ達は毎夜鳴いていたのかもしれない。

深夜の静けさのなかでのセミの鳴き声に、何となくものの哀れを感じる。
セミには体内を巡る血液はなく、ただ樹木の露だけを吸って、およそ1週間しか生き長らえない。
そのはかない命を知ると切なくなってくるのだ。

Biru

おおかたブログ内容とは関係ない写真を載せている。
以前載せた写真かも知れない・・・忘れた。
最近は写真を撮るのも億劫になっているので、マイピクチャから古いものを。

何かひとつのことを覚えると飽きが来て、もっと追求しようという根気がなくなってる。
健康検査の問診表で「根気があるか」「食事のメニューを覚えているか」なんっていう問いがあり、いよいよ黄昏時に入ったのかな。

2019年8月 4日 (日)

犬が笑う

昨夕は風に秋の気配を感じたのに、今日の昼間の暑さには身体が付いていかない。
居間から一向に腰を上げないぐうたらな日を過ごしている。
ぐうたらついでに(故)遠藤周作の『ぐうたら漫談集』角川文庫)なんかを読んで、ますますぐうたらに成りきっている。

「犬が笑うのを見た」という項目があるのだが、遠藤さんが子供の頃に飼っていた雑種犬が歯をむき出しにして笑ったという。
ことの成り行きはこうだ。
雨の日、遠藤さんが小学校の下校時のこと、犬は途中まで遠藤さんの帰るのを迎えに出ていた。
何かの拍子に遠藤さんは、ぬかるみで足をとられ滑ってスッテンコロリン。
泥だらけになって起き上がったら、犬が歯をむき出しにして笑っていた、というもの。
それが、あまりにも人を馬鹿にしたような笑い方で、忘れられない記憶として残っているとのこと。

私も飼い犬が歯をむき出しにして喜んでいると「犬が笑った!」なんって、大騒ぎをしたことがあるが、単に飼い主の欲目程度に思っていた。

笑いの定義がどんなものか・・・
少なくとも笑いは、人よりも優位に立ったときに 出る現象だと思う。
私なら、そんなことしないよ~なんって、笑われる方を劣者に見立てるわけだ。

遠藤さんがスッテンコロリンで、犬が「ワガハイなら、そんな間抜けなことをしないぜ」なんって思ったのか・・・。
犬に、そこまでの感情があるとは思えない。

で、「犬が笑う 画像」で検索してみた。
ヒットするものだ。
中にはキモチワルイ笑い方もあるけど、こりゃあ面白い。
犬に感情があるかどうか…飼い主の感じ方次第なのかもしれないけど。

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↑これは我が家の若い方の飼い犬、どうです、笑っていませんか?

2019年8月 3日 (土)

自然の気配

8月に入って3日目、陰暦で言えば葉月だ。

真夏の昼の太陽が道路のアスファルトをやき、街路樹の銀杏の葉やニセアカシヤの葉っぱをやいている。
冷房に慣れきった私には、外に出ればなんとなく眩暈のしそうな8月の昼間。
マッサージの予約の日だったから、炎天下の中を2キロほどの距離を自転車で出かけた。
アスフアルトの照り返しが、なけなしの体力を奪っていく感じだ。
血行を良くして新陳代謝を促進し、いつまでも健康体であることを目的として施術を受けているわけだが、今日の道中は正直しんどかった。

それでも夜になれば、つい昨日までの熱帯夜が何となく緩みだしたような気がする。
夕刻の庭に散水をしていたら、吹くか吹かぬかの風の気配を感じ取った。
開け放した犬の部屋では、吊り下げた蚊取り線香の煙がかすかに横に流れている。

種田山頭火の今日の日付の日記にこんなのがある。

「風が雨をよんで強くなつた、柿の青葉が吹きちぎられて飛ぶ、風鈴がやけに鳴る、障子をあけてはゐられないほどだつた、――秋近しと肉体が感じた。―中略―
風を観てゐると、ひようびようたるおもひうたれる、風よ汝はいづこより来り、いづこに去るや、と昔の詩人は嘆じたが、私も風を、風そのものをうたいたいと思ふ。」(『行乞記』山口 昭和八年)

梅原猛著『現代の大和ごころ』に興味深い言葉が載っていた。
「風流という言葉は、文字通り『風の流れ』を知る心理のデリカシーを指すといってもよいかもしれない。風の流れとは、自然のけはいである。」 

自然の気配はそこそこにある。
ゲージの中で寝そべっている犬の呼吸が、穏やかになったのも、犬が自然の移ろいを感じ取っているからかもしれない。
秋はもうすぐ、手をのばせばそこにあるという感じだ。

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2019年8月 2日 (金)

夾竹桃

フェンスの向こうに、幾本もの夾竹桃が花を咲かせている。
暑い太陽光の中で薄紅色の花は、革質をした細長い葉の隙間から可憐な花びらを覗かせている。
炎暑下の校庭には、人っ子一人いない。
とりわけ濃い花の香りを漂わせている。

夾竹桃は常緑低木で、1年中、緑の葉を付けているのが良い。
そして何よりも、酷暑に色があるのがよい。

挿し木で付くというから、いぜん枝を1本、庭に挿し木してみた。
ようやく根付いたと思ったとき、お節介な知人に「夾竹桃を庭に植えるのは良くない」と言われて取り除いてしまった。
なんでも「咲き疲れる」「じじむさく咲く」のだそうだが、公園や学校には良くって、なぜ家庭の庭には良くないのか・・・。

そう言えば、昔「夾竹桃殺人事件」なんっていう推理小説を読んだ記憶がある。
夾竹桃の枝で箸を作り、人を殺してしまう話だった。
夾竹桃の枝には、毒素が含まれているらしい。

真偽のほどはどうだか・・・。
いずれにしても、夏の激しく照りつける太陽光に色と香りを添えてくれ、熱帯夜の怪談として涼気を与えてくれる。

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夜はおそくまで蚊帳の中で読書、極楽浄土はこゝにあり(漂泊の詩人種田山頭火『行乞記』より「伊佐行乞・七月五日」
・そんなこともあつたやうな夾竹桃の赤さで

2019年8月 1日 (木)

さわやか初登院の二人

れいわ新選組から参院選挙に当選したALS患者の舩後靖彦議員と重度身体障がい者の木村英子議員がきょう、国会に初登院した。その模様を大勢の報道陣が取材しており、テレビ中継でも流していた。

今日のこの劇的なデビューは、山本太郎さんと、その支援者の人達が居なければなし得なかったこと。
「れいわ」は参議院選前には、ほとんど報道されることはなかったが、ここまでくれば、この流れは止まらないだろう。

今こそ、競争社会から、人に優しい社会に大転換する時期だ。

重度の障がい者が経済活動をした場合、介護ヘルパーの費用が全額自己負担となるというのが現行制度ということだ。
この制度が、障がい者の社会進出を妨げていた。
二人の国会進出は、こうした現行制度の不備をさらけだした。
当面の費用は参院が負担することになったようだ。

早速、維新の松井大阪市長は「原資は税金。国会議員だけ特別扱いするのか」と疑問を呈し、介助費は自己負担にすべきだと、苦情を呈しているが、国会議員は新幹線パス、飛行機パスなどの優遇を受け、特別扱いではないか。
多額の税金を使っての大阪万博誘致、官邸や吉本と結託してどれだけの税金を食い潰しているか・・・。
松井さん、これ等には文句はないですか・・・?

今朝の中日新聞の記事だが、ツイッターでは、障害者の二人が国会に登壇するのは「迷惑行為」だ、とする投稿があり、それに賛同して「いいね」をつけた件数が5万件もあったという。

これに対して、代表の山本太郎さんは「パラリンピックのホスト国でもある日本の人々が、日ごろ障害者に抱いている思いがあぶり出された、分かりやすい現象」としている。

今後増えるであろう超高齢化社会、その対応は障害者にとっても同じ。
二人の登壇は、これからの共生社会を考えるきっかになった。

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