2011年4月23日24日の気仙沼

  • Img_3342_1
    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

« 昨日のこと | トップページ | 泣いた赤鬼 »

2019年7月29日 (月)

葉っぱのフレディーいのちの旅

私が、子供たちに読んでもらいたい本が3冊ある。
子供と言っても、考えることが出来るようになった年代の子供達に読んでもらいたい。

①サン=テグジュペリ『星の王子さま』
②レオ・バスカーリア『葉っぱのフレディ―いのちの旅』
③浜田 廣介『泣いた赤鬼』

上記3冊とも絵本の部類に入るが、そこには哲学があり、強いメッセージが込められている。
サン=テグジュペリ『星の王子さま』については、以前にも数度取り上げた。
心で見なくちゃ
ひまつぶし

今日は『葉っぱのフレディ―いのちの旅』について書いておこう。
著者レオ・バスカーリアは哲学者で、人間の一生の教師としてアメリカで人気を博している。
日本語訳は、みらいなな(出版、童話屋)で、ページを開いていくごとに繰り広げられる大自然の不思議な写真に先ずは魅了される。
中国の五行説は、青春・朱夏・白秋・玄冬と人生を四季になぞらえているが、フレディという名前の葉っぱの一生を四季とともに描いた作品で、生と死の問題を葉っぱフレディの目を通して擬人法で表現している。

フレディは春に大きな木の梢に生まれた葉っぱだ。
夏には立派な葉っぱに成長し、自分の周りを取り囲む数え切れないほどの葉っぱを眺めながら、どの葉っぱも一つとして同じでない事に気がついた。
春、夏、秋と季節が変わっても、フレディは他の葉っぱたちと、生き生きとして暮らしていた。
でも、秋も10月の終わりになって、突然冷たい風が吹き出したら、葉っぱたちは一気に紅葉して、風の唸り声とともに一人残らずいなくなってしまうのだ。
それは死ぬということだ、とフレディは考えた。
死ぬということを経験した事がないフレディにとっては、死はとっても怖いもの。
「でも考えてごらん。世界は変化しつづけているんだ。変化しないものはひとつもないんだよ」
と、友達のダニエルが言う。
さらにダニエルは、変化するということは自然の事、死ぬということも変化の一つだと説き続ける。
「ぼくは生まれてきてよかったのだろうか」
と、たずねるフレディに、命とは何だろうかとダニエルの話は続いていく。

やがて雪が降り、雪の上でフレディは眠りについた。
冬が終わり、また春がやってきて、雪が溶けた水になり、枯葉のフレディはその水に混じって木を育てる力になっていく。
つまり、フレディは土に還って、また新しい「いのちの旅」を始めるわけだ。

生まれたものには必ず死がやってくる、これは避けられない事実。
しかし、「いのち」は、永遠に生き続けるというお話。

死んだものもまた必ず生まれ変わる・・・生態系の中での「生物連鎖」や、仏教で言う「輪廻」が思い起こされる。

Photo_20190729003801

 

 

 

« 昨日のこと | トップページ | 泣いた赤鬼 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 昨日のこと | トップページ | 泣いた赤鬼 »

月齢

今日の天気

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

日々散語記事検索

無料ブログはココログ