2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年6月30日 (日)

6月も終わり

 
 
6月も終わり7月を新たな気分で迎えたいけど、どうやら、7月に入っても1週間ほど雨が続く模様。
時に雨好きな私でも、何もかも湿っぽくなる日が続くと思うと、めいってしまう。
九州では降り続く雨により、複数の市町村に土砂災害警戒情報(警戒レベル4相当情報)が出ているとのこと。
私のうっとおしいレベルどころではない。

それにしても月日の流れは早いもので、日に日に老いを感じる。
テレビを見ていても、出演者の名前が出てこない。
前にも書いた(2019年2月21日「ロマンがリアルに負ける」)が、これからは下降一直線。

老いと死という現実を受け入れたくない時、人はさみしく、悲しくなる。
老いていく自分の体を愛しく思いながら、精一杯自分らしく生きる方が良いのかな・・・。

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古今和歌集のなかに藤原良房のこんな歌がある。
「年ふれば よはひは老いぬ しかはあれど 花をし見れば 物思ひもなし」

現代語訳は
「年がたったので、私はすっかり老いてしまった。そうであるけれども、この花(わが娘である染殿后)を見ていると、何も思い煩うことがない気持ちになる。」(くすらん参照)
詞書(前書き)に、「染殿の后の御前に、花瓶に桜の花をささせたまへるを見てよめる」(染め殿の后の前で桜の花を活けてあるのを見て詠んだ)とあるが、花をわが子に見立てている。
染殿后(そめどののきさき)は、文徳天皇の妻で藤原良房の娘。
自分は年をとってしまったが、自分の娘が皇后となった姿を見て満足感にひたっている父の心情を詠っている。

年と共に心も体もくすぶっていくのは当然だが、せめて周りの美しい花にでも心を寄せて満ち足りた気分に浸ってみよう。

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