2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年6月13日 (木)

クモの糸

今朝、洗濯物を干していたらクモの糸が顔にかかった。
手で払いのけたつもりでも、切れた糸が髪にまで纏わりついて、なんとなく不快感が残る。
糸の先を見ると、クモが頭を下にして、青空に揺れながら懸命に巣を張っていた。
夏場によく見かけた、腹部に黄色と黒の縞模様のあるジョロウグモではなさそうだ。
今日のクモは、黒い腹をした体調一センチぐらいのもの。
昔から「朝のクモは福の神、夜見るクモは親とても殺せ」といったものだ。
今日は、何かいいことあるかなと思っている。

思い起こしたのが、芥川竜之介の作品『蜘蛛の糸』。
地獄の底にいる陀多という男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊だ。
しかし彼は、たった一つだけ良いことをしていた。
道端を這って行く小さな蜘蛛を見つけた時、踏み殺そうとしたが、
「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。」
と、その蜘蛛を殺さずに助けてやった。
そのことを思い起こされたお釈迦様が、極楽の美しい銀色のクモの糸を地獄の底に垂らして、助けようとなさった。
しかし、陀多は、自分だけの欲のために、再び地獄の底に沈んだというストーリー。 

今朝のクモの糸は、極楽からの美しい銀色のクモの糸だったのかもしれない。
あの小さな体で、長い時間をかけて懸命に張った巣の一部を、私は素気なく払いのけてしまった。
今思えば、彼の努力をむげにしたようで心が痛む。

Midera

(備忘メモ)

6/11、弟の四十九日の法要と納骨があり、そこで話題になったこと。
当日、姪(弟にとっても姪っ子)が出かけにベランダに出ると、キアゲハがベランダの狭い空間を旋回していたという。
葬式の数日後にもベランダに数匹の白いモンシロチョウが飛び交っていたとか・・・。

それを聞いた弟の嫁も、最近、マンションの庭にアゲハ蝶をよく見かけるとか・・・。
庭付きのマンションに柑橘類(レモン、柚子)を植えているから、特に気にもしていなかったとか・・・。

私も先日、庭のコンクリートのたたきの上に、羽化したばかりのアゲハチョウが飛び立とうと懸命に羽を広げていたのを見た。
普段なら特に気にすることもないが、あの時は何か気になったものだ。
故人の周囲を飛び交う蝶が、「もしかしたら、生まれ変わって逢いに来てくれたのかなぁ」なんって思えてくる。
そういえば、今朝の蜘蛛も弟の魂が乗り移ってきたのかな・・

Tilyou_2

この世には科学的に説明できないこと
言葉で説明できない事がある。
故人を思う気持ちは、
色んな形になってきちんと届いている。

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コメント

>Rumiさん
私は地理的に離れていいて、年に数度会う程度だったから
現実的に弟が死んだ実感が、まだまだありませんが・・・。

近くに住んでいるRちゃんには、 叔父さんの圧倒的な存在感が、
今はその裏返しとして大きな喪失感となっていると思う。

モンシロチョウは、叔父さんからのメッセージである可能性はおおいにありますね。
飛び交うチョウを見て、気持ちが落着き、とても穏やかな気持ちになっていることと思います。

姪です(笑)

モンシロチョウはちょうど1ヶ月命日の日でしたあ。数匹どころか大群です!

モンシロチョウを私も早速調べたら近い故人が姿を変えて挨拶にきているとやはり書いてあって。

蝶について?色々調べていたんですよ!

あと色とりどりの蝶が空を舞っている夢も見ました。きっと 叔父なんだなあと思う。嬉しいですね😊

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