2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

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2019年6月 9日 (日)

オドオド

生まれながらにして怖いもの無しの人は無いだろう。
地震のような物理的怖さは別として、自分自身に自信が無いと心に動揺が起きてオドオドしてしまう。
今の子供達は、先生と友達関係にあるようだが、私が子どもだった頃は、学校の先生は偉い人だという先入観が植え付けられていた。
授業中、予習や復習がしてないときに先生に指されようものなら、本気で怯えていた。
そのくせ好奇心旺盛で目立ちたがり屋の性格は、常に人より先を行かなければ気が済まないのだから始末が悪かった。
そういう過程を積み重ねながら私も進化してきたのだろう。
今では怖いもの知らず。

本の断捨離で、かろうじて残したエッセイ集に阿川佐和子著『オドオドの頃を過ぎても』(新潮社)がある。
阿川佐和子が頼まれてオドオドしながら書いたという作品の解説文や、雑誌などに書いたエッセイをまとめたものだ。
阿川といえば、『テレビタックル』でビートたけしの横に坐って、飾らず気取らず地のままでやっている。
少々の不勉強も、親の七光りでカバーできちゃってるものだ、と苦笑しつつ『テレビタックル』を観ていたことがある。

あれを見ている限りでは彼女の作品に興味も湧かなかったのだが・・・
このオドオドを読み出したら、彼女のオドオド気質に共感するところがあり、ついつい夢中になる。
書かれていることが面白い。
面白いというのは阿川の筆力にもよるのだが、そこに書かれている作家のエピソードが面白いのだ。
例えば、ホテルで「ブルーハワイ」を飲んだ平岩弓枝が、トイレに備え付けてあるブルーレットに気づかず、飲んだカクテルが、そのままお小水として出てしまった、と真っ青になっていた話。
同人誌の中ではトップの存在である『大衆文芸』を出している新鷹会(歴史・時代文学の研究団体)の重鎮、平岩弓枝の一面を見るようで、思わず声を挙げて笑ってしまった。

今は亡き北杜夫や遠藤周作をはじめとする彼女の交友の広さは、父親である阿川弘之を介してのものが多いが、それにしても、彼女よりも年上の 偉い文筆家を相手に、臆する色もなく解説文を書いたり対談に臨むのだから、オドオドも大した心臓だ。

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