2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

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2019年5月17日 (金)

ヤマアラシジレンマ

人間関係において深い絆ができると、相手の全てと一体になりたいという貪欲な気持ちが起きてくる。
それもいずれは、その束縛で身動きが出来なくなる。
自由を求めてそこから旅立ちたい心理も当然起こってくる。
人と人は、あまりにも親しく身近かな距離になると、お互のエゴイズムで相手を傷つけ、自分も傷つく。
しかし、悲しいかな人間は一人で生きていく事の出来ない動物なのかもしれない。
傷つくことがわかっていても、そこに留まりたい。
ひとつのところから旅立ちたい心理と、傷ついてもそこに留まりたい心理のこのジレンマ・・・。

19世紀前半のドイツの哲学者ショーペン・ハウエルは、このジレンマをヤマアラシジレンマと呼んだ。
ある冬の寒い日に、二匹のヤマアラシがお互いの孤独を慰めあおうと抱き合っていた。しかし、それぞれが棘を持っているので、棘が刺さり合ってお互いを傷つけてしまう。傷つかないように離れれば、寒さが襲ってくる。
そこで最後に適度に傷つけ合い、適度に寒くもない距離を見つけた。
夫婦、親子、恋人、友人関係においても、ヤマアラシジレンマに陥らないためには、一定の距離を保って生活するのが賢いのかもしれない。
しかし、そこに相手を傷つけない優しい心はあっても、自分の心を壁で閉ざした偽りの自分を演じることしか出来ない。
お互いにエゴイズム剥き出しで、傷つけ傷つけられれても一人寂しく孤独になり切れない人間の不器用さが私には愛しい。

・・・実際のヤマアラシは、針のない頭部を寄せ合って体温を保ったり、睡眠をとったりして、針を引っ込めるべき時を心得る自然の習性があるようだ。

Kamo

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