2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年5月 9日 (木)

再びトイレに関する話で‎恐縮ですが・・・

一昨日に続いて、再びトイレに関する話で‎恐縮ですが・・・
雑学のタネ本(編者 フリーランス雑学ライターズ 永岡書店発行)からの話題です。

男の“立ション”は、神が造られた男と女の差と認識していたが、実はこの立ち小便、男性の専売特許になったのは、そう遠いことでもないらしい。
「ルイ王朝の頃の貴婦人たちは、立ったまま庭や通路で小便をしていたという。そのためドレスの裾が鯨骨のフレームであったというから、これは立ち小便をしても濡れないようにという配慮からだったのです。また、日本でも、1908年(明治41年)7月17日付けの東京日日新聞に、福岡県が女学生に立ち小便を禁止するよう申し合わせた記事があります。」
となると、間違いなく女性にも立ち小便はあったということになる。

そう言えば、今村昌平監督の映画で江戸の東両国界隈に生きる下層庶民を描いた作品『ええじゃないか』の中で、主人公の妻・イネを演じる桃井かおりが、かがまずに小便をするシーンが出てきた。

太宰治は『斜陽』のなかに、没落貴族の母親が、庭の萩のしげみの奥で立ち小便をしている次のような場面がある。
『いつか、西片町のおうちの奥庭で、秋のはじめの月のいい夜であったが、私はお母さまと二人でお池の端のあずまやで、お月見をして、狐の嫁入りと鼠の嫁入りとは、お嫁のお支度がどうちがうか、など笑いながら話合っているうちに、お母さまは、つとお立ちになって、あずまやの傍の萩のしげみの奥へおはいりになり、それから、萩の白い花のあいだから、もっとあざやかに白いお顔をお出しになって、少し笑って、
「かず子や、お母さまがいま何をなさっているか、あててごらん」
 とおっしゃった。
「お花を折っていらっしゃる」
 と申し上げたら、小さい声を挙げてお笑いになり、
「おしっこよ」
 とおっしゃった。
 ちっともしゃがんでいらっしゃらないのには驚いたが、けれども、私などにはとても真似られない、しんから可愛らしい感じがあった。』と、娘はその無心さに感じ入っている。

今の私達には、男性は立ち小便、女性はかがみ小便という固定した観念が先入観としてこびり付いているが、何も“立ション”を男の専売特許だけのものと固定することもないわけで、その辺は柔軟な行動をすれば良い。
『斜陽』の母親のように、女の“立ション”が、案外かわいい光景として写るかもしれない。
とはいうものの、女性が立ち小便をしたらどうなるだろうか……飛ばない小便は、太ももから伝わって足の先まで濡れて、気持ちが悪い思いをするのが関の山。
やはり女性の立ち小便は、体の構造上に無理がある。
男はどうだろうか・・・、これは無理なく自然な姿勢で出来る。
競って、飛ばしあうこともできるくらいだ。
いや、近頃の女性の強さからして、身体構造の不都合さをクリアして、女性の立小便復活もあるかもしれない。

Ekilyuumu 
安城デンパーク、フローラルプレイスにある「エキューム」

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