2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年5月28日 (火)

再び鈴木三重吉のこと

昨日は、ひときわ酒癖が悪かった鈴木三重吉のことを書いた。
彼の死に対しての追悼文は生前の酒癖を暴くものばかりだった。
それでも嫌味を感じない不思議を嵐山 光三郎は「追悼の達人 」の中で『罵倒しても友情』として書いていた。

どんなに行状が悪かったにせよ、私は彼の作品が好きだ。
ぶくぶく、長々、火の目小僧の三人の家来を伴って、美しい王女をお嫁に欲しいばかりに、三晩の間、寝ずの番をした王子の話「ぶくぶく、長々、火の目小僧」は、彼の童話だ。
常識では考えられないようなおかしなこと、その空想とナンセンスの楽しさに、ついつい夢中になってしまう。

短編小説「千鳥」は、病気療養のために訪れた小島での体験をもとに書かれたということだが、主人公・青木(語り手)の前に思いもかけぬ女(藤さん)が、のっこり現れたことから彼女に淡い感情抱く。
恋心と言うには余りにも短い二日間、女は水よりも淡き二日間の語らいに、片袖を肩身に残して黙って消えてしまった。
このたった二日間を、とにかく、淡い感情がメルヘンチックに描かれていて、そういう点では、この作品にも童話的要素が含まれている、と言ってよいだろう。
手法としては最初に千鳥(片袖の紋羽二重の紋柄)を出して、主人公(語り手)の現実時間を描き、本文ではその日常性から切り離す。
そして最後にまた千鳥を出して、現実時間に戻すというものである。
この「千鳥」は、漱石がその後に書いた「草枕」に大きな影響を与えた作品と言われているし、何度読んでも飽きない。
メルヘンの世界へと吸い込まれていく。
インターネットの電子図書館青空文庫で読める。
「千鳥」の 一読をお勧めする。

Kakitubata

 

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