2011年4月23日24日の気仙沼

  • Img_3342_1
    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

« 月を好んで句材にした芭蕉 | トップページ | お彼岸の中日そして満月 »

2019年3月20日 (水)

芭蕉はよき教材

日本でのプレーは2012年のメジャー開幕戦以来というイチローが、今日開幕の「2019 MGM MLB開幕戦」に出場するとか・・・東京ドームはさぞかし湧くだろう。
野球音痴の私でも、天才イチローの存在は知っているし、誰もが認める野球界の大功労者。
ところが、野球のイチローを知らなくっても芭蕉は知っているという珍聞を耳にしたことがある。
松尾芭蕉は俳聖と言われるだけあって、日本人だけでなく世界中の人にその作品が愛誦されている。
人生は旅であるとの信念の元、自然を愛し旅を続けた彼の俳句は、旅をとおしての実体験であり、俳句をとおして、人生観や自然観、哲学的なものを伺い知ることができる。
死の4日前の元禄7年10月8日の夜更けに、大阪御堂筋の花屋仁左衛門の貸座の病床で「病中吟」として読み残した「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」の句は、乞食巡礼としてたえず俳諧の花ともいうべき”新しみ”を追い続けた芭蕉の、生涯を集約するものということができる。(尾形 仂【編】芭蕉ハンドバック 参考)
旅の途中に倒れ、病床の夢か現かの中でさえ、どこかに新境地を求めて枯れ野を苛立たしくさまよい続ける自身の旅姿を想像しているところに芭蕉の求道的な姿勢を感じる。
経済第一主義で突っ走ってきた現代の日本人、ここらで一息入れて芭蕉に学びたい。
人生はだれにとっても大変で、病気になったり、年を取ったり、そして死が待っている。
長くて悲惨な人生をどう生き抜いていくか・・・芭蕉はよき教材となりうるはずだ。


Matu-14_6


ココログが3/19日に「システムの老朽化のためと機能変更」との説明でメンテナンスに入った。
期限時刻が過ぎてもログインできない状態が続き、継続で緊急メンテナンスと出た。
今日の午後になって、やっとログインできるようになったものの、仕様が変わったのか画像の挿入がうまくできない。
画像をファイルから選んで保存するものの、文章の先頭に小さな表示で貼り付けられる。
その小さな画像をクリックすれば、元サイズが出るのだが、これでは文章とのバランスがなっていない。

本文の記入でも、「通常エディタ」「リッチテキスト」のどちらにもHTML言語が出たり・・・これはwebブラウザのキャッシュ削除で解消した。
ココログベーシックに表の挿入が一発でできたり、文章作成中に元に戻したりする機能が付いたのは良いが、それにしてもハグが多すぎ。
これでは完全復旧とは言えない。

「お問い合わせ」メールをその都度出しているが、「順次対応しておりますので、今しばらくお待ち下さい。」の自動メールがむなしい。

« 月を好んで句材にした芭蕉 | トップページ | お彼岸の中日そして満月 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 月を好んで句材にした芭蕉 | トップページ | お彼岸の中日そして満月 »