2011年4月23日24日の気仙沼

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    気仙沼市唐桑町にの甥一家が東日本大震災で津波の被害に遭遇。お見舞いに駆け付けた時の撮影。

乱読

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2019年3月

2019年3月31日 (日)

芭蕉俳諧の精神

以前、オーストラリアの人に「わび・さび」について聞かれたことがある。
外国の人にとっては、「わび・さび」が、日本の文化の代表的なものに思われているようだが、その違いについて聞かれたのだ。
私は、「わび・さび」は二つ揃って1組、つまりペアになっているものだ、と思い込んでいたから返答に窮した。
そう言えば千利休が完成した茶の湯も「わび茶」と言うが、「さび茶」とは言わないし違いがあるのだろうか・・・。
とにかく調べまくった。
あるとき、芭蕉俳諧の根本精神が「わび・さび」にあることに行き当たり、松尾芭蕉の俳句を例に説明を試みたものの、日常生活上の侘しさも寂しさも、常に同時進行でついて回るものでセットされたものだとしか説明出来なかった。
・・・それが未だ気にかかっているのだ。
因みに『常用国語便覧』(浜島書店)では、次のように区別されている。

 わび
自然と一体となった枯淡・閑寂の境地.松風・俳諧や茶道などの中心となった理念。

 さび

「寂しさ」の語から出ているが、単なる寂しさではない。
静寂の中にひたり、それを超えて、閑雅・枯淡にまで洗練していく芸術上の美をいう。
作者が対象をとらえる心や体験により得られる美的感情により達しうる境地である。
そこで必ずしも閑寂の句に限らず、華麗・濃艶を詠んでも「さび」は表現されるのである。

芭蕉の俳句を探求していると、ある掲示板に「古池や 蛙とびこむ 水の音」を取り上げて、池に飛び込んだ蛙は何匹だったか、という問いかけがあった。
それに対して1匹、2匹、数匹と様々なレスが書き込まれていた。
私たちが学校で習ったのは確か1匹で、あの句こそ「わび・さび」の心を歌った代表句だったのでは・・・。
数匹と答えた中に、その理由として小泉八雲の英訳を引き合いに出して、八雲は蛙(frog)をfrogsと複数に英訳したと言うのがあった。
小泉八雲と言えば、元の名前はラフカデリオ・ハーン。
1890年に来日、その後日本女性と結婚し、日本に帰化した。
いくら日本贔屓と言っても、彼の体に染み付いた感覚は純粋な日本人が理解する「わび・さび」の心とはかけ離れたものがあったと思う。
frogsと複数に感じ取るのはその静けさよりも、たくさんの蛙たちが一斉に飛び込む賑やかな音を読み取ったのかも知れない。
しかし、芭蕉俳諧の根本精神から言えば、一匹の小さな蛙が飛び込む・・・聞こえるか聞こえないかの微かな水の音で、周りの静けさが一層引き立たなければならない。
複数であっては静寂を表現することができないのだ。

Sawataririver

 

2019年3月30日 (土)

機種変更

3月も残すところ一日ちょっと。年を取るに従い、日々の流れを早く感じる。
いつのときもそうだが、月はじめは、その月の目標を決め予定を立てる。
だが、順調に運んだためしがない。計画倒れもいいところ、三日坊主が多い。

今年は新元号に変わるわけで.新たな時代の幕開けがやってくる。
新元号の公表は2019年4月1日閣議決定後に菅官房長官が公表するとか。
実際に新元号に改元されるのは5月1日。
様々なシステムにおいて「平成」が使われてきているし、新元号へのシステム改修が一ヵ月程度で間に合うものか・・・。

ここのところの社会・経済システムの改革や速い流れに戸惑っているが、その上での改元。
私も流れに乗って行けるか……はなはだ疑問。

一昨日、スマフォをiPhone6 plusからiPhoneXRに機種変更した。
データー移行は、すべてやって貰い順調だったものの操作方法がだいぶ違い、一昨日、昨日、今日と四苦八苦の操作。
iPhone XRはホームボタンが搭載されていないので、iPhone6 plusとは開き方からして違う。
ロック解除をしてホーム画面を表示するにも、手前に傾けてスリープ解除、または画面をタップしてスリープ解除 。
アプリを起動していてホーム画面に戻るには画面下から上に向かってスワイプする。

ああ~慣れていないから上手くいかなかったり、あいまい操作でも出来ちゃったりで頭混乱状態。
操作性を高かめる変更だと思うが、現状では使いにくい。
めまぐるしく変わるようで感心したことではないのでは・・・。

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2018/5/28 大阪ハルカスから撮影

2019年3月29日 (金)

断尾

過去に犬は使役に使われており、その様々な目的の為に 特定の犬種は、尾や耳を切られてきた。
牛追い時に牛に尾を踏まれる事故を防ぐ為とか、背中の筋力を強めて瞬発力を増加させるためとか、税金対策のためとか(かつてイギリスでは尻尾のついた犬に対して課税していた時期があった)・・・。

確かに、牧羊犬のペンブロークには尻尾がないが、これは牧畜犬時代の名残をそのまま受け継いだ標準的容姿。
実は、牛や羊を追いかける際に長い尻尾を牛や羊に踏まれてしまい怪我をする子が多かった為、怪我を未然に防ぐ為に断尾するようになった。
断尾は生後数週間であれば無痛である為、生後間もない時期に行われてきたが、最近は動物愛護の観点からヨーロッパでは、断尾が見直される傾向にある。
コーギーの原産国であるイギリスでは断尾を禁止しているようだ。

断尾の現状を知らない者は、生まれたときからコーギは尻尾がないと思っているが、
コーギーは尻尾を切っているという事実を知っている者は断尾の必要性を否定する。

オーストラリアの知人から送られてきた牧羊犬の画像では尻尾がついていた。
作業用の犬としての牧羊犬なら、断尾は怪我を未然に防ぐために必要かとも思うが、断尾せずとも小さいときからの訓練によって牧羊犬としての役目を果たすとのこと。

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2019年3月28日 (木)

脳に良いことを

脳細胞は20歳頃をピークに早くも減少し続け、一日に10万個もが死んでいくという。
ちょっと唖然とするが、人間の脳には約1000億という一つの銀河にある星の数程の脳細胞がストックされているから、一日に10万個減ろうが微々たるもので、大船に乗った気持ちでいて大丈夫のようだ・・・。

そうは言っても、死滅し続ける脳細胞に、何も対策を講じないでいると、機能がどんどん低下してしまうわけで、日常生活の中で脳をいかに使うかで、頭の力は良くもなるし、悪くもなる。

要は、脳に良いことを積極的に習慣付けた生活をすれば、老いて益々頭が良くなる、と精神科医であり随筆家でもある故・斎藤 茂太さんが著書に書いていた。
そろそろ何か一つでもこまめに実践していかないと危ないかも?
手も足も目も口も頭も、人間の身体どこも使わなければ、身体自身が不要と判断してサボタージュしてしまう。
どうやら普段の刺激が必要なようだ。
常に人前に全身をさらしているタレントや俳優さんたちは、いつまでも若々しい! 
年齢を重ねると若い頃のような体力がなくなったり、ついつい楽ばかり求めて行動するが、考え方や習慣を変えることで、ボケない脳を作ることができるはずだ。

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2019年3月27日 (水)

弥生も末の七日

「月日は百代の過客にして、行かふ年もまた旅人なり」
この『奥の細道』冒頭の文は、あまりにも有名で誰でも知っている。
現代文風に訳せば、【月日は百代にわたって旅を続けて行くものであり、来ては去り、去っては来る年々もまた同じように旅人である。】

「舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす」
【舟の上に身を浮かべて一生を送り、旅人や荷物を乗せる馬をひいて生涯を過ごし、老年を迎える者は、日々が旅であって、旅そのものを常のすみかとしている。】
人生=旅を具体的にとらえ、人生の旅人である人間は、一夜の宿を泊し、明日はまた行方定めぬ旅に立って行く。人間にとっての人生は仮の住まいであり、一所不在が旅人にとっての宿命ととらえ、厳しい俳諧道の実践を通して描いたものが「奥の細道」と言えるのではないか・・・。

「弥生も末の七日、あけぼのの空朧々として、月は有明にて光をさまれるものから、不二の峰かすかに見えて、上野・谷中の花の梢またいつかはと心細し。」
【三月も下旬の二十七日、夜明けの空はぼんやりとかすみ、月は有明けの月で光はなくなっているので、富士の峰はかすかにしか見えず、上野や谷中の桜の梢を再びいつ見られるのかと思うと心細い。】
と、あるように、今日は芭蕉が江戸深川の芭蕉庵を出て、奥州への旅に出発した日。

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松坂城の裏門跡を抜けると、美しく整備された石畳の小道が目をひく。
ここは入り口から少し入ったところだが、石畳の小道を挟んで東西に分かれた長屋が続く。
1863年から松阪城の警護にあたった徳川紀州藩の松阪御城番屋敷の20人とその家族のために建てられた。
現存する江戸時代の武家屋敷。(2017/4/27撮影)

2019年3月26日 (火)

画像挿入テスト

画像挿入テスト。
どうやら画像挿入は、不具合が直ったようだ。

Somei

飼い犬の今朝の散歩時、ソメイヨシノはちらほら花を開いている。

Mituido

今日の散歩はちょっと大回りして、三井戸弘法へ。
むかしむかし、弘法大師が重原の地に立ち寄った際、飲み水に困っている村人のために
祈って杖で土地に穴をあける、と清水がこんこんとわき出たといわれる伝説がある。

Kioubou

改行も直った感じ。
ココログスタッフ様ご苦労様でした。

 

犬にも器量が

犬にも器量というものがあるわけで
器量の良し悪しは第三者の目で見れば共通した結果が出ると思う。
ところが、一緒に暮らしている飼い主の思いは格別で
自分のところの犬が一番だと思うから
脇から何を言っても始まらぬという気もするが・・・


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どうだろう?

犬は理屈抜きに可愛いい
うるさく吠えるので怒ってやろうと思っても
大きな黒目をウルウルさせて見つめられたら
何も言えなくなる

2019年3月25日 (月)

義仲寺の芭蕉

大津市内の旧東海道沿いにある寺院・義仲寺に木曽義仲(源義仲)の墓がある。
そこに肩を並べるように芭蕉の墓がある。
芭蕉は1694年10月12日大阪南御堂前の花屋仁右衛門の裏座敷で51歳で生涯を閉じているが、死を前にして、自分の遺骸を義仲寺の義仲の塚の隣に埋葬するように遺言してた。
遺骸は、その日のうちに弟子たちの手によっって義仲寺に運ばれたという。
芭蕉は、旅の途中しばしば義仲寺に逗留していたというが、義仲は、芭蕉よりおよそ500年前の人であり、芭蕉にとっては歴史上の武将であるにすぎない。
にもかかわらず、その人の横に永遠にいたいという芭蕉の願いは尋常ではない。
義仲は木曽の地から朝日のごとく現れ、あの栄華を誇った平家を京から追放した源氏の武将だが、その傍若無人の振舞ゆえ後白河法皇に背かれ、最後は源氏に討たれ、琵琶湖のほとりで討ち死にした。
彼を滅ぼし、短命に終わらせたのは京都と言われている。
彼は木曽の田舎出で「みやこ」の作法を弁えなかった故に「えびす」(特に無骨で粗野な東国武士をあざけって言った)と愚弄され身を滅ぼしていった。
俳聖芭蕉は、「えびす」の無念を理解し、思いを馳せたのか・・・。
朝日の勢いで輝いていたとはいえ、その後の悲劇的な最期が芭蕉の美学にかなったものだったのか・・・。
芭蕉が木曽義仲を題材に詠んだ句では次のようなものがある。
 
「義仲の寝覚めの山か月悲し」(「荊口句帖」奥の細道旅中、敦賀での名月の晩)
源平争乱期、木曽義仲の城が福井県今庄町の燧が山にあったと言われている。燧が城を見ていると、あの木曽義仲もこの景色を見ていたかと思うと感慨もひとしおだったであろう。

「木曽の情雪や生えぬく春の草」(「芭蕉庵小文庫」義仲寺の草庵にて)
義仲の墓をテーマに詠んだものらしいが、厳寒に耐えながら春の草が芽を出している。それは怒涛の中で人生を終えた武将木曽義仲の生きざまを、しみじみと感慨を持って詠ったのであろう。

三井寺観音堂展望台から見渡す琵琶湖 2010/8/23撮影

2019年3月24日 (日)

マーキング

今朝、犬の散歩時に西の空に、夜が明けてもまだ沈まず月が残っていた。
今日は月齢17.4(正午)居待月。雲もなさそうだから、今宵は座って待っておれば,いい月が見られる筈。
居は「座る」の意味。
満月を境に月の出が次第に遅くなってくるので座って月を待つうちに月が出てくるだろうの意。
↓(画像、今朝の月と枝垂桜)
Tuki-26 Sakura5_1
さて今日は犬のマーキングについて少々。
犬は自分の情報を知らせるために、しばしば電信柱に片足をあげてオシッコを引っ掛ける。自分の行動範囲を記して、再びそこに戻ったときに安心するためでもある。
その上、そこに掛けられた仲間の臭いをかぎ、どこどこに盛りの付いた犬がいるとか、仲間の情報の的を絞るのに都合がいい、という意味がある。
オシッコに含まれている性ホルモンで性的状態がわかるということだし、前立腺分泌物で個体もわかるらしい。
とこで、片足を上げてオシッコをするのは雄で、雌の場合は腰を落としてするのが一般的らしい。
これは体の構造上の問題もあるのだろう。
雌は雄のように勢い良く飛ばすことが出来ない。
片足を上げたのでは、それこそ脇腹の方に垂れてしまう。
清潔好きな雌犬は、それを避けているのかも知れない。
我が家の飼い犬は雄だから、排尿スタイルは片足をあげたもの。
サークルの中にトイレトレーを入れているから、トイレスペースではしているものの、あげた片足から勢いよくオシッコがはみ出しすことしばしば。
これは本当に迷惑なもので、去勢手術によってマーキングも抑えることもできるらしいが・・・。

2019年3月23日 (土)

サワンよ、月明の空を高く飛べよ

28今日は月齢16.3日(正午)で立待月 。
 日没後、立って待っているうちに月が昇るから雲がなければ、月と付き合いたいものだ。

ココログの方のお付き合いは、相変わらず、「ただいま大変混み合っています・・・」と出て、ログインに時間がかかり過ぎ。3/19から悪戦苦闘の時間を過ごしている。仕様が変わったためか、リニューアル後の表示がどうもバランス的に悪いので、枠線で囲むことにした。
(枠線タグ)<div  style=" padding: 10px; border-radius: 10px; border: 2px dotted #FA8072;">記事作成</div>

↓こんな感じ・・・
心重い気持ちで歩いていた「私」の前に、傷ついた一羽の雁がいた。
「私」はその雁を家に連れて帰って、手当てしてやり、サワンと名付け飼育していく。
次第にサワンに対する愛着も深くなり、逃げないように翼を短く切った。
やがて屋根に登ることを覚えたサワンは、3羽の僚友を見つけ、悲鳴に近い泣き声をあげるようになった。
「私」には、サワンが逃げてしまうのではないかという不安と、これほどまでに愛を注いで飼育したサワンが、去ることはないだろうという確信もあった。
しかし、月明かりの夜更けに屋根の上で号泣するサワン。
「私」は愛するサワンの苦しみと涙を眼前にして、自分のエゴを殺してでも、サワンの望みをかなえてやりたい、という気持ちに転換していく。
以上が井伏鱒二作『屋根の上のサワン』のあらすじだ。
孤独な心のある限りを傾けて愛情を注いだ対象は、人間ではなく雁だった。
しかも雁は、その愛情に答えることなく、自分の世界に飛び立っていってしまった。
このようなことは、人間社会によくある。
人間にはそれぞれエゴがある。
孤独に耐えかねて、誰かを愛するのもエゴならば、愛される方にもエゴはあるものだ。
その愛にどう答えるかは、相手の勝手であっていい筈。
誰かを愛するときは、自分のエゴを認め、相手のエゴの自立をも認めなければいけないものなのか・・・
 

2019年3月22日 (金)

戻せるものなら

3/19から始まったココログメンテナンスは
ログインし辛いことと、ログインできてもブログ作成画面の起動が遅い。
「システムの老朽化と、より良い機能を提供のため・・・」とかいう触れ込みだったが、新しい機能の組み込みによる設定変更で
これだけハグ発生し、原因の特定もできず、長時間を要するようでは最悪のリニューアルとしか言いようがない。昨夜アップしたつもりの記事が、どこかに行ってしまった。(更新されていない)
諸々、思いついたことを列挙すると
①改行がうまくいかない。
以前の仕様では、改行は「Shift+Enter」で適度の間隔で改行できたが、今回のリニュアル後はそれが機能しない。
タグを表示して、書き直しているが指定通りにいかず元に戻ってしまう。
②タイトルを記入しないと保存できない。以前は、タイトルなしでも保存できた。
③フォントの仕様が増えたのは良いが、次回の更新時にはデフォルトに戻ってしまう。
④コピー&ペーストができない。右クリックに反応しない。
ただし、キーボード処理は可能
   コピー:「Ctrl」+「C」
   切り取り:「Ctrl」+「X」
   貼り付け:「Ctrl」+「V」
⑤とにかく問題は画像の挿入だ。
画像を挿入する際に、横にポップアップ画面が出て、そこに画像を入れてから本文に挿入の形になっているが、サムネイルサイズを指定しても、指定通りに表示されなかったり、とにかく更新するたびに不具合が出る。
以上、今日現在までに私の気づいた不具合だ。
私は、途中10年ほどのブランクがあったものの、2003年のココログサービス開始と同時にココログを利用してきたが、これ程の不具合の多いリニューアルは2回目かな・・・?
2006/12/07 - ニフティの「ココログ」で、53時間にわたるメンテナンスが行われたが、メンテナンス中に起きた現象を解決できず、結局メンテナンス前の状態に戻してサービスを再開するという事態に。
今回のリニューアルに関して、ココログユーザーの不満は、いま最高潮で、メンテンナンス前に戻して欲しいという声が多く聞かれる。
本当に戻せるものなら、元に戻して欲しい!!

2019年3月21日 (木)

桜の開花

春の訪れを知らせる桜の開花が、全国で最も早く長崎で発表された、とテレビでやっていた。
気象庁の職員の目視で「5輪以上咲いているかどうか」を確かめるわけだが、たかだか5輪の花の開花を待ちわびる一般人と取材するテレビスタッフの大騒ぎ。あまりにも平和だ。桜の名所では、これから数日は桜の下での大騒ぎの酒宴が続くだろう。
芭蕉も江戸時代に流行った花見や、あちこち各地の桜の句が数多ある。
「しばらくは花の上なる月夜かな」(満開の花、その上に月が上っている。しばらくは月の下の花見ができそう。)
「さまざまの事ことおもひ出だす桜かな」(桜が満開に咲いている、この桜を見ると過ぎ去った様々なことが次々と脳裏に浮かんでくる。
今夜、外に出たら満月がくっきり。昼間は曇っていたのに運が良い。
先日、スマフォでも月がうまく撮れるというアプリ「MuseCan」を見つけたので、さっそくDL&インストールしておいたから、これは絶好のタイミング!
月面の模様まで撮影できるという触れ込みだったが、露出調整とか設定が難しい。
難しいというよりもチンプンカンだ。


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お彼岸の中日そして満月

今日はお彼岸の中日、昼と夜の長さが同じ日。
そして、今日は地球をはさんで月が太陽の反対側に来る満月だ。
夜の満月は夕方に東から見え始め、南の空を通って明け方に西に沈む。
満月は、見ているとなんとなく優美だから俳句や短歌などで詠われる。
芭蕉が敦賀の氣比神社で十五夜を楽しみにしていたけど、雨になってしまった。
その時に「名月や 北国日和 定なき」と詠っている。
一方で、優雅さとは逆に狼男伝説がある。
普通の人間のなのに、満月の夜になると突然全身が毛で覆われ、顔も体も狼に変身してしまうという話。
また、満月には犯罪がよく起きると言われている。
元兵庫県警に勤務していた人の著書「『満月と魔力』の謎」(黒木 月光著 /サラブレッド・ブックス)は、大きな事故、事件のあった日の、月齢と事故・事件を豊富なデーターに基づいて分析、月との因果関係が書かれているが、月のリズムが自然界や人間に与える影響を考えずにはおれない。
月の体への気の流れの変化で精神的な錯乱が発生することが起こるのかも・・・いずれにしても気を付けたい日だ。

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2009/12/28撮影
ココログ、メンテナンス後の仕様変化で画像がうまく挿入できない。
画像挿入時に別枠が出て、サムネイルサイズを指定するようになっているが、サイズを指定しても全く機能しない。
上記のような小さなサイズになってしまう。クリックしても拡大されない。メンテ直後、昨日挿入した画像は23pxになってしまうけど、その場合はクリックで別ページに元サイズの画像が表示された・・・。HTMLタグをいじってサイズ部分の書き換えをしてみるものの、見られた画像ではない。ただ今、問い合わせ中です。
余分な機能は良いから、元の仕様に戻して欲しい

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2019年3月20日 (水)

芭蕉はよき教材

日本でのプレーは2012年のメジャー開幕戦以来というイチローが、今日開幕の「2019 MGM MLB開幕戦」に出場するとか・・・東京ドームはさぞかし湧くだろう。
野球音痴の私でも、天才イチローの存在は知っているし、誰もが認める野球界の大功労者。
ところが、野球のイチローを知らなくっても芭蕉は知っているという珍聞を耳にしたことがある。
松尾芭蕉は俳聖と言われるだけあって、日本人だけでなく世界中の人にその作品が愛誦されている。
人生は旅であるとの信念の元、自然を愛し旅を続けた彼の俳句は、旅をとおしての実体験であり、俳句をとおして、人生観や自然観、哲学的なものを伺い知ることができる。
死の4日前の元禄7年10月8日の夜更けに、大阪御堂筋の花屋仁左衛門の貸座の病床で「病中吟」として読み残した「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」の句は、乞食巡礼としてたえず俳諧の花ともいうべき”新しみ”を追い続けた芭蕉の、生涯を集約するものということができる。(尾形 仂【編】芭蕉ハンドバック 参考)
旅の途中に倒れ、病床の夢か現かの中でさえ、どこかに新境地を求めて枯れ野を苛立たしくさまよい続ける自身の旅姿を想像しているところに芭蕉の求道的な姿勢を感じる。
経済第一主義で突っ走ってきた現代の日本人、ここらで一息入れて芭蕉に学びたい。
人生はだれにとっても大変で、病気になったり、年を取ったり、そして死が待っている。
長くて悲惨な人生をどう生き抜いていくか・・・芭蕉はよき教材となりうるはずだ。


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ココログが3/19日に「システムの老朽化のためと機能変更」との説明でメンテナンスに入った。
期限時刻が過ぎてもログインできない状態が続き、継続で緊急メンテナンスと出た。
今日の午後になって、やっとログインできるようになったものの、仕様が変わったのか画像の挿入がうまくできない。
画像をファイルから選んで保存するものの、文章の先頭に小さな表示で貼り付けられる。
その小さな画像をクリックすれば、元サイズが出るのだが、これでは文章とのバランスがなっていない。

本文の記入でも、「通常エディタ」「リッチテキスト」のどちらにもHTML言語が出たり・・・これはwebブラウザのキャッシュ削除で解消した。
ココログベーシックに表の挿入が一発でできたり、文章作成中に元に戻したりする機能が付いたのは良いが、それにしてもハグが多すぎ。
これでは完全復旧とは言えない。

「お問い合わせ」メールをその都度出しているが、「順次対応しておりますので、今しばらくお待ち下さい。」の自動メールがむなしい。

2019年3月19日 (火)

月を好んで句材にした芭蕉

3月29日のブログに「古い写真の整理①」に、伊賀上野の芭蕉記念館で撮影した『芭蕉翁紀行行程表』を載せたが、かなり不鮮明だってので、『おくの細道』に関してだけの行程を表にしてまとめてみた。
行程の地図については、伊賀上野ケーブルテレビ作製の「芭蕉と伊賀」のホームページのものが、とても見やすい。

旧暦 太陽暦 行程
3月27日 5月16日  江戸を出発     
4月1日 5月19日  日光東照宮参拝      
4月3日 5月21日  黒羽着。13泊する     
4月20日 6月7日  白河の関を越え   
4月22日 6月9日  須賀川着。7泊する    
5月4日 6月20日  仙台着。4泊する     
5月9日 6月2日日  松島遊覧         
5月13日 6月29日  平泉へ。中尊寺参拝    
5月17日 7月3日  尾花沢着。10泊する    
5月27日 7月13日  山寺・立石寺参拝     
6月6日 7月22日  月山・湯殿山へ登山、参拝 
6月16日 8月1日  象潟へ到着        
6月18日 8月3日  酒田着。7泊する     
7月4日 8月18日  出雲崎到着        
7月15日 8月29日  金沢到着。9泊する    
7月27日 9月10日  山中着。8泊。曽良と別れる
8月14日 9月27日  敦賀着。
8月21日 10月4日  大垣到着         
9月6日 10月18日  大垣を発ち、伊勢へと向かう

「おくの細道の」行程をたどっていくうちに、福井県の敦賀滞在時に芭蕉は月見の句を15句詠んでいることがわかる。
その句を芭蕉一門の宮崎荊口が「芭蕉翁月一夜十五句」にまとめているが、記載されているのは14句で、最後の一句については「いま一句きれて見えず」と記されているとか・・・。
月を好んで句材にした芭蕉は、敦賀で中秋の名月を楽しみに、福井から敦賀への行程は格別な思いだったと思う。
特に氣比神社は、芭蕉が求めた名月の場所。

名月の見所問ん旅寝せむ
あさむづを月見の旅の明離
月見せよ玉江の芦をからぬ先
あすの月雨占なハんひなが嶽
月に名をつゝミ兼てやいもの神
義仲の寝覚の山か月かなし
中山や越路も月ハまた命
國々の八景更に氣比の月
名月や北国日和定なき
月清し遊行のもてる砂の上
月いつこ鐘八沈る海の底
月のみか雨に相撲もなかりけり
ふるき名の角鹿や恋し秋の月
衣着て小貝拾ハんいろの月
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↑敦賀氣比神社2018/8撮影

2019年3月18日 (月)

フラグメント

「フラグメント(断片)は、いわばエキス(素描)である」とは、私が朝日カルチャーセンターの小説教室に通っていたころの先生(文芸評論家:清水信)の言葉である。
一部彩色はあっても、完璧な作品とは言えない。 あくまで下書きである。
たとえ下書きと言われても、捨てるに偲びない。
私がフラグメントをいつまでも引出しに忍ばせているのは、それぞれのエキスに思い入れを感じているからだ。
引き出し一杯のフラグメントは、どれもこれも私にとっては貴重な記録である。
今、引き出し一杯のフラグメントを整理しているが、せいぜいジャンル別に分けて、 じっくり読み直し、おかしな所や悪い所がないかをチェックするだけのこと。
これも写真整理と同様の終活の一環だが、この程度のことでも多くのエネルギーと時間を必要とする。

0120091225             
                 ↑中国旅行写真コラージュ


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 昨夜、月齢10.9で
 とてもくっきりした月が出ていた。

 急いで、iPhoneで撮影してみたが、
 ごらんの通り。
 デジカメも設定が理解できず
 ギブアップ!

2019年3月17日 (日)

ビールと水の話

写真を整理していたら、安城デンパーク内にあるレストラン「ホレ・フェスト」の地ビールが出てきたので雑学を少々。
ビールをほどほどに飲む人なら大瓶1本は飲めても、それだけの水はなかなか飲めない。 ビールが水と比べてたくさん飲めるのには理由がある。
ビールのアルコール分は大体6~7パーセント。
このアルコール分というのが、胃でも腸でも吸収されやすく、ビール中の水分も一緒になって吸収してしまうとか・・・。
ところが、ただの水は、胃では殆ど吸収されずに、腸まで行って初めて吸収される。
したがって、吸収までにかなりの時間がかかってしまう。
その間、水は胃に溜まったままだから腹が膨れて苦しくなるということだ。

          
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デンビールという安城の地ビール。
3種類あってそれぞれ名前が付いている。

左から「ごんの勇気」「ごんの愛情」「ごんの正義」
      

マッサージ

前にも書いたが、ここのところ「ふくらはぎのむくみ」が酷い。
スポーツクラブのペアストレッチの日、靴下を脱ぐと足首にゴム跡がくっきり。
ゴム紐症候群・・・?
「運動した後のケアが足りないから下半身が固く、血液の循環が悪い」
パートナーのスタッフにいつもそう言われていた。

良かれと思って始めたペアストレッチ、施術後は可動域が広がり、身体が軽くなったように感じたが、夜に足がつり、こむら返りの激痛で七転八倒の日があった。
それもこれも「好転反応」後の経過を待っている状態。

情報通の友人から「コスパの良いマッサージ」店があること聞き、予約を入れもらい行ってみた。
「膝裏のこりがリンパの流れを悪くしている」とのことで、そこを重点的にケアしてもらった。
1時間、みっちりの施術で1日経過したが、かなり足のむくみが引いているし、リンパの流れ良好というところかな。
パソコンをするとき「30分に一度、立ち上がり、体を解放させることで座る弊害を軽くすると良い」とのアドバイスもいただいた。
ペアストレッチも続けたいし、併用はコストがかかるけど、ここは健康維持のために続けよう。

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         ↑夜の街の外壁2009年11月撮影

2019年3月16日 (土)

赤貧洗うが如し

「春には遠い三月の寒さに/三周忌をを迎えて僕は/水仙や梅の一枝を手向けて/
追憶に耽り彼女を慰めようと思ふ」


妻の命日にこのように歌って、三日後に死んでいった白樺派の詩人千家元麿。
その死は赤貧の中での死だ。
父親は男爵という貴族階級然とした生活を捨て、家の女中だった女性と結婚した。
無論、生活はどん底の貧窮暮らし。
それでも意に介さず、無邪気に感動のままを歌い上げていた。
一昨日(3月14日)は、その千家元麿の死んだ日だ。(1888年6月8日~1948年3月14日)
単純で素直な散文的な作風で「自分は見た」「炎上」などの詩集がある。
千家元麿の「自分は見た」は、青空文庫で読める。

『飯』
君は知つてゐるか
全力で働いて頭の疲れたあとで飯を食ふ喜びを
赤ん坊が乳を呑む時、涙ぐむやうに
冷たい飯を頬張ると
餘りのうまさに自ら笑ひが頬を崩し
眼に涙が浮ぶのを知つてゐるか

うまいものを食ふ喜びを知つてゐるか、
全身で働いたあとで飯を食ふ喜び
自分は心から感謝する。

 
『蛇』 
蛇が死んでいる
むごたらしく殺されて
道端に捨てられている
死体のそばには
石ころや棒切れなぞ兇器が散らかっている
王冠をいただいた神秘的な頭は砕かれ
華奢で高貴な青白い首には
縄が結わえてある美しく生々しい蛇は
今日は灰色に変わっている


812

蛇という不気味な存在、普通は嫌がられる種類の生き物だ。
それが、あまりにも露骨に横たわっている。
蛇の頭に王冠をすえ、長い首を高貴なものと見立てたうえでの死体は、無のなにものでもない。
その無に対する恐怖が深々と迫ってくる中で 、痛め付けられて殺された死に対して
人間に対して思うときと同様な、憐みの心をうたっている。
これが、当たり前の情愛というものだ。

2019年3月15日 (金)

ほらまだ咲いていた。

写真の整理で、2006年の3月に撮影したクリスマスローズが出てきた。
先日も、クリスマスローズの写真をブログに載せたが、13年前も豪華さはない。
もともと日陰を好むらしく、うつむき加減な上に、我が家のくすんだピンクの花色が余計に貧弱に見えるのかも知れない。

ああ、私が植えたクリスマスローズが、
庭の片隅の木陰に、ほらまだ咲いている。

Photo_3 Kurisumasurozu_3

健康年齢

季節は巡っている。
昨日と今日、それぞれ別の雲と別の風、別の太陽、別の月がある。
それを素直に受け止められるように、自分の心や体に生じてくる微妙な変化に身を置く今日この頃。

最近、咄嗟の言葉が思い出せない。
ボキャブラリーが微妙に乏しくなっていく。
「本音」は本心。
じゃ、表向きに言うことを何と言ったっけ???
ほんの数秒だったけど、「建前」が出てこないのだ。

証券会社のセミナーで、これからの「人生100歳時代」は、平均寿命と健康寿命のギャップを埋めることがテーマだ、という話があった。
「2016年の男性の平均寿命80.98歳に対し、健康寿命は72.14歳、女性の平均寿命は87.14歳に対し、健康寿命は74.79歳」(厚生省2016年調査)という結果がある。
「健康寿命」というのは健康でイキイキと自立した生活が送れる期間のことをいうわけで、長い人生、いつまでも元気に過ごすためには「健康寿命」を延ばすことが必要なのだ。
ついこの間までは心身ともに若返りをしなければいけない、と巷に右往左往する健康法に踊らされていた。
玄米食、りんご酢&蜂蜜、アロエジュース、青汁と、比較的安く手に入るものから試した。
まやかしに乗って、1ヶ月くらいは効果ありとの気になっていたものの、その後は3ヶ月~4ヶ月続けても当初思った程の効果は見られない。
それどころか、毎日食べなくちゃいけない、飲まなくちゃいけないと思うこと自体がストレスになる。
今では、あんなのは嘘っぱちのような気がしている。
老化というのは加速度的に進むようで、元に戻そうと思っても無理かもしれない。
そうは言っても、ある程度は進行を鈍らせることができると思いたい。

Hana

2019年3月14日 (木)

文旦マーマレード

       

いたって簡単な作り方

   材料: 文旦の皮5個分
        砂糖 2カップ半

Photo_11  ①.文旦の皮の白いワタを取り除き細切りにする。
Photo_12

 ②.圧力釜に皮を入れ、 皮が浸る程度の水と砂糖を
    加え、火にかける圧力がかかり蒸気が出たら、
  弱火にして20分くらい熱する

Photo_14  ③.②の状態から蓋を取り、
  あとは蓋を取ったままで加熱して水分を飛ばす。
 (こげない様に木杓子でかき混ぜる)
Photo_16  ④.熱湯消毒した瓶に詰めて出来上がり。

クリスマスローズ

庭の片隅に、二輪だけクリスマスローズが咲いていた。
クリスマスの時期でもないのにと思うが、クリスマスローズとは和名。
原産地(ヨーロッパ)ではヘレボルス・ニゲルと言ってクリスマスに開花するということだ。

Kurisumasurozu_2
今日は月齢7.5(正午)上弦の月。
月の満ち欠けを表すのに月齢とか月相でいうが、新月・半月(上弦の月)・満月・半月(下弦の月)という呼び名もある。
上弦の月は昼間に出て深夜に沈む。そのため、夕方には半月を見ることが出来る。
上弦の月はエネルギーが増していく時期だから、普段しないことに挑戦してみるのもいいかも知れない。
さあ、私は今から文旦の皮でマーマレード作り。


今日はホワイトデー、言い換えればリターンバレンタインデーだ。
それにしても、日本人特有の礼儀作法を捉えたイベントと言える。
バレンタインデーにチョコレートをもらった人、頂き物をしたからには、そのままとはいかない。
私も小学生にお返し・・・まだ考えていない、何にしようかな?
以前、チョコレートのお返しはマシュマロと決まっていたのだが、いつの間にやら何でもOKになってしまった。

2019年3月13日 (水)

春を詠う

盛唐の詩人孟浩然は
「春眠不覚暁  処処聞啼鳥  夜来風雨声 花落知多少」
と詠ったが、春はぐっすり眠れるものだから、夜が明けたのに気づかず寝過ごしてしまう・・・そのとおり春の朝は眠い。
以前は、早朝の小鳥が囀る声をうるっさいなぁ、と夢うつつに思っているうちにまた寝入ってしまった。
6時台に犬の散歩をするようになってからは、そういうわけにもいかない。

そういえば、ここ数年庭に鶯の姿を見ることもないし、鳴く声も聞かない。
環境の変化のせいなのか? 鶯にとっての自然摂理は厳しい!

「鶯の笠落したる椿かな」
芭蕉の春の鶯を主題とした句の一つだが、元禄3年2月6日、伊賀上野の西島百歳亭での作品。
百歳(芭蕉門下生)の家を訪れると「鶯の声が聞こえ、庭には椿の花が咲き競っている。木の下には無数の椿の花が落ちていたにちがいない。この椿の花は、鶯が落とした笠なのであろう。」
古来、 鶯は柳の葉を片糸に撚って梅の花を縫って笠に仕立てるとされている(鶯が、嬉々として、梅の花から花へ飛び移って行く様子をいう)が、梅を椿に置き換えたところ、制約にこだわらない俳諧的滑稽味のある句だ。

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私の場合、名古屋のデパートで利便性が良いのは高島屋。
高島屋(8233)の株主になれば、10%割引の優待カードがゲットできる。
ここは絶対に欲しかった株だが、株主になるには1000株以上購入、最低でも100万円以上が必要だった。
ところが昨年の単元株変更で、取引単位は100株となった。
その高島屋の現在の株価は1500円前後で推移している。
今なら15万円前後で[髙島屋](8233)の株を所有することが可能に。
というわけで、口座開設している証券会社のオンライントレードで「高島屋」株を買っちゃった。(2019/3/11 約定単価1,420円)
株主割り当て基準日が2月末と8月末だから、優待カードが届くのは11月下旬になる。
購入時期がずれている感じだが、CB(転社債)発行で売りが急増、安値の時期だから・・・という素人分析。

2019年3月12日 (火)

Picasa(ピカサ)

デジタル写真を管理するツールとして人気を博していたPicasa(ピカサ)。
Picasaは、PC内のデジカメ画像を自動的に時系列に整理してくれたり、人物の取り出しをしてくれるからスナップ写真を探すのに重宝していた。
写真編集も一般的な写真編集ソフトに変わりない。
そんな便利なPicasaが、Google フォトの登場で2016年の5月で終了してしまった。
終了以後はGoogle フォトを代替として使っていたが、機能に変わりがないというものの使い慣れしなかった。
使い慣れない不自由さにストレスを感じながら、終活の一環として写真整理をしていたのがつい昨日まで。
昨日、整理の合間の休憩でNETサーフィンをしていたら「ピカサ - Picasa 2019年 - 最新バージョンを無料ダウンロード」サイトがあることを知った。
早速、ダウンロード&インストールをしてみた。
動作もサクサク。こんな素晴らしいソフトが無料だとは驚異的だ。   

Photo_2                  ↑  2006年6月撮影(伊勢金剛證寺 金剛橋)

 

2019年3月11日 (月)

東北大震災から8年目

今日は東北大震災から8年目を迎えた。
甥の家族が気仙沼の唐桑で震災に遭遇しているから、今日までの推移に感慨深いものがある。
今日の被災地は荒れ天候のようだが、早朝から人々が海辺や高台を訪れ追悼の祈りをささげる様子がテレビに映し出されていた。
テレビでは被害や復興という視点からの報道が多いが、根本の問題を取り上げてはいない。根本の問題とは、フクイチ(東京電力福島第一原子力発電所)の現状(放射能の正確な被害)と、これからどうなっていくかということだ。
小児甲状腺がんは、少なくとも273人が疑いがあるとの報告がある。
政府の見解は「福島県で小児甲状腺癌がたくさん見つかったのはスクリーニング効果…つまり福島県の子供たち全員を対象に検査したことによって、潜在的な甲状腺がん患者がたくさん見つかったからだ。だから小児甲状腺がんは増えていない」
と、そう言って闇に葬る
メディアは闇を追求する義務があるのに、メディアコントロールを徹底的に意識している安倍政権の圧力で、
取材することを禁じられているのか?
空気を読んで自主規制しているのか?

いずれにしても、震災の記憶を風化させないためにも、追悼のこの日を震災を見つめ直すきっかけにしたい。
下記サイトは、2011年4月23日と24日にかけて、被災した甥のところに、お見舞いを兼ねた応援に行った。
そのときに撮影した震災当時の唐桑町宿浦の様子。(サイズを小さくし過ぎた)
http://mifue.cocolog-nifty.com/photos/kisenuma/img_3320.html

(mixiIのフォトサイトにアップしたもの)
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000017771631&owner_id=8837484

https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000017777392&owner_id=8837484

Photo_4↑ああ~mixiフォットはmixiにログインしないと見れない!

物資が送れるような状態になったとき、一番喜ばれたのがタバコとラジカセ、電池(電気商&電気工事店なのに)

雨の朝思うこと

早朝から激しく雨が降っていたし、気分がボンヤリ、精神的に弛緩しているのかも知れない。
飼い犬も散歩をあきらめているらしく吠えない。
月齢4.5(正午)夕月(黄昏月)で中潮。月の引力は少しずつ満ちていくから、月の力を借りてパワー全開と行きたいところだが・・・。
明かりがさしてから、カーテンを開けて庭を眺めると雑草が伸びているのが目立つ。
ここのところ、草取りが億劫で放置しておいた。
もう誰かの手を借りなければどうしようもない。
今日の雨が上がって、明日は一斉に雑草が伸びる。
自然は、どうしてこうも奇妙に変化するのだろうか。
同時に、庭に対する私の気持ちも年月とともに変化してきているわけだ。
数年前までは、季節の花々を植えて自分の庭としてガーデニングを楽しんでいたのに・・・。

「人間はすべからく庭師にならなければならない」と言った人がいるが、私たちの周りから自然が奪われれば奪われるほど、人は自然に安らぎを求めるものなのかもしれない。
一戸建てに憧れたり、マンションのベランダに花を植えるのも自然への渇望だろうことは頷ける。
そうは言っても、実際の庭の手入れには根気が要る。放っておけば雑草が伸び放題になる。
いっそうのこと、コンクリートでも敷いてしまった方が合理的だ、と私などは思ってしまう。

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2019年3月10日 (日)

こんにゃく好きだった芭蕉

芭蕉はこんにゃく好きとして有名で、俳句の中にこんにゃくを登場させている。
「こんにゃくの刺身もすこし梅の花 」
 (仏前にはこんにゃくの刺身が、少し供えられている。寺の庭には梅の花が咲いて春はもう近い。元禄六年五十歳の作)
これは去来という弟子宛に、共通の亡き知人のことを悼んで送った句。
芭蕉の健脚ぶりから「芭蕉=忍者」という指摘も伺えるが、芭蕉の長旅を支えたのは、こんにゃくの効能によるものではないだろうか・・・。
こんにゃくは食物繊維が豊富だが97%が水分で栄養価は高くない。
主成分にヒトの消化酵素では分解できないグルコマンナンをを含み、こんにゃくを食べることにより老廃物をスムーズに排泄する働きがある。
したがって、日頃からこんにゃくを食べていた芭蕉の腸内環境はすこぶる良い。
グルコナンマンのダイエット効果もあり身体は軽いはずだ。

Basilyo_5
低カロリーで腹持ちが良いので、肥満防止に最適と分かっていても・・・こんにゃくよりも肉の方が良い私は、身体の重いこと。

2019年3月 9日 (土)

写真整理

ぼつぼつと写真整理の日々。

松坂屋名古屋本店から三蔵通(みつくらどおり)を通って、名駅まで歩いたときの写真。
●1枚目「coffee shop KAKO 三蔵店」の看板爺さん(人形です)
●2枚目 名駅前のスパイラルタワーズ

Kako
Photo_5
看板爺さんは、季節によって洋服が変わるので、今はどんな洋服を着ているかな?

備忘的メモ

日が明けて今日01時08分ころ地震。
ベッドが小刻みに揺れている感じで目が覚めた。
揺れが収まるまでの時間が長かったが、この地方の震度は2とのことだ。
気象庁が定める震度階級と私の体感レベルの差は大きい。

Photo
きのう証券会社セミナーの帰り、入江通りを松坂屋に向い歩いた。
歩道脇に添って桜の若木が花をつけていたが、樹木用名札プレートに「オカメザクラ」と記されていた。
Photo_2オカメザクラ・・・初めて知る名前だから家に帰って検索。
Wikipediaに「淡い紅色の一重咲き。花が下を向いているのが特徴である。早咲きで花期は2月下旬から3月上旬ごろ。地域によるがソメイヨシノより早くに開花する。」とあった。名前はおかめに由来する」とあったが、Wikipediaではそれ以上の説明はない。おかめ・・・日本の女性の美の象徴であるお多福のこと?少々疑問は残る。

ところで、セミナーは「知っておきたい!株主優待・高配当利回り銘柄」というもの。
株式投資は売却した時の利益や配当が魅力だが、もう一つ利益還元で魅力なのが企業からの商品贈呈がある。
贈答品は自社企業の商品・新開発品、カタログ、ポイントとか様々であるが、気に入った優待を選ぶのも株式投資の選択肢となるわけだ。
株主になるには「最低取引単位」があり、一単元(100株)で株主になれるわけで、多くの株主優待は一単元を持つことによりもらえる。
押さえておきたいポイントして
◎割当基準日までに株主であること。(割当基準日は銘柄によって違う)←この日に株を買っても優待は受けられない。
◎権利付最終日(権利確定日の3営業日前)までに株を買うこと。

例えば、2019年の3月の株主優待の権利付き最終日は26日で、権利落ちは27日。
したがって3月26日までに買えば優待がもらえる。
今日は3月8日だから、最終日まであと18日。この間に買えば株主優待がもらえる。

↑これを抑えたうえで、いま間に合う魅力的な株主優待の銘柄を個別に紹介された。

2019年3月 8日 (金)

桃なのか、桜なのか、咲き遅れた梅なのか・・・

20年も30年も昔のことだが、更年期らしき症状が出た時、神経が過敏になっているのかシーツのシワが気になって眠れない日が続いた。
起きあがってはシーツの掛けなおしで不眠症に陥った。
今はどうか・・・?
どちらかと言うと眠れて仕方がない。

昔読んだ本に『眠れぬ夜の過ごし方』という本があった。
眠れて仕方ないから、その本のことを 思い出すことにした。
作者はだれだろうか?
内容はどんなんだったろうか?
思い出せない 思い出せない・・・
私の記憶はいつも定かではない。
それゆえに諦めてまた寝てしまう。

飼い犬が鳴いている。
今からいつものコースを散歩。
天神様の梅の花も散りだししたと思ったら、境内の片隅に色鮮やかに咲く花が・・・
桃の花なのか、桜の花なのか、いや、咲き遅れた梅なのかよくわからない。

Sakura_3  <p><p><p><p><p><p><p><p>HTML</p></p></p></p></p></p></p></p>        

今日は証券会社のセミナーの日  

2019年3月 7日 (木)

新月

今日(3/7)の早朝1:04 月齢 0、新月を迎えた。
新月は新しい月がこれから生まれ、満月へと満ちていく時だ。
人間も新月と同様に新しい気持ちでスタートすると良い。
月のメカニズムを知っていると、それに合わせた行動をすることで運気が上がると言う。
前にも書いたが、株式市場も月の満ち欠けによるアノマリーがあるようで、昔から信じられているアノマリーは、「満月の買い」「新月の売り」。
・満月の日を起点とし、新月に向けて上昇(株高)
・新月の日を起点とし、満月に向けて下落(株安) 

 

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つまり、満月に買って新月に売れば儲かるというわけだ。
う~ん、新月はスタートの日だから、本来なら新月に買って満月に売る方が良いように感じるが・・・。

市場心理はよくわからない。
いずれにしても、満月と新月の日が相場の転換日になりやすいということだけは覚えておこう。

2019年3月 6日 (水)

新しいサイクルに入る

Tyudscf0362月が欠けていく頂点に達した時が新月。今日3月6日の日付が変わり、明日3月7日の1:05にいよいよ新月だ。
新月の日に月は見えないというのが定説だが、お天気さえ良ければ新月直前にとびっきり細い月が見られる。
それもこれもお天気次第だが、あいにく今夜から雨らしい。
いずれにしても、明朝の新月(月齢0)までに憂鬱な感情はリセット。
さわやかな気分で新しいサイクルをスタートできる。


先日の「芭蕉=忍者」説は、奥の細道の行程から見られる芭蕉の健脚ぶりから来ると書いたが、それをを如実に表しているのが、山形の山寺立石寺を訪れたときの一こま。

「日いまだ暮れず。梺の坊に宿かりおきて、山上の堂に登る。岩に巌(いわほ)を重ねて山とし、松柏年ふり、土石老いて苔なめらかに、岩上の院々扉を閉て、物の音聞こえず。岸を巡り岩をはひて仏閣を拝し、佳景寂寞(じゃくまく)として心澄みゆくのみおぼゆ。 閑かさや岩にしみ入る蝉の声」尾花沢から七里の道を歩いて来て、ふもとで荷を置いて、すぐに山寺の上まで登り仏閣を拝んだのだ。
「同行の曽良の日記によると、尾花沢を立ったのが辰の刻(午前8時)、山寺に着いたのが未の刻(午後2時半)ということだから、7里の道をわずか6時間で歩いたことになる。足も恐ろしく速い。」(「文学歳時記」 巌谷大四 TBSブルタニカ 参考)
人間が大体一時間で歩ける距離は一般的には時速4kmと言われている。1里は約3.9kmだから7里は約27.3kmになる。
したがって、平均寿命が50代だった江戸期において初老とも言える芭蕉が、46歳にしてこの距離をこの時間で歩くのは驚異的とも言える。

2019年3月 5日 (火)

今日のヨガ

Yoga_2スポーツクラブのスタジオレッスン「ヨガ」の日。たった1時間のレッスンだが途中眠くなるし、生あくび、目からは涙、お疲れモード全開というところ。
10年もやっているから、今更「好転反応」でもあるまいし、一昨夜からのアクシデントが影響しているのか?

月の満ち欠けから考えれば、今日は、新月の二日前だし、身体がリセットモードに入ったというメッセージで、エネルギッシュに動き回る力が足りなくて当然かも知れない。

昨日のご近所の火事、火元のおばあちゃんが、嫁いだ娘さんと「迷惑をかけた」とお詫びの挨拶に見えた。ご家族に怪我もなく、まずは一安心。

(備忘的メモ)  
「Caps Lock(キャプスロック)」が知らぬ間にオンになっている。
解除の仕方: 「Shift」キーを押しながら「Caps Lock」キーを押す。

昨日の出来事から思い出した

芭蕉が伊賀上野から江戸に出て移り住んだ深川の草庵「芭蕉庵」が火事になったことを思いだした。
天和の大火(1682年。俗にいう「八百屋お七の火事」)で深川の芭蕉庵が焼け、そこから避難したという話。
そのことを弟子の宝井其角が『枯尾華』のなかで次のように記している。
「深川の草庵急火にかこまれ、潮にひたり苫をかづきて煙のうちに生きのびけん、是ぞ玉の緒のはかなき初め也。爰に猶如火宅の変を悟り、無所住の心を発して」

Img_6596_2
近隣の火事から一夜明けた。
犬の散歩ついでに火事あとを見に行ったが類焼はなく、現場裏の駐車場に止めてあったトヨタのプリウスが焼けただれていた。
知らなかったが、鎮火したら消防署の人は全員撤収するのではなく、数人は一晩中火元の見張をしているらしい。
二人の消防署員がワゴン車の中で待機していた。

2019年3月 4日 (月)

何が起こるかわからない

昨夜、ちょつとしたアクシデントで家族が救急病院行き。
深夜点滴で帰宅が3時近くに。
その後、風呂に入り就寝と思いきゃ、今度は私の方が足がつり(こむら返り?)痛みが治まらない状態で朝まで七転八倒。
整形からもらっている「ツムラ68(芍薬甘草湯)」を飲んでも収まらず起きていた。
ここのところ、こむら返りが起こりやすくなったのは年齢のせいとあきらめてもいたが、足にむくみも出ているし、このむくみが、こむら返りと関係あるのかなと・・・。
それと、スポーツクラブで受けているペアストレッチ(全身のマッサージ施術)、
どうも、これを受けた日の夜に足がつるような気がする。
昨日はペアストレッチを受けた日だったし、動いていなかった細胞や筋肉が活性化してきたからなのか?
『好転反応』という言葉があるが、体が正常な状態に戻るために起こる一時的な症状悪化をいう。マッサージによって血液やリンパの流れが良くなり、体に溜まっていた毒素や老廃物が一気に流れ出るときの反応が私の身体に起こっているのかも。

昨夜のこともあるし、夕方5:00に家族と共に掛かりつけの病院へ行こうと用意していたら、消防車のサイレン音、外に出たら家の前あたりまで救急車・消防車・パトカーで一杯。
JR高架の向こう側のお宅が火事、交通規制が入った。
風向きが北東だったし、家の方までの危険を感じなかったので病院に直行。
病院での診察、検査等難なく処方されて薬で一先ず安心というとこだが、火事の混乱でいまだ胸がドキドキ。
それにしてもSNSは情報が速い!
ツイッターはユーザー同士の伝達で、瞬く間に拡散ですね。
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2019年3月 3日 (日)

雛祭り

今日は雛祭り、桃の節句。
女の子の健やかな成長を祈る節句である。
平安時代の京都で、貴族の子女が人形を利用して遊ぶようになって以来続いているという。
スポーツクラブの帰りにスーパーに寄ったら
店頭には雛あられ、お総菜コーナーでは「ハマグリ」や「ちらし寿司」「雛祭り握り」
果物売り場はイチゴ。魚介コーナーでは「雛祭り刺身」
変わり種は肉コーナーの「雛祭りパーティーは焼肉で!」

あと数時間で雛祭り商戦も終わるわけだが、
山と積まれた雛祭り商品も恵方巻と同じ運命をたどるのか?

我が家は女の子がいないので雛祭りには縁遠いが、今日の夕飯はちらし寿司で行こうかな・・・。

むかし書いていた「雛祭り」の文章を読み直していた。
私にしてはかなり脱線気味な文章だ。
それでいて、今になっても色あせないユーモアを感じる。
書いた当時は朝日カルチャーセンターの「小説教室」で、清水信の指導を受けていた時期だったから、先生の影響を多分に受けていると言える。

2004年3月3日(水)に書いた文章「ひな祭り散語」
ひな祭りの定番食材がハマグリをはじめとする貝類。
貝一対の組み合わせが2つとないことから、相性のよい相手を見つけて生涯にわたり貞操を守れという、女にとっては有難いような迷惑な日だ。
一方で、貝はその形が似ているということで女の彼処(女陰)にもたとえられ、「ハマグリ」はまさに旬のお年頃である。「シジミ」は可愛い幼児の彼処、爛々たる熟女の彼処は「赤貝」、使いすぎでガバガバした年増女の彼処は「ほら貝」、真っ黒すけの老女の彼処は「からす貝」と、女達の貝は揃っている。」

Photo_3

(備忘的メモ)
「リッチテキスト」モードでは、広い行間と狭い行間の2種類がある。
この2種類の行間を使い分けて、読みやすい記事を書く。

行間

古い写真の整理していたら②

Photo人生を旅に過ごし、旅に死んだ芭蕉。
その足跡は全国に散らばっているが・・・

伊賀神戸から伊賀鉄道伊賀線に乗り換えて伊賀上野駅で下車。
10年以上もの昔、最初は「芭蕉=忍者」という仮説に基づいて伊賀上野を初めて訪れたのだが、その痕跡を求めているうちに世俗的なしがらみを超越した芭蕉の生き方にあやかりたいと思った。芭蕉の旅にあっても、草庵の暮らしにあっても、一切の欲望を捨て去り、常に自分を詩人として徹していた生き方にあやかりたいものだ。

Haiseidou_22

「升かうて分別かわる月見かな」
この日(死の1ヶ月前)、芭蕉の体調は相当に悪かった。約束の月見に行かなかった。分別をわきまえて行かなかったのではない。具合が悪くて行けなかったのである。 しかし、翌14日は小康状態で句会に参加。約束を破った言い訳でもあり、芭蕉の健康を気遣う人々へのカラ元気ぶりを表してもいる。
 

2019年3月 2日 (土)

古い写真の整理①

写真を整理していて思い出した。
芭蕉が忍者だったという説・・・仮説。
仮説に基づき伊賀上野を旅した。(2006年7月のこと)

松尾芭蕉は寛永21年(1644年)忍者の国で有名な伊賀の国(現在の三重県、伊賀上野城下の赤坂)で生まれた。
伊賀の国は言わずと知れた忍者の里。
母方の先祖が忍者だったということで、芭蕉は忍者だったという説がある。

Ninjilya_2まあ、考えてみれば46歳の時に出た旅で、移動距離は約600里(約2400km)!
計算すると1日数十kmは歩いている計算になる。
その健脚ぶりから忍者説が出てくるのも一理あるわけだ。

Ninnjilyahaku

          ↑忍者博物館


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↑芭蕉翁

↓芭蕉翁紀行足跡図
13

写真はクリックしてください。拡大により鮮明に出ます。

有明の月

芭蕉は元禄2年(1689)3月27日、門人曾良を伴い江戸を発ち、奥羽・北陸の各地をめぐるり旅に出るが、『おくのほそ道』の(旅立ち)の項に「弥生も末の七日、あけぼのの空朧として、月は有明にて光をさまれるものから、・・・」とある。
現代語訳にすると「3月も押し詰まった27日、明け方の空はおぼろに霞み、折から月は有明になって形も細く光も薄れているものの・・・(尾形仂【編】『芭蕉 ハンドバック』参照)

有明の月というのは、月齢おおよそ25くらいで、夜が明けてもなお空に残っている月のことをいう。

早朝の犬の散歩時、東の空が白む頃ほんの数十分の間だけ、南東の空に有明の月を見た。夜見る月とは違った趣がある。

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2019年3月 1日 (金)

3月の朔弦望

ああ、けふも月が出で、
有明の月が空に出で、
そのぼんぼりのやうなうすらあかりで、
畸形の白犬が吠えてゐる。
(萩原朔太郎『月に吠える』「ありあけ」より)

Hana_3いま手元にないので記憶は定かではないが、戸川幸夫の犬を主人公とした作品で、日本犬が檻の中で、故郷と同じ月を見つめて遠吠えをするシーンがあった。
月に向かって吠える犬のイメージは、いかにも叙情的であるが、月が人間に影響を及ぼすように、犬もまたある特定の月齢期に特定の行動をとるらしい。
 

 3月の朔弦望

 

朔弦望

 
 

名称

 
 

 
 

時:分

 
 

(新月)

 
 

7

 
 

1時

 
 

上弦

 
 

14

 
 

19時

 
 

(満月)

 
 

21

 
 

11時

 
 

下弦

 

28

 

 

13時

 

              こよみのページ (http://koyomi8.com/)参考 

以前にも書いたが、新月は、月の満ち欠けのリズムに合わせて、約29.5日に一度あたらしく月が生まれる日。満月は、地球が月と太陽の間に入って両方から引っ張られる状態。
月の引力は新月と満月時に強まり、上弦・下弦時には弱まるようで、この月のサイクルを上手く利用していくことでツキを呼ぶ。  

 

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