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2007年5月19日 (土)

読書のあとは散歩

文學界5月号の玄侑宗久「龍の棲む家」を読んだ。痴呆老人の介護を扱った内容だけに、老後の不安のようなものが切実に押し寄せてきた。
痴呆症の父親と、献身的な介護をする息子。そこに、唐突にも介護士として現場経験のある女性が現れて、理想的な介護を手助けする。小説だからそういう設定もありだが、現実にはそうはうまくいかないだろう。
この病気は、ときとして家族の記憶が欠落していくという。自分がそうなったとき、あるいは介護する立場になったらどうしようか・・・。かなり暗い気分に陥った。

読書のあとの不安な気分をを一掃させようと、カメラ片手に夫と散歩。
いつも飼い犬のコロと出かけるバラ公園だが、犬抜きの散歩もいいものだ。気ままにお茶をすることができる。

今日は公園の脇にあるケーキ屋「ガトータツミヤ」でケーキを買って、その向かいのレストラン&喫茶室「カフェ・ド・ティユール」に持込みで食べた。このサービスが好評のようで、買ったばかりのケーキの箱を抱えて喫茶室に入る人が多い。

Misasaga_7 Caffe Cake

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コメント

>益樹さま
今日の愛知は風もなく、湿気もなく青空が広がっています。
午前中は庭の手入れをしていました。
梅雨前に草を取り除いて、雑草がはびこるのを防ぐためです。

介護の問題は、私たちの年齢では将来の問題ではなく、今すぐにでも起きうる問題ですね。
実際問題、私が三期9年の民生委員をやっていた6年ほど前でも「介護地獄」というにふさわしい家庭も目の当たりにしました。
当時よりも、もっと状況は過酷になっているのではないでしょうか。
先日も、ある週刊誌に「7年後に介護難民は200万人発生」という記事が踊っていました。
社会保障をあてにするだけではなく、まずは家族と自分自身の管理の大切さを痛感しています。

写真の件、わかりやすいアドバイスをありがとうございます。
私のデジカメは、キャノンのXY DIGITAL600というものです。
私のカメラに関しては、仕様を見ても「絞り」という言葉が見つかりません。
その後、新機種も続々出ていますし、古いからでしょうか、それに該当する機能は何なのか・・・?
マニュアル撮影で夜景をとるときの設定の箇所はあります。
多分、その辺りで調節するんでしょうね。
説明書をゆっくり読んでみたいと思います。

最近は犬の散歩も、朝だったり、昼間だったり、夜だったりで不規則です。
カメラ持参で、いろいろ試してみます。
また、教えてください。

投稿: hituji | 2007年5月23日 (水) 13時31分

老後のことは、私達も今から色々考えています。こうなったらこうしよう、ああなったらこうしようなどなど。でも現実は、おそらく私達が考えているよりずっと大変で重いものなのでしょうね。その場にならないと分らないことも有る気がします。
ところで、写真のことですが、写真を撮るとき重要な要素として、被写界深度があります。分りにくい言葉ですが、ピントを合わせた対象物(つまり主題)の前後(特に後方)に、どこまでピントを合わせるかということです。
絞りを絞る、ワイド側にする、こうすると主題の後方奥まで、ずっとピントが合った写真になります。山岳写真や風景写真など写真全体がピントが合ったカリカリの写真を撮りたいとき、絞りをうんと絞ります。この場合、絞りをうんと絞るので光量は少なくなり、カメラは自動的にシャッター速度を遅く(シャッターが開いている時間を長く)して、光量を確保しようとします。当然にブレがでるので三脚を使います。山へ三脚を担いで登るのはその為です。
逆に、主題の前後をぼかしたいときは、絞りは開放、望遠側にする、こうすると被写界深度が浅くなり、前後をぼかせます。
でも、主題と同じ平面上にある物は、当然ピントが合ってしまい、ぼけません。あくまで主題の前後にある物がぼけるということです。
長くなって申し訳ありません。

投稿: 益樹 | 2007年5月22日 (火) 21時52分

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