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2006年10月 1日 (日)

すでに10月

すでに10月。昨夜のうち天気が変わったようで、昨日の昼間は冷房を入れていたのに、今日は朝からの雨で冷え込む。気温の変化に文句を言っても仕方ないが、もう少し立ち止まって残暑の名残を残して欲しいものだ。カーティガンなんかを羽織って、冬支度のことを考えるのは年齢からかな・・・。
飼い犬と戯れながら、ベランダに通ずる部屋から外の風景を眺めていると、雨は白い色をしている。ガラス越しに見ると透き通るような白い色をしている。それはなんとも美しく、眉間に皺を寄せ、目を細めてしまうほどの眩しい白だ。
ガラス戸を開け一歩外に出てみると、雨は白い大量の仲間達を伴い、行き交う車のフロントガラスにまつわり付いている。そしてそれは、あたかも人間の造った文明をあざ笑うが如く、地上に落ちる間に濁りのある白に染められる。これはまさに汚染された白だ。
こういう状況を、芭蕉ならどう詠むだろうかと、ちょっとそんなことを考えてみた。5.7.5とわずか17文字の中に季節感や感情を出すのは難しいが、色を織り込んで詠むと表現が生きてくると言われる。確かに芭蕉の句は、白い色がひときわ目立って詠われている。

『野ざらし紀行』のなかから拾ってみるとこうだ。(『芭蕉ハンドブック』/尾形 仂編/三省堂参考)

・曙や白魚白きこと一寸
・海暮れて鴨の声ほのかに白し
・梅白し昨日ふや鶴を盗れし
・海暮れて鴨のこゑほのかに白し
・白げしにはねもぐ蝶の形見哉

白への思いは、人のおかれている環境によってさまざまに異なる。私が今日の雨を眩しい白に思うのも、二階のガラス越しに見ていることと、落ち着いた気分にも寄りかかることが大きいだろう。だが、一歩外に出てみる雨の白は、車量の多いことと、にわかに増えだしたマンション群によって、視界が遮られたという物理的環境にもよるだろう。

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