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2006年9月23日 (土)

お彼岸

20 今日は秋分の日、彼岸の中日だ。朝も早いうちにお墓参りを済ませた。
日本人の多くの人が、このお彼岸にお墓参りをして先祖供養を行うが、死んだペットに対しても慰霊を行っている人も多い。動物愛護週間に因んでか、各地の動物園では動物慰霊祭行われている様子。

日本経済新聞8月18日の夕刊「プロムナード」載った直木賞作家・坂東眞砂子さんのエッセイ「子猫殺し」が、非難を浴びたが、今もって余波が続いている。
タヒチに住む坂東さんが、3匹の飼い猫が産んだ子猫を崖から放り投げたと告白したからだ。坂東さんの住むところは、人家もまばで草地や山林が多く、野良犬や野良猫、野良鼠が転がっているという。番犬として飼われている犬も多いようだが、想像するに人間世界に紛れ込んで住んでいる共同生活者ではあっても、管理の行き届かない状態なのだろう。増え続ける野良が人間の生活環境を害する。彼女の飼い猫も然りで、その社会的責任として子猫殺しをやっているというのだから、そりゃもう大変。日本なら動物虐待で、「動物の愛護及び管理に関する法律」によって処罰される。タヒチでは動物虐待は罪にならないのかと思っていたら、ポリネシア政府が告発する動きに出ているらしい。これを受けてか、誤解を解きたいという趣旨の彼女の文章が毎日新聞に載っていた。
どうやら、彼女が心のある限りを傾けて愛情を注いだ対象は人間ではなく猫だったというわけだ。愛された猫こそ災難だが、避妊手術しないことについても十分に説得力があり、一般良識だけでは判断できない部分もある。
人間がペットに愛情を注ぐのは人間のエゴかも知れない。それを認めたうえで、ペットの立場も認めなければならない。自分の愛する猫だからといって、自分の勝手にして良いはずはないと思うのだが。

Img_6534_1 「猿を聞く人捨子に秋の風いかに」『野ざらし紀行』中、富士川のほとりを行ったとき、3つくらいの捨て子が泣いているのを聞いた芭蕉が、詠んだ句。猿を聞く人とは、揚子江上流の巴峡両岸に鳴く猿の声で、それに旅愁の涙を流してきた杜甫ら杜甫ら中国人の私人を指す。
(芭蕉ハンドブック/三省堂 参考)
巴峡を富士に置きかえ、猿の声と
比べて、捨子の哀れな泣き声の周りを吹く秋風と、どちらが一体悲しいのかと問う。このとき芭蕉は、袂から食べ物を取り出して与え、そのまま通り過ぎてしまうが、これが非難の的ともなったらしい。

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コメント

>益樹さん

仰るとおりですね。
坂東さんの言う、避妊手術をしない理由はそれなりに理解できますが、
子猫が増えて人間の生活環境を害するから殺すこととは、次元が違う問題だと思いますね。
そういうことを告白すること自体、疑問に思います。
やっぱり、ホラー作家という意識があるのでしょうか。
いずれにしても、彼女の告白が、今のぺットブームに一石を投じたことには違いないでしょう。

投稿: hituji | 2006年9月25日 (月) 23時20分

どういう理由が有るにせよ、命を奪うのは考え物です。もちろん人間に直接害を加えるような昨今の熊だとか猪だとかの正当防衛にあたるような話になると話は別ですが。彼女の殺した子猫達が、直接彼女の身に危険を及ぼすような存在ではなかったことは確かです。なにをどう理由をつけても、彼女に非があるように私には思えます。

投稿: 益樹 | 2006年9月25日 (月) 21時43分

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