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2006年9月27日 (水)

気分転換

昨夜は安倍内閣の閣僚の顔ぶれを見て、その人物像をNET検索していた。リンクをたどりながページを開いていくと、新聞やテレビでは報道されないような裏話も出てくるわけで、更に新たなリンクページへとNET上を歩き回っていたが、真偽のほども定かでない人の噂話に載って、政権の先行きを心配しても仕方がないので、これでしっかりやって貰うしかないですね。

検索ついでに、今度はに気分転換にキャラミル研究所の『ツキアイゲノム』をやってみた。これは以前にもやったことがあるが、自分のコミュニケーションタイプを知るもので、一種の心理テスト。35の設問に、自分の日頃の行動に一番あったものをチエックしていく簡単なものだ。診断結果は、ウラゲノム(考え方のクセ)とオモテゲノム(話し方のクセ)の2種類が各タイプで表示される。
で、私の診断結果、オモテゲノムはスマート。ウラゲノムはセルフ、インスペクター、フィーリング。
特徴としては、
「スマート」が、軽快トークでもめ事ブロック。すりぬけ系のコミュニケーション
「セルフ」は、自分の力を信じたい、自己信頼系発想。「インスペクター」は、周囲に疑問を投げかけ、新しい可能性をみつける、どーなのよ系発想。「フィーリング」は、気持ちや直感で物事をジャッジするフィーリング系発想。

NETには、ゲーム的なものから真に学問的なものまでの、いろいろな種の診断テストや占いサイトがあるが、ツキアイゲノムには、ちゃんとした根拠があるようだ。詳しい解説はキャラミル研究所にあります。
今回は、以前やったときとは多少違った結果が出たものの、かなりの部分当たっている。さて、あなたのツキアイゲノムはどうですか?

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2006年9月23日 (土)

お彼岸

20 今日は秋分の日、彼岸の中日だ。朝も早いうちにお墓参りを済ませた。
日本人の多くの人が、このお彼岸にお墓参りをして先祖供養を行うが、死んだペットに対しても慰霊を行っている人も多い。動物愛護週間に因んでか、各地の動物園では動物慰霊祭行われている様子。

日本経済新聞8月18日の夕刊「プロムナード」載った直木賞作家・坂東眞砂子さんのエッセイ「子猫殺し」が、非難を浴びたが、今もって余波が続いている。
タヒチに住む坂東さんが、3匹の飼い猫が産んだ子猫を崖から放り投げたと告白したからだ。坂東さんの住むところは、人家もまばで草地や山林が多く、野良犬や野良猫、野良鼠が転がっているという。番犬として飼われている犬も多いようだが、想像するに人間世界に紛れ込んで住んでいる共同生活者ではあっても、管理の行き届かない状態なのだろう。増え続ける野良が人間の生活環境を害する。彼女の飼い猫も然りで、その社会的責任として子猫殺しをやっているというのだから、そりゃもう大変。日本なら動物虐待で、「動物の愛護及び管理に関する法律」によって処罰される。タヒチでは動物虐待は罪にならないのかと思っていたら、ポリネシア政府が告発する動きに出ているらしい。これを受けてか、誤解を解きたいという趣旨の彼女の文章が毎日新聞に載っていた。
どうやら、彼女が心のある限りを傾けて愛情を注いだ対象は人間ではなく猫だったというわけだ。愛された猫こそ災難だが、避妊手術しないことについても十分に説得力があり、一般良識だけでは判断できない部分もある。
人間がペットに愛情を注ぐのは人間のエゴかも知れない。それを認めたうえで、ペットの立場も認めなければならない。自分の愛する猫だからといって、自分の勝手にして良いはずはないと思うのだが。

Img_6534_1 「猿を聞く人捨子に秋の風いかに」『野ざらし紀行』中、富士川のほとりを行ったとき、3つくらいの捨て子が泣いているのを聞いた芭蕉が、詠んだ句。猿を聞く人とは、揚子江上流の巴峡両岸に鳴く猿の声で、それに旅愁の涙を流してきた杜甫ら杜甫ら中国人の私人を指す。
(芭蕉ハンドブック/三省堂 参考)
巴峡を富士に置きかえ、猿の声と
比べて、捨子の哀れな泣き声の周りを吹く秋風と、どちらが一体悲しいのかと問う。このとき芭蕉は、袂から食べ物を取り出して与え、そのまま通り過ぎてしまうが、これが非難の的ともなったらしい。

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知っていますか?

各地でペットに関するイベントが多いと思ったら、9月20日~26日までは動物愛護週間ということだ。不覚にも私は初めて知ったわけで、『動物の愛護及び管理に関する法律』調べてみたら、れきっとした法的な位置づけがある。

(動物愛護週間)
第4条 ひろく国民の間に命あるものである動物の愛護と適正な飼養についての関心と理解を深めるようにするため、動物愛護週間を設ける。
2 動物愛護週間は、9月20日から同月26日までとする。
3 国及び地方公共団体は、動物愛護週間には、その趣旨にふさわしい行事が実施されるように努めなければならない。

ペットといっても、犬派、猫派、何でもありの少数派があるが、一般的には犬と猫が多い。ペットフード工業会の行った2005年の『犬猫飼育率 全国調査』によれば、犬は19.4%、猫は14.9%。人間は、犬をはじめとするペットを大事に育ることにより、彼らが心から自分を信じ、自分を愛してくれるもの、と思うことで癒される部分がある。ペットブームが間断なく続いているのも、ペットに癒しを求める人が多いからだろう。だが、飼われる側のペット達からは、どうだろうか・・・。彼らには、持って生まれたそれぞれの性質があるはずだ。犬には犬の習性があり、猫には猫の習性がある。彼らは物ではない。一個の生命体として付き合うべきだ。動物愛護週間にあたり、あらためて飼育のあり方を考える良いチャンスだ。

犬、猫の存在は、ペットはダメ、家族同然のパートナーへと呼ばれ、今や人間並みに扱われている。こうした事情を反映してか、ペット向けビジネスは拡大する一方だ。ペットホテルや美容院、トリミングサロン、ペットレストラン、ペットカフェは勿論のこと、ペット共生住宅や、ペット専用の保険、ペットの介護サービスまであるのだから驚く。私の子供のころ、どこの家も犬は庭に放し飼いにしていた。風のように自由に、そして誇り高く番犬の役をしていたものだ。宿無しの野良犬だって、野良猫だって、どこかで餌をもらうのか、あるいはゴミ置き場の残飯でも漁るのか、独立独歩で立派に生きていた。今は人間の生活スタイルや環境が変わってきているから、昔のように放し飼いは出来ない。人間並みの飽食をさせ、過保護に扱うことで生活習慣病を引き起こし、寿命を縮めることにもなる。

昨年8月のニューオーリンズのハリケーン「カトリーナ」で、被災した女性が避難先からボートに乗って水浸しの自宅に戻ったときのこと、彼女は、しばらくして2匹の犬を連れて出てきた。「生きているわ。せめてもの幸いね」と嬉しそうに語っていた。「動物保護センターに預けることになると思うけど、私の家族だから、生きていてくれて嬉しい」そう言い残し、水浸しの街を2匹の犬とともに避難先に戻っていった。
悲惨な状況にあっても、決して見捨てない、ペットを飼うということはそういうことだ。

人間とペットの共生は、周りに迷惑をかけないこと、最後まで責任を持って見届けること、これに尽きると思う。
原則的に人間の子供を育てると同じ心構えが必要だ。

Img_6463_1 「草枕犬も時雨るか夜の声」
これは、松尾芭蕉の最初の紀行文『野ざらし紀行』のなかで、名古屋に入ったときに詠んだ句。時雨の夜の静けさに鳴く犬は野良犬に違いない。もとより芭蕉は、野にさらされた髑髏(ドクロ)のように、いつ野垂れ死にするか分からない身で、野良犬の気持ちが分かるというのだろう・・・と、勝手に解釈しているが、誰もが好きに解釈できるところに芭蕉の魅力があるわけだ。流れる風のように自由に旅を続けて、決して悲惨さを感じさせないところに芭蕉の良さがある。

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2006年9月21日 (木)

愛犬の食事

花王が、室内で犬を飼っている女性飼い主を対象に「愛犬の食生活(食事とおやつ)」についての意識調査を行ったが、結果が発表された。食事に市販のドックフードを与えている飼い主が94パーセント。どうやら室内犬にはドックフードというのが定着したようだ。このドッグフードにトッピングした食事を与えている人が意外に多い。ドックフードは適量を守れば栄養的には十分ということだから、トッピングすることにより栄養過多になり肥満に繋がることだってある。
犬の食習慣が、人間の場合のような生活習慣病を引き起こすことにも成りかねない。水とドッグフードがあれば大丈夫、と私は思う。わが家の犬の場合は人間と一緒のものは食べさせない。したがって、餌はドックフードだけ。おやつは、基本的にご褒美のときだけ。唯一贅沢と言えば、寝る前に与える自家製カスピ海ヨーグルト。ベットに入れるときに、お大匙1杯弱を水で薄めて与えている。
ドッグレストランとか、ドッグカフェとか、華やかなワンちゃんたちの情報が一杯入ってくるが、コロはハンバーグなんって食べたことないし、ケーキだって食べたことがない。日に2回のドックフードだけをひたすら待っているのだから・・・ちょっと切ない気もしないではない。

以前にも書いたメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)、マスコミが取り上げてクローズアップしたばかりに、多くの人が生活習慣病予備軍に仕立て上げられた。その診断基準に問題ありと意義を唱える専門家も多い。目安のひつとされたウェストサイズ(腹囲)、男性が85cm、女性の場合は90cmというボーダーラインは、私にはどうも腑に落ちないが、何はともあれ、未然に防ぐことが大切というわけだ。

中日新聞の静岡版に『メタボリック症候群のチェックリスト』というのがあったので参考までに。(静岡県が作成)

【チェックリスト】
(1)朝食を抜いたり遅い夕食など食事が不規則
(2)野菜不足や肉が多いなど食事のバランスがよくない
(3)ついつい、食べ過ぎてしまう
(4)甘いお菓子や飲み物が大好き
(5)体重が増加傾向にある
(6)ほとんど運動をしていない
(7)残業が多い
(8)お酒を飲み出すとつい度を越してしまう
(9)たばこを吸う
(10)親や兄弟(姉妹)に糖尿病や高血圧など生活習慣病の人がいる

■判定(該当項目数とリスクの程度)
 0-1少ない 2-5中程度 6-10高い

チェックリストで、自分のリスクの程度を知るのも良いだろう。

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2006年9月19日 (火)

与勇輝人形芸術の世界

Img_6996 松坂屋本店美術館で開催されている「与勇輝 人形芸術の世界」に行ってきた。
今年2月にパリ・バカラ美術館で初の個展を開いた、その帰国記念展。パリで発表された映画監督小津安二郎へのオマージュ作品15点を中心に合計54作品、感動を呼ぶ人形120体を一同に鑑賞することができた。それぞれに個性があふれる人形たち。人間の形態をこれほどまでに息吹かせることが出来るのか、と驚きの連続で見入った。
創作人形も素材によって雰囲気が変わるが、作品は全て木綿布を使って制作されており、作品一つ一つにおける布の選択が、私にとっては心憎いほどに懐かしい。多くの作品が優しくノスタルジックで、私が子供だった頃の日常を見るようだ。 制作風景を解説した映像Img_6977_5を観たが、作品に添えられている小物、例えば櫛、かんざし、履物をはじめ、桶や火鉢といったものまで全て自身の手で制作されている。それらの小物を人形と一括りの小物というよりも、「布を用いた塑像」として位置づけ、小物制作に費やす時間も人形本体の制作にかけると同じくらいの多くの時間を掛けているということだ。それだけにディティールが美しい。印象に残ったのは、やはり小津映画の風景だ。『長屋紳士録』の中から荒物屋の「おたねさん」。『東京物語』の中から老夫婦が熱海でくつろぐシーン。『秋刀魚の味』の「嫁ぐ日」等々。かつて確かにあった小市民の暮らしぶりや、情緒が伝わってきて、なんだか古きよき時代にタイムスリップした気がした。
小津映画が、親子、夫婦、隣人との繋がりを大事にした日常を淡々と描いた。1937年(昭和12年)生まれの与さんは、その映画を観て育った。影響されている部分も多いのだろう、「戦後の混沌とした世の中で貧しく明るく逞しく生きる人々の姿が私の原風景です。」と言う。
映画と人形、創作の表現方法は違っても、そこに流れる風景に心やすまる日常の家庭がある。
小津映画が監督の死後フランスやイギリスで評価が高まり、世界を代表する映画監督の一人になっていることを思えば、今後、与勇輝さんも世界を代表する人形作家として期待できる。いや、パリ・バカラ美術館での個展が大賞賛されたようだから、既にヨーロッパでは根を下ろしているわけだ。

外国人で小津映画が分かる人は、皆インテリばかりと大島監督が言っていたのを、今ふと思い出した。与さんの創作人形展がパリで大賞賛されたのも、フランスにインテリが多いからかも(笑)

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2006年9月15日 (金)

モソモソと這い上がるもの

朝6時前に起きたものの、雨で犬の散歩が出来ない。家事をするには時間が早いのでパソコンのスイッチオン。HITUJIの番人とお話をしていると、なにやら私の足の上をモソモソと這い上がる。その感触を咄嗟に振り払った。逃げ場を失ったそれは、床の上に転げ落ち、多足で右往左往しながら家具の隙間に逃げ込んだ。
明らかにムカデ。庭の植木鉢の下に見かける糸のように細いムカデだ。それが室内に侵入してきたものなのか・・・。そうは言っても私の部屋は2階だ。洗濯物にでも紛れ込んできたのかもしれない。あるいは私の部屋が不潔だからか。いずれにしても咬まれる危険性もあるから、部屋中にキンチョールを噴霧してみた。数分後、床の上に小さく縮んだムカデの死骸が転がっていた。
ゴキブリの場合もそうだが、ムカデも殺虫剤を噴霧すると一旦は隙間に逃げ込んでも、死ぬときは明るいところに出て来るようだ。

あまりテレビを見ないほうだから気がつかなかったが、日清製粉グループのCMで、鎌倉市七里ガ浜の海岸を犬が走り回ってるCMがあったようだ。この犬が首輪もつけず放されていたことから、犬の放し飼いを助長しかねないというわけで、このCMの放送が中止になった。
http://www.asahi.com/culture/tv_radio/TKY200609140168.html
昔は犬の放し飼いなんってよく見かけた。自然のなかを走り回るのが犬の本来の姿だと思うが、犬にとっても世知辛い世の中になったものだ。

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2006年9月12日 (火)

だれが正しいのか・・・

世界を震撼させたあの「米国中枢同時テロ」から丸5年目になる。
9月11日、今日のニューヨークは強い風が吹いて寒いようだ。グラウンド・ゼロでは朝から追悼の式典が行われ、多くの人がロウソクをともし、それぞれの思いを胸に秘めて故人の冥福を祈た。ブッシュ大統領は「テロとの戦い」で、米国が安全になったと成果を強調したようだが、果たしてそうだろうか。
5年たった今でも悲劇は繰り返されている。
報道番組で知ったのだが、救出活動に参加したヒーローたちの体が、作業中に受けた粉塵で蝕まれているということだ。ダイオキシン、水銀、ビルの中にあったいろいろな物質が飛び散るなかを数ヶ月に渡り作業し続けた結果、一人の警察官が肺機能障害で亡くなった。ある消防士は咽頭癌に冒されている。4万人のヒーローと持てはやされる一方で、その実、1万2千人のヒーローたちが粉塵の影響で病に冒されているのだ。

大きな痛手を被ったのは米国だけではない。2003年3月のイラク戦争開戦から武力攻撃で死亡した民間人は推定五万人にも上っている。5月1日の『戦闘終結宣言』後も、戦場になったアフガニスタン、イラクでは深刻な混乱が続き、依然イラク情勢は危ない。
ブッシュ政権が対イラク戦争の大義とした大量破壊兵器は結局証明されることもなかった。
日米関係が信頼関係を深め、安全を保っている一つには、開戦支持に回った小泉首相の決断にあるかもしれない。
だが、多くの犠牲者を出した対イラク戦争とは何だったのか。
だれが正しく、だれが間違っているというのか・・・
現実を見つめ、立ち止まって考えてみたい。

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2006年9月 9日 (土)

Zくんになった

文学的なことを書きたいと思っているのに、どうも最近は外出日記のようになっています。

@nifty BBフェスタ2006in名古屋に行ってきました。@niftyのサービスは常にチェックしてるから、このフェスタで新たに興味を注がれるものはなかったものの、ブログの女王、眞鍋かおりさんトークは聞いてきました。客席には坐れず、後方(会場入り口近く)で聴いていた。
狭い会場のなかにメインステージと他のサービスゾーンが一緒、つい立やロープで仕切ってあるだけの状態で周囲の雑音が多くって聞き辛い。
ああ~何を話していたんだっけ・・・

デイリーポータルZのトークライブはというと、これは16:30からとのことで、それまでは待ち切れない。あれもこれも、私の気まぐれな性格がタイムテーブルを事前にチェックしなかったことにあるのですが、一応、Zくんをかぶってみました。

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2006年9月 6日 (水)

黒酢の日

今この瞬間一番検索されている言葉、ココログ『瞬!ワード』で、「ミッカン」が一位(午後2時30分時点)になっています。何だろうと思っていましたが、今日9月6日を9と6の語呂合わせで「黒酢の日」(日本 記念日協会認定)としてミッカンが制定して、黒酢の啓発運動を展開しているんですね。いや、初めて知りました。

先日、ミッカン酢の本社に行ってきましたので、そのときの写真です。

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2006年9月 5日 (火)

700円は高いかな?

「フジサンケイ ビジネスアイ」の記事に、『犬のふん未処理に罰金700円 』という記事があった。これは日本の話ではなく中国北京市の話だが、「ふんを処理しなかった場合には50元(約725円)の罰金が科される」というものだ。

今朝の散歩は、近くに流れる猿渡川の堤防。その昔、猿が渡ったことに由来 して名前のついたこの猿渡川は、豊田市・安城市・知立市・刈谷市を通って衣浦湾に注ぐ全長17kmの2級河川。堤防なら車も通らない。犬の散歩には恰好の場所だから、ここを散歩コースにしている人も多い。それだけに放置されたまま犬の糞にも出くわす。一応は簡易舗装がされているものの、舗装の割れ目からは草が多い茂っているから、その陰に人目に付かないように放置されているものも多い。うっかりしていると臭いを嗅ぎ付けたコロが近寄っていく。
至るところに糞の持ち帰りを啓発する立て看板やポスターがあるにもかかわらず、放置されたままの糞。後始末は、当然飼い主の義務であるはずだが、今のところ罰則がないだけに(一部条例で規制している市町村もあるようだが)飼い主のマナーやモラルに委ねるしかないのが現状なのかもしれない。
北京のように罰金を科すまでの処分をしないと糞害はあとを絶たないのか・・・。
(注:猿渡川のリンクページは、安城市役所都市整備部区画整理1課のホームページですが、猿渡川の名前の由来といわれる民話が載っていますのでご覧ください。)

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(フランスから 亜矢子提供)

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2006年9月 2日 (土)

秋の匂い

(朝の散歩)
時間が早かったり遅かったり、コースだって舗装された歩道だったり、コンクリートの割れ目から草が覆い茂っている川の堤防だったり、その日の私の気分でコロコロと代わる散歩に犬も戸惑っているかもしれない。
それでも、私の引くリードに従い尻尾をフリフリ歩くのだから、私と一緒の散歩が楽しいのだろう。
早朝、久しぶりに川の堤防を散歩した。鳴く虫を追って草むらに顔を突っ込む犬にリードを引かれるままにしていたら、犬の体も私の靴も朝露にびっしょりと濡れてしまった。おまけに踏み込んだ振動で草の実がぼろぼろと散って、犬の体にくっついてくる。毎朝、ハァハァと舌を出してリードを引かれるままにひたすら歩いていた8月のことを思うと、急に涼しくなった9月の朝である。

(ナップタイム)
Img_6939 午後、昼食後のお昼ね。寝付くまでの読書が私の睡眠薬だが、手元には目新しいものがない。今日は図書館に新刊書が並ぶ日だが午前中に行きそびれたのだ。自分の本棚の中から『恋文』(アントニア・フレイザー編/吉原幸子訳/三笠書房)を取り出して再読。既に絶版になっている本だが、古今東西の偉人達のラブレターを集めたもの。かなり昔に購入したもので表紙カバーさえ擦り切れて捨ててしまった。
手紙にしたためた彼らの燃える気持ちに、意外な側面を見ることが出来て楽しい本だ。
日々散語の7/4分の日記にカフカが女性に手紙を出しまくっては婚約し破棄を重ねたと書いたが、彼の優柔不断さ、決断力のなさは、『恋文』のなかに紹介されているフェリス(フェリーツェ・バウアー)に宛てた手紙にもそれが伺われる。
長文なので、ほんの一部分だけを引き出してみるとこうだ。

 フェリス様!実は折り入ってお願いがあるのです。それはかなり馬鹿げて聞こえるであろう頼み事です。
もし僕がこんな手紙をもらう立場だったら、やはり馬鹿馬鹿しいと思うでしょう。それはまた、どんなに優しい人でも時には受けなければならないような、まさに最大の試練でもあります。
つまり、こういうことなのです。
 僕への手紙を週一回だけに、それも日曜日に着くようにして欲しいのです――というのも、毎日手紙を貰うことに耐えられないからです。実際、耐えきれないのです。例えば、その中の一通に返事を書いたとしますね。それから、一見冷静にベッドに這い入る。でも心臓の鼓動は体じゅうに響いて、貴女のことしか考えられないのです。僕はもう貴女のものです。実際のところ、ほかにどう言ったらいいのかわかりませんし、これではまだまだ言い尽くせない気持ちです。
だがしかし、僕が貴女のものだからこそ、貴女が今何を着ているかということまで知りたいとは思わないのですよ。そこまで知っては心が千々に乱れてしまって、まともに生活することも出来なくなります。貴女が僕を好いていてくれることを知りたくないというのも、その同じ理由からです。もしもそれを知ったら、どうして僕のような愚か者が、オフィスや家でこれまで通りきちんと坐ってなどいられましょう?(以下略)
1912年11月11日

そう書いておいて、その舌の根の乾かぬうちの1912年11月20日の手紙では、「返事が遅い」と彼女を攻め立てている。

 いとしい人よ、貴女にこうも苦しめられなければならないようなことを、僕は何かしでかしたのでしょうか?今日もまた一通も来ません。一回目の配達でも二回目の配達でも。ああ、僕をどこまで責め苛むのです!貴女の手で書かれたただの一言が僕を幸せにできるというのに!僕にもう飽きたのですね。そう考えるよりほか説明がつきません。(以下略)
1912年11月20日

こうした矛盾も、激しく燃えたときの心の乱れを正直に表しているものだと思う。恋愛は時に矛盾を伴うものだ。

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2006年9月 1日 (金)

夜更かしの鑑定

「自分の事はきちんと知っておかないと」という、NET友達の ゆーきさん のブログ記事に触発されて、サイトに行ってやってみた。
結果は次の通り。

『「姉」属性のあなたは、向上心がとても強いです。特別扱いされることを何よりも好みます。うぬぼれが強いので、嫌な奴だと思われることも少なくないです。おだてられてもそれに乗らず何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまうタイプです。常に一番を狙っています。』

『恋愛について:プライドが高く理性的です。つきあう相手は慎重に選びます。好きな人ができると粘り強くアプローチしていきます。相手に対してわがままな傾向がありますが、一途なタイプなので浮気はません。』
今更恋愛でもなかろうが・・・
で、今の私の萌え属性度指数は、ズバリ5546ということです。(意味不明な数値ですが)

『hitujiさんに送る言葉:んもう、だらしないなぁ~。お姉ちゃんがいないと、ダメね~。』

もう一つのサイトでの鑑定は、これはもう恥ずかしくって途中で挫折。最後まで辿り着けませんでしたわ。
当たるも八卦 当たらぬも八卦、ゆーきさんが記事で書いているように「正直、何の役にも立ちませんが。」お遊びのつもりで鑑定してみてください。

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