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2006年3月12日 (日)

Who am I?

「人生はすてきなもの。かける眼鏡次第でどうにでも見える」と、これはデュマ・フィスの戯曲『椿姫』の中に出てくる名言です。椿の花を常に身につけ、「椿姫」とあだ名された高級娼婦マルグリット・ゴーチェの言葉です。なかなか含蓄のある言葉ですね。

日焼けが気になる年頃になりました。雨上がりは草取りには絶好というわけで、2時間ほど草取りをしました。ノーメイクだったから日に焼けたでしょう。日焼けしてシミになろうが、シワになろうが、私自身としては一向に構わないのですが、これが他人の眼鏡に映って、私というイメージが作り上げられるんですから気にしないわけにはいきません。他人の眼鏡が、こちらの都合の良いようにかけ替えられるならいいのですが、そうは行かないというものです。
一昨日、美容院の鏡に映った自分の姿について書きました。見慣れていない鏡に映った自分の姿に対する恐怖、初めての鏡で自分を外から見たショックとでも言いましょうか、それは録音された自分の声を初めて聞いたときの驚きに似ています。鏡の中に、美容師さんが同列に並んだことによって、肉体という外観だけでない、精神という内面的なものを含めた自分というものを認識するというものです。

社会心理学の研究に『Who am I?』 というのがあるようです。「自分とは何か?」を自らに問うのですが、心に浮かんだ自分を20通り上げて、自分自身の内面や、位置づけを認識するというものです。日本語でやってみてください。
私は(    )である。(    )の中に自分の思い浮かぶままを、できるだけ早く書いていくのです。
ちなみに私の場合

①私は女である。
②私は還暦過ぎている。
③私は夫がいる。
④私は息子が一人である。
⑤私は両親が健在である。
⑥私は孫3人である。
⑦私は主婦である。
⑧私はピアノの先生である。
⑨私は好奇心旺盛である。
⑩私は凝り性である。
⑪私は一人が好きである。
⑫私は読書が好きである。
⑬私は創造性が豊かである。
⑭私はマイペースである。
⑮私は心配性である。
⑰私は気まぐれのところがある。
⑱私は思いやりがある。
⑲私は慎重性に掛けるところがある。
⑳私は個性的である。

自分のイメージでも20もあげるとなると、中には矛盾したものが出てくるわけですが、人間は常に矛盾したものを抱えているのかもしれません。私が持っている自分のイメージには、いろいろあります。私以外の人が私を見ても明らかに分かる客観的なイメージもあれば、私にしか分からない内面、主観的なイメージもあるわけです。
まあ、こんな結果が出ても専門家に判断を委ねるわけでもないし、この年になって自分を変えようとも思わないから、認識程度でいいのかな・・・。 

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