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2006年3月26日 (日)

カッチーニの「アヴェマリア」

昨夜から古いパソコンを立ち上げ、ハードディスクに残っているデーターやMOに保存されているものを開いて探し物をした。特にMOに保存しておいたものは、メール、掲示板のログ、MP3とかいったNETコミュニケーションで受信したものが中心。その一つ一つを見直してみて懐かしさがこみ上げてくるのは勿論だが、今まで気付かなかったことに気付き、見えなかったものが見えてきた。振り返ることの嫌いな私でも、うるうるするものです。いや、もうこの年になれば、これからの道よりも振り返る道の方がずっと長いのかもしれません。
パソコンはNETで世界中の情報を瞬時に得ることができるし、自分からも発信できる。そうした便利さだけでなく、自分の記録を何もかも投げ込んで自分の住まいのようにしているんですね。その私の住まいに偶然の成り行きで足を運んでくれた人たち、そして自然消滅してしまった人たちの記録に、旅に出たときのような遥けさの感情が湧いてくるのです。遥か遠くの景色を眺めたときに起こる心の衝動のようなものです。旅が日常生活からの脱出であるとすれば、パソコンのバーチャルリアリティーな空間も実生活の煩わしさからの開放なのかもしれません。そう思えば、残された記録に遥けき心が伴うのは当然なんでしょう。
若い人なら、遥かかなた未知の世界に飛びたつことができるでしょうが・・・。
まあ、私はTOPにつけたMIDIを聴きながら、何やら遥けさとか遠さを懐かしんで目をうるうるさせているだけですね。

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